女王様のご生還 VOL.2 中村うさぎ

母は戦時中に疎開先の北朝鮮で生まれた。



その時代の人なら普通なのかもしれないが、韓国人や朝鮮人への差別意識が強かった。

自分が北朝鮮生まれであることも恥じていたし、何の屈託もなく差別的な言葉を吐いた。

子どもの頃、私がちょっと行儀悪いと(たとえば片膝立ててご飯を食べたり)、すぐさま「そんな朝鮮人みたいなことしなさんな!」という叱責が飛んできた。

足を拭くタオルでうっかり顔を拭いたりしても「そんな朝鮮人みたいな!」と怒られた。



ある時期からそれが耐えられなくなってきて、小学校の5、6年の頃についに「それって人種差別だから、やめて欲しい。普通に『行儀悪い』って言えば済むことじゃん」と抗弁した。

戦後生まれの私は、学校で「人種差別はいけない」と教えられていたのだ。

なのに、家に帰ると母親が、まるで呼吸をするように普通に朝鮮人蔑視の言葉を連呼する。

ボンクラな私も、さすがに「これ、変だ」と思い始めたのだ。



日本が敗戦に近づいた頃、朝鮮に疎開していた日本人たちは追い立てられるように慌ただしく帰国したという。

その時、「お祖母ちゃん(←母親の母親)の持ってた宝石も、お祖父ちゃんのお金も、全部朝鮮人に取られた」と、母親はよく憎々しげに言っていた。

日本に向かう船に乗る時、朝鮮人たちが港に並び、母親たちに向かって叫んだという。

「朝鮮人、朝鮮人、パカするな! 同じ飯食て、とこ違う!」

母親は何度もこのエピソードを私に話してきかせ、そのたびに朝鮮人の片言の日本語をおどけて真似してみせた。

幼い頃は「へぇ」くらいにしか思ってなかったが、少し成長すると、どう考えても朝鮮人の言ってる事のほうが正しく感じられてきた。

ホントだよ。同じご飯食って同じ町に住んでて、外見もほぼ見分けがつかないのに、何を根拠に朝鮮人をバカにするのだ。

アホなのは母親の方じゃないのか。

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