女王様のご生還 VOL.146 中村うさぎ

「マズローの階層」は有名なのでご存知かと思うが、ざっと説明すると、人間の欲望をピラミッドで表したもので、最下層が「生命的欲求(食欲や睡眠欲求)」、その次が「安全の欲望(雨露をしのげる住居や命を脅かされない安全な環境)」、それらが満たされた後は「社会的欲求(社会や家族など帰属できるコミュニティの存在)」、さらにその上に「承認欲求(コミュニティ内外での他者からの評価)」、そうして一番上にくる欲求が「自己実現欲求」とされる。



現代人のほとんどの悩みは3番目の「社会的欲求(要は「居場所」)」と4番目の「承認欲求」であろう。

「居場所がない」と愚痴る人はよくいるし、「認められたい」という欲求はSNS上で百花繚乱状態である。

恋愛やセックスの悩みだって、「性欲」の問題ではなく、ほぼこの「承認欲求」の問題だ。

我々は、自分の価値を確認するために、他者から愛されることを欲するのだ。



つまり、我々の多くは上から二番目と三番目あたりの欲求レベルで煩悶しているわけである。

で、これらの問題が解決すれば、次の「自己実現欲求」のレベルに達するらしいんだが……「自己実現」って何よ?

マズローが言うには、帰属するコミュニティを確保し(社会的欲望の充足)内外での他者からもきちんと評価された(承認欲求の充足)人間は、次に自分の能力を最大限に発揮したくなるそうだ。

それが「自己実現」の欲求ってことなんだけど、私にはその欲求自体がよくわからない。

ある程度承認されちゃったら、モチベーションが低下して、他者の評価なんかどうでもよくなるし、自分のやりたいこともなくなっちゃうんじゃない?



「自己実現」を求める人は、きっと非常に自己肯定的で、かつ利他の精神に満ち満ちているに違いない。

「この私の能力をもっともっと世のため人のために役立てたい」なんて思うくらいだからね。

ああ、そうだ。

ビル・ゲイツみたいな億万長者で世界的有名人になった人が慈善活動を始めたりするのは「自己実現」欲求のせいかもしれない。

確かにそれは人間として素晴らしく高位の精神状態であり崇高な行為なんだろうが、じつは私は「慈善事業」というものに何か引っかかりを感じてしまうのである。

その恩恵を受けて喜んでる人が実在するんだから文句を言う気はさらさらないが、そこに見え隠れする万能感が気になって仕方ない。

「自己肯定感」とか「自己評価の高さ」とかいうものをすごくいいものみたいに標榜する人に対しても感じる、あの気持ち悪さ。

「自己肯定」と「万能感」、「高い自己評価」と「自惚れ」、「利他精神」と「独善」……その境界線を本人がはっきり自覚してないと、それらはただの自己陶酔であり醜悪なパターナリズムに堕すのではないか。

この続きを見るには

(742文字)

¥250(税込)

購入して続きを読む