女王様のご生還 VOL.105 中村うさぎ

何故、私はこんなにも嘘を憎んでしまうのだろう?

我ながら、嘘や欺瞞に対する怒りは尋常じゃないと思っている。

自分に直接被害が及んでなくても、他人の偽善者ヅラや自己正当化にひとりで勝手に苛立っている。

ちょっと度を越してるだろ、と自分にツッコミが入るくらいだ。



私が嘘を憎む理由のひとつは、明らかにアスペのせいだと思う。

アスペは元々、他人の言葉の裏を読むのが苦手である。

幼い頃はお世辞も社交辞令も言葉どおりに受け取っていたし、それを利用されて騙されたりもしていた。

他人の善意にも気づかないが、悪意にも鈍感なのだ。



だが、たびたび他人の悪意に驚かされているうちに、「人は嘘をつく生き物だ」と学んだ。

その嘘を見抜く方法を考えた末に、他人の言動の分析癖がついた。

「この人がこのシチュエーションでこう言ったのは、いかなる心理の流れからだろうか?」とか「この人は前にこう言っていたのに、今の発言はズレている。この一貫性の欠如は、単なる心変わりなのか、あるいはどちらかが嘘なのか? 嘘だとしたら、何のために?」などと、執拗に考えてしまう癖だ。



この分析癖のおかげで、かなり他人の心の流れが推測できるようになったが、相変わらず「察し」は苦手だ。

私のは推論であって察しではない。

非言語的なメッセージを読み取るのは、依然として不得手なのだ。

したがって、本音を言わずに、「だけど察して」と暗黙の要求をしてくる相手が嫌いである。

自分が本音を言わなかったんだから、人から理解されなくても自業自得だろう。

「察し」なんか要求するのは図々しいとさえ感じる。

誰もがおまえの気持ちを忖度して生きてくれると思ったら大間違いだぞ!



人は対人関係を円滑にするために、本音を隠して嘘の煙幕を張る。

だが、その嘘の煙幕ゆえに、我々が互いを理解しないまま上っ面の人間関係を築いているのも事実である。

私はそれがもどかしくて仕方ない。

「みんなほんとのこと言えばいいじゃん!」と叫びたくなる。

みんながみんな本当のことを言い出したら、おそらく人間関係の大半は崩壊するだろう。

でも、それが何?

崩壊したところから始めちゃダメなの?



我々は根源的に他者を理解できないし、繋がることもできないのである。

それを大前提に人間関係は築かれるべきなのであって、「同じ人間なんだもん、私たちは繋がっている。繋がっているから、何も言わなくたって、きっとみんな私の気持ちがわかってくれるはず」などといった幻想を前提とした人間関係なんて脆弱もいいとこだ。

そんな夢みたいな人間関係を志向しているからこそ、薄っぺらな嘘が世界に充満していくのではないか。



私は他人の嘘が見抜けないばかりに、これまで何度となく裏切りを味わった。

私のことを嫌いなのに、仲良いふりをする理由がわからない。

嫌いなら距離を置けばいいじゃないか。

何故、近づいてきてベタベタして、信用させておいて裏切るのだろう?

しかも、私が「ああ、この人は私が嫌いなんだな」と気づいて離れようとすると、追いかけてきて「親友でしょ!」なんて言う意味がわからない。

女子校時代は本当に、このような嘘か本当かわからない友情に振り回された。

以来、私は「仲良しごっこ」が嫌いである。

以心伝心なんて言葉も信じない。

この続きを見るには

(988文字)

¥200(税込)

購入して続きを読む