女王様のご生還 VOL.37 中村うさぎ

生物学者の福岡ハカセと久しぶりにお会いして、楽しい話で盛り上がった。

学者さんのお話は本当に興味深いし、いろいろ考えさせられて勉強になる。



ハリガネムシという寄生虫の話を聞いた。

水中に生息する細長い虫で、カマキリなどに寄生して、その腹の中で成長する。成虫になると宿主であるカマキリの脳を操って水辺に行かせ、尻の穴から水中に飛び込んで交尾・産卵するらしい。

宿主を操る寄生虫の話は、なぜか私をドキドキさせる。

自分の体内に、自分の知らない他者がいる。私はそいつに操られているのだが、それを自分の意思だと思っている。そして、何故なのか理由もわからないままカマキリが水辺に行くように、自分でも説明のつかない不合理な行動を取る。たとえ、そのために身を破滅させる危険をさらしても、私はその命令に抗えないのだ。

それは、どんな気持ちなんだろう? 私はその命令を、自分の内なる声として認識するのか? それとも、神や悪魔の声だと感じるのか?



買い物依存症の頃、自分が破滅するのがわかっているのに、どうしても内なる衝動に逆らえなかった。あの時の私はそれを「内なる自分の暴走」と解釈していたが、もしかしたらそいつは私などではなく、私に寄生した何者かであったのかもしれない。

もちろん、そんなわけはないのだが、そうやって想像すると、胸の底がざわざわとしてくる。恐怖とも不安とも少し違う、奇妙な快感を含んだ胸騒ぎだ。

私は水辺にふらふらと近づきながら、考える。どちらが本当の私なのか? 抗い難い破滅への誘惑を囁くハリガネムシこそが本当の私なのか、それとも死にたくないと心の中で叫ぶカマキリが本来の自分なのか? 私の中に潜む「破滅願望」は、私自身の願いなのか? 



自分が何者かに操られているような感覚を、私は何度か体験した。本当はしたくないことをしてしまう。でも、その「声」こそが本当の自分だと感じるのだ。その直感が正しいのか、ただ体内の虫に操られているだけなのか、私にはいまだにわからない。その虫が何のために私を破滅に導くのかもわからない。

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