氷川竜介のアニメ総合研究所 第3回「パーフェクトブルー」(1998年作品)

【指令】「世界の映画祭で激賞! 今 敏監督のリアルな恐怖映像 その価値を探れ!」

 今 敏監督を語る定番の見出しは「世界が注目する才能」。去る9月、ヴェネチア国際映画祭コンペ部門でも、最新作『パプリカ』が絶賛されたばかりなので、それは実に正しい。問題は、何がどう注目されているかだ。であれば、劇場映画デビュー作の『パーフェクトブルー』(原作:竹内義和)をチェックするのが早道だろう。

 1998年に単館系で上映された本作は、現実世界を舞台にしたサイコホラー作品。主人公の未麻はアイドルから脱皮して本格派女優を目ざす女性だ。しかし、快く思わない何者かが彼女の日常をネットにリークし、脅迫状がファクスで届く。未麻が汚れ役に挑んだとき、恐怖は頂点に達し、関係者が次々と死傷する事件へ発展する。その犯人とは《もう一人の未麻》なのか?

 巧みな伏線やミスリードを多用したミステリー的構成、さまざまな因果関係を入念に練った心理的なサスペンス、現実の東京にあふれるディテールを取りこんだ緻密な画面、恐怖の連続を通じて、やがて虚実の境界が混沌としていく。その知的な興奮は、今 敏監督作品に共通したテイストだ。そしてクライマックスでは、アニメだけが可能にする大きなトリックが、恐怖の本当の正体を明らかにする。

 ポイントは「夢を売る仕事」と「生活をするリアルな人間」の対比である。姿を見せない陰湿な犯人、リアルな血でギリギリと追いつめられる恐怖体験の中で、「本当の自分」に追いつめられていく未麻の心理をよく見つめてみよう。それは誰もが抱く「理想と現実」のギャップの悩みとも共鳴するはずのものなのだから……。

【ドラゴンレーダー】

 12月公開の映画『パプリカ』(原作:筒井康隆)は、今 敏監督の集大成とも言うべき超大作。他人の夢に入って治療することのできる女性探偵パプリカが遭遇する敵とは? 悪夢と現実が入り交じる幻惑感、エキセントリックなキャラクターと各人の抱える心の闇と葛藤など、みどころが満載。映像のカーニバルとでも称すべき異形の娯楽作だ。

※ボーナストラック ボツパート(外した原稿)

 「これなら実写にすれば良いのに」これは今 敏監督作品を語るとき必ず出る言葉だ。しかし、この映画に貫かれるリアリティは、人の日常観察による絵の積みかさねで生み出されたもの。しかも映画のクライマックスでは、アニメでなければ表現できない、驚きの真犯人像が浮かびあがる。最後の最後までリアルなディテールから目が離せない!

(ボツパートその2)

 現実と虚構の間にある「人の心の闇」を浮き彫りにする本作では、リアルな絵柄に加えて室内にさりげなく配置された小物が隠れたみどころ。独り暮らしの女性の生活感や、都会の持つ冷たさが小道具の積みかさねで浮かびあがる。この真実味が、不条理な恐怖の大きさを究極までに増幅していくのだ!

【2006年10月6日脱稿】初出:「スカパー ! TVガイド」(東京ニュース通信社)