楽観と快楽主義と脳天気 『熱血!中村修二ゼミナール』夢のみつけ方(第12回)





悲観と楽観(その2)

私が生まれたのは、愛媛県の最西部。大分に向かって針のように突き出た佐田岬半島の真ん中あたりにある人口300人の大久村。この半島は、幅は狭いのに500mを超える急峻な山が連なっていて、平地はほとんどありません。台風でも来た日にはもろに家に高波が吹きつけます。

一方、小学2年から引越しした大洲市は、人口4万人の山に囲まれた盆地です。真ん中を肱川という清流がゆったりと流れていて、鵜飼と広い河原での芋炊きが名物の城下町です。毎朝10時くらいまで霧に覆われるしっぽりとした大洲と、大海原が足元まで迫っている大久。昔々、黒潮に乗って東南アジアから流れ着いた漁師の末裔のような大久の村と、山と霧に覆いかぶされた静かな大洲、好対照な2つの土地柄の中で高校までを過ごしました。

私の先祖はどちらなのかよく分かりませんが、気質は明らかに海洋民族、漁師の気質ですね。引越しした当初、「小京都」と呼ばれていた大洲のおっとりした上品な気質になじめなくて縮こまっていましたよ(笑)。

私の両親は漁師ではありませんが、漁師は悲観論者には向かないですね。陸地で農業をするのは、まめに手を入れればほぼそれに比例して実りがあると期待できますが、海の上では必ず魚が獲れるとは限りません。仕事柄、自ずからマインドセットは違って来ます。農耕には真面目さが、漁師には大胆さが求められると思います。そういうものを幼心に感じ、影響を受けて育ったと思います。

もちろん漁師こそ安全には敏感でなければ命がいくつあっても足りない職業ですし、農業だって干ばつや洪水に見舞われれば一瞬にして努力は灰燼に帰すことになりますから、農業は楽観的でいいとか、漁師には悲観的な考えは不要ということはありません。が、少なくとも漁師を続けるには、一発勝負の博打的な考え方や今日はダメでも明日は今日の分まで取り返せるという自信や夢が農業以上になければならないと思います。

さて、前回は悲観について考えたので、今日は楽観について考えたいと思います。まず、楽観と区別しなければならないのは快楽主義と能天気です。

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