「落第社員から夢のトップマネジメントへ」~現場で生まれたマネジメント格言集(1)~俣野成敏の『トップ1%の人だけが知っている「お金の真実」』実践編 Vol. 109

こんばんは。俣野成敏(またのなるとし)です。

「マネジメントの父」と呼ばれた経営学者のP・F・ドラッカー博士が2002年に日本で先行発売した『ネクスト・ソサエティ』は、日本のために書いたと言われています。博士はいち早く日本の高度成長期に着目して研究、その社会システムの有用性を世界に紹介した人でもありました。同書を読むと、未来を見通すその鋭さには驚くばかりです。その中の1節に、このようにあります。

「この10年か20年の間に、企業のマネジメントが大きく変わった。そのためもあって、何人かのスーパーマン的CEOが現れた。GEのジャック・ウェルチ、インテルのアンディ・グローヴ、シティグループのサンフォード・ウェイルなどだった。

しかし我々は、組織のマネジメントをスーパーマンの出現に頼むわけにはいかない。かかる人材はあまりに少なく、いつ現れるかもわからない。組織に必要とされるものは、真摯に仕事をする有能なトップマネジメントであって、超人ではない。今日、何人かのスーパーマン的なトップがいるということ自体が、トップマネジメントの危機を表している」のだ、と。

★俣野成敏の『トップ1%の人だけが知っている「お金の真実」』実践編

【Vol.109『マネジメント格言集(1)』目次】

〔1〕本文:「落第社員から夢のトップマネジメントへ」〜現場で生まれたマネジメント格言集(1)〜

1、ダメ社員が、どうやってトップマネジメントに立つようになったのか?

 ◎「お前、人生面白くないだろう?」

 ◎恩師と再会し、つかんだチャンス

2、“目からウロコ”のマネジメント格言集

 ◎上司は気に入らない部下を辞めさせられるか?

 ◎どうすれば部下を動かすことができるのか?

 ◎部下に「私たちは駒じゃない」と言われてどう答えればいい?

 

〔2〕次回予告(予定):「ブレグジット後の英国はどうなる?」〜ブレグジットまであと半年!英国投資は?〜

〔3〕編集後記:「アーリーリタイアって、やっぱり極楽?」

〔4〕今後の特集スケジュール:2018年10月〜11月予定

◆〔1〕本文:

「落第社員から夢のトップマネジメントへ」〜現場で生まれたマネジメント格言集(1)〜

本日は、ビジネス特集「現場マネジメント格言集」をお送りします。当メルマガの目的は、主に金融に関する情報をお伝えすることにありますが、ビジネスでの成功は、投資に必要なお金はもちろんのこと、名誉や自己満足感なども与えてくれます。

サラリーマンの立場で大きな収入を得たいと思ったら、やはり管理職になることが近道でしょう。けれど昨今の日本のマネジャー不足には、目を見張るものがあります。私はサラリーマン時代から数えると、すでに15年以上の経営者経験がありますが、その私から見て、多くの人が「自分が管理職なんて、とても」とか、「優秀でなければ人の上には立てない」と思い込んでいるように見受けられます。

会社で管理職になれる人が少数派となった今、マネジメントがどういうもので、マネジャーになるとはどのようなことなのか、ということを知らない方も多いでしょう。ですので、現場マネジメントをここで再現し、少しでも仕事をする際の参考にしていただこう、というのが本特集の趣旨となります。

■1、ダメ社員が、どうやってトップマネジメントに立つようになったのか?

さて。現場のマネジメントを再現するに当たり、ここであなたに、私の右腕とも頼む人物をご紹介したいと思います。私は基本的に、すでに現場の一線から退いていますので、私に代わって日々、マネジメントに携わっている者から直接、語ってもらったほうが、より臨場感がわくのではないかと考えました。

紹介するのは現在、弊社「株式会社つながり」の取締役を務めている間宮秀樹(まみやひでき)です。弊社に入社後、ゼロからスタートし、今ではほぼ正社員で構成される弊社の部下50人をまとめる長として、近々年商5億円企業の社長に就任する予定です。まずは、かつて同僚の心もまともに読めなかった間宮が、マネジメントに関わるようになった経緯から話してもらうことにしましょう。

【「お前、人生面白くないだろう?」】

読者の皆さま、初めまして。私は俣野が経営する株式会社つながりの取締役を務めさせていただいております、間宮秀樹と申します。読者の方の中には、「34歳で次期社長」と聞いて、「ものすごい切れ者に違いない」と思われるかもしれませんが、全然そんなことはありません。俣野と出会う前の私は、アパレル業界で販売員をしていて、ノルマ未達になるとクレジットカードで在庫を買わされる、という日々を送っており、それがかさんで借金を抱えていました。

当時の私は、お世辞にも順調に人生を歩んでいたとは言えず、会社を1年に1社辞めているような状態でした。勤め先も同族会社から市役所まで、いろいろ経験しましたが、そこに特に目的はなく、恥ずかしながら「人生面白くない」と感じておりました。俣野と出会ったきっかけは、俣野がサラリーマン経営者として経営していた時計のアウトレット店に入社したことでした。入社理由は、近くにアウトレットモールが偶然できたのと、正社員募集が目に止まったことでした。

入社はしたものの、当時の私にとって、俣野は雲の上の存在です。中小企業とはいえ、社長と1社員が気軽に話ができる規模ではありませんでした。ところが、俣野は「人は会社の財産」という考えの下、自ら採用に携わり、新人教育も行っていました。研修中に偶然、俣野と2人になる機会があった時のこと。俣野は私を見て「お前、人生面白くないだろう?」と唐突に言いました。図星だった私は、一気にこれまで心の中に溜まっていた感情をぶちまけてしまいました。

しかし、俣野はそんな私を怒るどころか、相槌を打ちながら聞いてくれ、「確かにそれは面白くないな」と共感してくれました。その上で、「でも、自分で働きたい会社は自分でつくるしかない。もともと、この世に理想郷などないから」と言ったのです。俣野に言われた「自分が理想とする会社をつくる側に回るにはどうしたらいいのか?を考えてみなさい」という言葉が、私の心に深く残りました。今まで誰も、私にそのような言葉をかけてくれる者などいなかったのです。

以来、私は社員として働きながら、半年に1回、俣野が店舗視察にやって来るのを楽しみにしていました。会えない間は「この次、来る時には何を聞こうか?」と考えて質問をストックし、来た時に「ホテルまで僕の車で送ります」と言って捕まえては、質問攻めにしていました。当時の俣野は、私のことを「元気な若者だなぁ」くらいにしか思っていなかったそうですが、今にして思えば、その時から現在に至るまで、絶えず俣野の言葉を浴び続けてきたわけです。

【恩師と再会し、つかんだチャンス】

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