女王様のご生還 VOL.221 中村うさぎ

父の話によると、母は数週間前に5日間ほど病院に入院していたらしい。

というのも、ひとりでふらふらと家を出たものの道端で動けなくなって倒れているところを通りすがりの人に発見され、そのまま救急車で運ばれたようなのだ。



「で、お医者さんは何て言ってたの?」

「医者は『もっと若ければ何とかしようもありますが、もうこの年ですからね。身体に負担のかかる治療はお勧めしませんし、このままですかねぇ』と言うんだ」

「要するに老衰だからこのまま死ぬまで見守るしかないってこと?」

「うん。やる気なさそうな態度だったよ」

「ふーん。で、その医者が退院を勧めたわけ?」

「いや、医者はこのまま入院させましょうって言ってたけど、特に治療をする意思もないみたいだし、お母さんも残りの人生を病院でまずい飯食って過ごすより、うまい店でうまい飯食って過ごした方が幸せだろうと思って、俺が入院を断って家に連れて帰ったんだ」

「なるほど」



まぁ、一理ある。

そう思ったのでその時はツッコまなかったが、その後訪ねてきたケアマネの人の話を聞くと、真相は全然違うのであった。

「先日入院した時に、お母様は貧血だという診断でしたので……」

「え、貧血? 単なる老衰じゃないんですか?」

「お医者様は貧血だとおっしゃって、すぐにも輸血が必要だと勧められたのですが、お父様が治療を断って連れて帰られたので」

「えええーーーっ!?」



貧血? 何それ!?

初耳なんですけどーっ!?

父の話では「もう治療法がないからこのまま死ぬまで入院させる」って言われたんじゃなかったのか?



そもそも、なんで輸血を断ったのか、意味がわからない。

大きな手術とか身体に負担のかかる化学療法とかを提案されたのなら、「そんな無理をさせてかえって苦しませたくない」と治療拒否する気持ちはわかる。

でも、輸血はべつにいいだろう!

ていうか、貧血で弱ってるんなら輸血してやれよ、すぐに!

なんで断るんだよ!

エホバの証人か、おまえは!



「お父さん、なんで輸血断ったの?」

「え? そんな話は聞いてないぞ」

頑として否定する父であったが、どう考えても父よりケアマネの話の方が信憑性が高い。

そもそもケアマネがそんな嘘をつく理由がないではないか。

いや、それを言うなら父にだって嘘をつく理由はないが、この場合、父が「医者の話を聞いてなかった」という可能性が大である。

病院で貧血と診断されて輸血を勧められたのに、「残り少ない余生を病院でまずい飯食って過ごすより、家でうまいもの食った方が本人の幸せ」という自説にこだわるあまり、ほとんど耳を貸さずに強引に連れ帰ったのではないか?

もともと人の話を聞かない人だったから、ものすごくありそうな話である。

が、いくらなんでもこれは酷い。

やはり、「ボケ」の初期症状ではないか?



なんだか父が信用できなくなってきた。

今まで母の認知症にばかり気を取られてたけど、大丈夫なのか、この人?

とりあえず、母には輸血が必要なのだという新事実が判明したので、再び病院に連れて行く事にした。

ところが、その病院の名前を父が思い出せない。

ああでもないこうでもないとひと悶着した末に、ようやく病院に辿り着いた。

ざっくり検査をした後、担当医が「貧血が酷いようなので、緊急に輸血と入院をお勧めします。輸血には本人もしくは家族の同意書が必要なので……」と言いかけると、みなまで言わせず父が、

「いやぁ、もうこの歳ですからねぇ。あんまり無理な延命処置とかは意味ないと思うんだよね、僕は」

「お父さん、ただの輸血だよ。延命処置とかじゃないからっ!」

「(聞いてない)やっぱり病院で無理な治療をして身体に負担かけるより、家でうまい飯を食ってだな……」

「いや、それはとりあえず貧血治してからの話でしょ。輸血は必要だよ、輸血は!」

「う~~ん」

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