BDアニメ New Frontier 第24回『とある飛空士への追憶』(最終回)

※2012年5月発売号の原稿です。

【惹句】愛する人を乗せ、敵の待ち受ける大空を飛翔するパイロット。緊迫の空戦アクション!

 決して結ばれることのない身分違いの恋。淡い想いを秘めながら、それでも彼女とふたりだけで大空を飛んでみたい。地上の束縛をなにもかも捨てて……。2011年秋公開のアニメ映画『とある飛空士への追憶』の中心に輝くのは、無数の敵が待ち受ける危険な場所へとおもむくパイロットの、そんなロマンチックな心情だ。空への憧れと燃える情熱は内に秘められ、ストイックなままに純度を増していく。

 原作は犬村小六の長編小説だ。『ローマの休日』や『天空の城ラピュタ』にインスパイアされたというその骨子は、ライトノベル的な印象からは遠く、むしろ古典的で骨太な要素に充ちあふれている。アニメ化に際してキャラクターデザインを『ああっ女神さまっ』の松原秀典が担当し、ピュアで一般にも親しみやすい人物像を強化している。ふだんアニメを観ないような観客層にも充分うったえかける要素を数多くそなえた作品なのである。

 ストーリーは非常にシンプルである。卓越した操縦技術で次期皇妃ファナ・デル・モラルを婚約者カルロ皇子のもとに送り届ける極秘任務を命じられた無名の飛空士・狩野シャルル。護衛もなしに小さな水上偵察機で12,000kmを突破するその任務は、待ち受ける空中艦隊や戦闘機と交戦することもできず、危険きわまりない。なぜそこまでしてファナを? という理由が、やがて解放感とともに明かされる。

 2つの大国が戦火を交える架空世界が舞台だが、航空技術レベルは第二次世界大戦相当のプロペラ機で、一方では空中戦艦が発達しているという設定だ。レトロでもありファンタジックでもあるという絶妙なメカ描写のバランスは、CGをたくみに駆使して描かれている。特に視点を変化させながらダイナミックに展開する空中戦は見応え充分で、劣悪な条件下で敵を振りきって逃げきれるかどうかというサスペンスが、「身分違いの空の恋」というシチュエーションを盛り上げる。一転して南海の孤島におけるシーンでは、美しく華やかな感動が解き放たれる。

 特筆すべきは大空や雲海、海原の透明感あふれる色彩と空気感だ。たとえば雲海を抜けたときの鮮明な青空とそこにわきたつ白雲は、青春のひとときに紡がれる恋物語の純粋さとベストマッチだ。他にも登場人物の心理を風景に託して描いたシーンが数多く用意されていて、本作の大きな楽しみどころとなっている。心の機微をビジュアルで描いた純愛冒険活劇、ぜひBlu-rayの表現力で堪能していただきたい。

【2012年4月24日脱稿】初出:「月刊HiVi(ハイヴィ)」(ステレオサウンド刊)