女王様のご生還 VOL.3 中村うさぎ

中村家の墓は京都のどこかの寺の霊園にあって、そこには父方の祖父母と叔母三人と従妹の骨が納められている。

両親も本来ならばそこに入るはずなのだが、父親がクリスチャンで教会に自分たちの墓を買い、寺の墓には入らないと決めた。



「そこでな」と、父親が私に言った。

「うちには墓が二つあるんだが、おまえはどっちに入る? 仏教の墓でもいいし、キリスト教の墓に入りたいならそれでもいいぞ」

「どっちもいらん」と、私は答えた。

「私、霊魂とか信じてないから、お墓なんか必要ない」

「え! そんなこと言って、骨はどうするんだよ? 焼いたら骨が残るだろ。散骨か?」

「散骨も面倒臭そうだからいいよ。遺族に余計な負担かけたくない」



私の高校時代の友人の父親は、「俺が死んだらパリのセーヌ川に散骨して欲しい」という遺言を残して亡くなった。

そこで、ひとり娘の友人はわざわざ父親の骨壺持ってパリまで行ったはいいが、セーヌ川に散骨するにはパリ市の許可が必要で、めっちゃ面倒くさい手続きに挫折し、ついに夜中にこっそりと骨を流すという違法行為に及んだという。

散骨とか言っても、そんな簡単にできるものではないらしい。

日本の法律ではどうなってるのか知らないが、死んでまでそんな面倒を夫にかけたくない。



その話をすると、父親は目を大きく見開き、

「じゃあ、おまえ、骨壺どうすんの?」

「べつにどうしたって構わないよ。夫が持ち帰ることになるんだろうけど、部屋のどっかに置いときゃいいんじゃないの?」

「部屋に骨壺を? そのまま?」

「だって今でも、うちには猫の骨壺が何個もあるよ。飼ってた猫のもあるし、庭で死んでた野良猫を焼いてもらった骨壺も3個くらいあって、出窓のところに並べて置いてあるの。そこに一緒に並べときゃいいじゃん」

「でも、コウくん(←私の夫)が死んだらどうなるんだよ?」

「その時はゴミと一緒に捨てりゃいいじゃん」

「え! それでいいのか? よくないだろう、そんなの!」

「だって、あんなの、ただの灰じゃん。ポリ袋に入れて捨てても誰も気づかないよ」

「いや、そういう問題じゃなくて! 墓とかなかったら、おまえ……」

「いいんだよ。何度も言うけど、私は霊魂なんか信じてない。骨壺を墓に入れて、寺だの教会だのに金払って供養してもらうなんて、バカバカしくて真っ平だよ。こういうのは価値観の問題だから、自分で決める権利があるっしょ。お父さんとお母さんが死んだら、私がちゃんと指定の教会の墓に入れてあげるけど、私の骨なんかどうなっても構わない。むしろ、信じてもいない宗教の墓に入れられて、そいつらに無駄金払うのが嫌だもん」

「コウくん、君はそれでいいの?」

父親に尋ねられた夫は頷き、

「はい。彼女がそうしたいなら、ワタシはそれでいいです。ワタシもお墓いりません」

「ふぅ――ん……まぁ、君たちがそれでいいなら、俺も強要はしないけどね。じゃあ、二人とも、どっちの墓にも入らないんだな?」

「うん」

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