悲観と楽観は生まれつきか 『熱血!中村修二ゼミナール』夢のみつけ方(第13回)





悲観と楽観(その3)

悲観と楽観は生まれつきか

話をはっきりさせるために、世の中にいる人々を悲観論者と楽観論者の2つに大別しましょう。

悲観論者は、神経がか細い人。ガラスのハート、ノミの心臓、神経過敏で繊細な心の持ち主。楽観論者は、神経が図太い人。無神経で、ふてぶてしく、クソ度胸の持ち主。

それは外形や態度にも現れます。悲観論者は、細くて白い指。髪も長くてふんわり。切れ目で、きょろきょろ落ち着かない目線。一方、楽観論者の方は、グローブのような太い指に、ごわごわした黒い髪、浅黒い顔に眼光鋭くどっしりと据わった目線。

あなたはどちらのタイプですか。そして、どちらが望みですか。

私はどっちか? 当然、図太い神経の方だと思われているでしょうね(笑)。でも、大人しめの子供でしたよ。大久の漁村から大洲の街に引っ越した矢先は、人並みに縮こまっていましたから(笑)。

成績も運動も一番でなかったのも次男だったことも良かったのかもしれません。おかげで、みんなの手本になることを要求されたり優等生ぶって無理することもなく、自分勝手にやりたい放題に振る舞うことができたと思います。

会社に入った後は、ないないづくしの研究設備のうえに、指導してくれる人もいなかったので、1500度の石英管の溶接作業を汗だくになってやったり、ガリウム燐の研究では大爆発事件を起こしたりしましたが、何度もやらかしていると慣れっこになるんですね。

留学先で邪険に扱われたり、裁判に訴えられたり、いきなりアメリカの大学院生に英語で教えることになったりと、いろんな体験を積んで行くと少々のことでは動じないクソ度胸が付くものなんですよ。

悲惨な状況に陥った時も、「あのバレーボール地獄の中高時代よりはまだまし」だと思いましたし、たいていは思ったほど悪くはならないことが多かったですね。かえってどこまで落ちて行くか分からないという宙ぶらりんの時の方が不安で、落ちるとこまで落ちたどん底では腹が据わって、不思議なくらいびくびくしなくなるもんですよ。

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