出る杭がいない? 育てればいいんです!(第1回) 【 はじめに 】

 「先生、僕たちは、本当に変わりましたよ」

 研修初日には「わけが分からない研修」とこぼしていたリーダー格の受講生が、1ヵ月後にそう言った。2014年に大手メーカー3社から幹部候補生を集めて実施した「出る杭」を育成する研修、「出る杭研修」でのことである。

 そのときには、既に他の受講生たちからも「今まで、いかに自分が何も考えてこなかったかが分かった」、「周囲から、『本質』が口癖になったと言われる」、「もっと視野を広げて考えてみたら、と部下に言うようになった」などの声を聞いていた私は、感極まって不覚にもしばし言葉に詰まってしまった。

 それだけではない。研修が終わって約3か月後に早くも催された同窓会で、受講生たちは、自信に満ち溢れており、口々にこう言っていた。「僕たちの影響で、職場の同僚たちが出る杭になってきている」と。

 さらに、研修を始めてから2年が経とうとしているが、受講生の中には、「考え方の根本が大きく変わったので、見聞きするもの全てが違って見えるようになり、自分の中で積み上がっていく。一生効果が継続、いや拡大する研修です」と言う者たちもいる。会社としての新市場への参入を実現するなど、具体的な成果に繋げる者たちも現れた。

そして、まさに今実施中の、数兆円企業のある事業部員全員を対象とする研修で、「私は『出る杭』になります!」と宣言する者が続出する状況となっている。「日本の超大企業で、そんなことはあり得ない」と誰もが思うであろう常識破りの事態が現実に起きている。

やはり、「出る杭」は、育てることができるのだ。

 私は、かつて「出る杭」を求めてやまなかったソニーでの経験から、「出る杭」が大きな経済的な価値を生むことをよく知っている。だから、ソニーを辞してからの四半世紀、経営コンサルタントとして国際的に多くの企業に関わる中で、いつしか危機感を募らせるようになっていた。世界にはソニーに比べて「出る杭」が驚くほど少ないことと、優等生が増えているせいなのか、ただでさえ少ない「出る杭」が減っていくことに、である。

「このままでは、遠からず世界経済は深刻な低迷に向かうだろう。そうなれば、社会は相当不安定になる」

言うまでもなく、そんな危機感など杞憂に終わるほうがいい。しかし、現実に、日本では「失われた20年」が「失われた30年」になろうとしており、米国の財政赤字が長期化の一途を辿る中、ついに中国経済も失速した。その中国を含めて、あれほどもてはやされていたBRICS等の新興国の勢いも衰えた。さらに、今年(2016年)に入ってからの世界経済の減速は、もはや誰の眼に明らかなものとなっており、他方、世界を戦乱とテロの恐怖が覆いつつある。

ともあれ、そうした危機感に突き動かされて、12年前から私は「出る杭」を育てることをライフワークとするようになった。本書と同じ「出る杭を育てる時代」と題した講演を行い、コンサルティングにおいても、頼まれてもいない「出る杭」の育成を試みた(それでクビになったこともある)。8年前に出版した「ソニーをダメにした『普通』という病」でも「出る杭」の有用性を説いた。「出る杭」育成の考え方の基盤となる論理体系も構築した。

そして3年前、そうした活動の成果全てを注ぎ込んで開発したのが「出る杭研修」である。だから、実施前から、それなりの効果はあるだろうとの予想はあった。

しかし、正直、これほどとは思っていなかった。勿論、真価が定まるのはまだ先の話になるのだろうが、どうやら「研修のイノベーション」に成功した模様である。いや、「教育のイノベーション」に成功したと言うべきか。

 さて、本書は、主として、そのイノベーティブな「出る杭研修」をベースにして、「出る杭」の育て方を紹介するものである(第1・2章)。だから、イノベーティブな本ではあっても、ノウハウ本に分類されることになるのだろうが、ノウハウだけの本ではない。

単なる「出る杭」の育て方の紹介で終わらぬよう、実際の受講者の声にも多くの頁数を割いた(第3章)。彼らの声から、研修効果を感じ取っていただけるだろう。

また、ソニーの現時点で最新の中期経営計画の分析を通して、同社が「出る杭」精神を失ってしまったことを明らかにすることも試みた(第4章)。かつて奇跡ともされる成長を遂げたソニーがいかに「出る杭」であったかを知っていただけるに違いない。

なお、本書は、2015年~2016年に経済紙と情報サイトに連載されたコラムに加筆・修正を施し、まとめたものである。「出る杭」の育て方は「日経ものづくり」、受講者の声は「日経テクノロジーオンライン」、ソニーが失ったものは、その両方に連載されたものだ。

どれも好評を博した連載であり、ソニーが失ったものには、「日経テクノロジーオンライン」全体での月度アクセスランキング1位を獲得した話も含まれる。楽しんでいただけると思う。

本書を通じて、世の中に一人でも多くの「出る杭」を誕生させることができますように。そして、そのことが、より良い世界の実現に繋がりますように。