女王様のご生還 VOL.66 中村うさぎ

3ヶ月ぶりに母に会ったら、至極穏やかになっていた。

自分の物忘れに動揺したり激昂したりすることもなく、「最近、私、いろいろ忘れちゃうのよねぇ。てへ」などと笑っている。

「何が『てへ』だぁーっ! 大変だったんだぞ!」とツッコみたくなる気持ちをぐっと抑えて「そうなんだ。もう年なんだから仕方ないねぇ」と答えると、「そうなのよねぇ。人間は年を取るんだもんねぇ」と微笑むこともあれば、おどけた様子で「あら、失礼ね。まだそんな年じゃないわよ」と答えることもあり、まぁどっちにしろ以前のように怒り狂ったりしないので安心していられる。



この「まだそんな年じゃないわよ」の場合、彼女は自分をいくつだと思ってるんだろうと密かに考えていたら、いきなり驚くべき発言をしてくれた。

「あと2、3年もしたら、あなたも私が結婚した頃の年になるのねぇ」



えええーーーっ!!!

あたしゃ、今年で還暦だよ!

あんた結婚したのは25歳の頃でしょ!

そんなら私は今、22歳かっ!



22歳の頃の私は、大学卒業して呑気にOLやっていた。

平日は会社で働いて、帰りに同僚たちとご飯を食べたりお茶を飲んでお喋りしたり。

週末は彼氏とデートしてセックス三昧。

今思えば、人生でもっとも平和な時代だった。

その後OLを辞めてコピーライターに転身した時から、私の波乱万丈な人生が幕を開けたのだ。



母にとっても、あの頃は平和な時代だったのだろうか?

ずっと単身赴任だった父とまた一緒に暮らすようになって4年目。

娘は大学時代よりも遊ばなくなり、遅い時間に帰宅することも少なくなった。



そういえば、私が大学に入った頃、母はたびたび軽い不安発作を起こしていたらしい。

後に本人から聞いたのだが、外出している際にふと「娘はこれから大人になって家を出て行くんだろうか」と考えると、急に呼吸が苦しくなって動悸が速くなり、そのまましゃがみ込みそうになったのだそうだ。

その話を聞いた時、正直、嫌な気分だった。

彼女は私の自立を望んでいない……今ならその気持ちがわからないでもないが、当時の私にとってはただただ重苦しいだけだった。



私の4年間の大学生活の間に、彼女がその分離不安を克服したのかどうかはわからない。

ただ、ものすごく印象に残っているエピソードがある。

大学を卒業するかしないかの頃だったが、母親が笑いながら言ったのだ。

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