BDアニメ New Frontier 第17回『∀(ターンエー)ガンダム I 地球光& II 月光蝶』

※2011年10月発売号の原稿です。

【惹句】ヒゲのガンダム? 名作アニメ的な雰囲気に潜む文明批判の精神

 「恐怖の大王降臨」と予言された西暦1999年は、ガンダム20周年でもあった。当時、年表や固定観念にとらわれて行き詰まっていたガンダムシリーズを、生みの親・富野由悠季監督自身がフルリセットさせようと試みた記念作品が、『∀ガンダム』である。数学記号「∀」を「ターンエー」と読ませ、始まりの「A」をひっくり返すことに回帰の願いを込めた作品なのだ。

 19世紀末のアメリカのようなクラシックな世界観は、実は全ガンダム作品の兵器を埋葬して戦争を「黒歴史」として忘れ去った遠未来が舞台という二重構造になっている。

 地球再生のため月に分かれて住んでいたムーンレィスが地球帰還を試みたことから、またしても戦争が始まってしまう。月から来た先遣隊のロラン・セアックは、神像の中に隠されていた白いモビルスーツ(後に∀ガンダムと判明)を起動したことで、両種族間の板挟みになりつつ奮闘する。時代が変わっても決して変わらない人の営みや、人間関係の中で生まれる機微を描きぬいた点で、非常にドラマチックで感動的な作品である。

 ∀ガンダムを筆頭とするメカデザインは、『ブレードランナー』など世界的に著名なシド・ミードが担当。「ヒゲがある」と劇中でも笑われる独特の外見が、次第に格好良く見えてくるのは富野演出の妙である。しかも牧歌的で甘いだけの物語ではなく、発掘品の中に混在する核兵器が悲劇を招き、動乱に乗じて覇権の掌握をたくらむ軍部が現れるなど、近代文明への批判も含まれている。

 科学技術を制御しきれていない人類の愚かさは、2011年の日本で現在進行形だが、あらためてどんな知恵を獲得すれば良いか考えるヒントが埋め込まれているかもしれない。

 今回のBlu-ray化はTVシリーズ全50話を2本の長編に再構成し、2002年2月に日替わり公開した劇場版だ。新作カットは時期的にセル画で制作された最終期の映像という貴重品。TVからの流用含めて35ミリフィルム原版で、4:3の幕面をフルに使っているせいで非常にクリアで味わいがある。アナログで新作された最後のガンダムになってしまったが、それも超未来の最後のガンダムという作品内容に合って見える。

 劇場用に音響が5.1chサラウンド化されているため、菅野よう子のオーケストラ音楽も効果音も、厚みのある響きを得て、美しい自然の空気感と激戦の重みの両方が伝わってくる。ハードさとソフトさが兼ね備わってこその人間味というこの作品、時が経てば経つほど味わい深い魅力が発見できるだろう。

【2011年9月29日脱稿】初出:「月刊HiVi(ハイヴィ)」(ステレオサウンド刊)