女王様のご生還 VOL.169 中村うさぎ

コロナ騒ぎも落ち着いたと踏んだ両親が久々に上京してきた。

母はますます萎んで細く小さくなり、川辺の葦のようだった。

微かな風にも身を震わせる頼りなく心細い秋の葦。

髪も真っ白になって綿毛のようだ。

見た目がどんどん植物に近くなっていく。



認知症もだいぶ進行したようで、周囲の会話にはまったく関心を示さず、ひとりでぶつぶつ独り言を言ったりクスクス笑ったり抑揚のない鼻歌をずっと唸ってたり、という有様だ。

幼児が何か意味不明の声を漏らしながらひとり遊びしている姿とよく似ている。

母の現在の精神年齢は3、4歳児なのかもしれない。

でもまぁ本人は楽しそうだからいいんじゃないかと思った。



彼女の様子をしばらく見ていた夫は、帰宅後に「認知症の老人は最終的に天使になるってTVで言ってたけど、お義母さんはかなり天使に近づいてたね」という感想を述べた。

確かに以前のように急に激昂したりすることもなく、終始穏やかで、というか上の空で、空っぽの笑顔を浮かべたまま心がふわふわと漂っているような印象を受ける。

人間臭い煩悩から解放されると、人は無味無臭の天使になっていくらしい。

無垢な子供を「天使」と呼ぶが、認知症の老人もまた純粋無垢な天使だ。

人は天使として生まれ、死ぬ前にまた天使に戻る生き物なのかもしれない。



母が私の事を忘れ、隣にいる私に1ミクロンも関心を示さず、ひたすらひとり遊びしている姿を見るのは寂しくもあるが、本人が幸せならそれが一番だと心から思う。

生きるのが苦しいのは、我々が自我やナルシシズムに縛られ、自分で自分を追い込むからだ。

だが母はもうそんな苦しみに苛まれなくて済む。

人目を気にせず歌いたい時に歌い、魂を自由に羽ばたかせて好きな時代の好きな場所に飛んでいけるのだ。

まさに天使の翼を得たかのように。

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