巨匠たちの今と明日

※スタジオボイス2004年6月売り「アニメ特集」用の原稿です。

 「21世紀の世界」が未来でなく現在だということにも慣れて来た2004年――。

 アニメーション作品の制作工程はこの数年で急速にデジタルに置き換えられ、かつてのセル画と撮影台、フィルムの組み合わせでつくられるアナログ作品は、ごく一部を除いてほとんどなくなった。世紀の節目がここに来たのは偶然かもしれないが、「20世紀のアニメーション」という旧時代の様式が、この2004年に来て完全に終わりかけていると、まずは総括できる。

 もうひとつ2004年に特徴的なことは、「巨匠たちの饗宴」である。まず、押井守監督の『イノセンス』、大友克洋監督の『スチームボーイ』、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』と、数十億円規模の大作が三本も出そろった。これは当事者は偶然と言うに違いないが、時代の変化と重ね合わせると、何らか必然性をおびた重要な意味を放っているように思えてくる。後世の歴史家は「2004年以前、以後」という言葉を使うことは間違いなく、それを思えば大きな時代の意志が、アニメの歴史に節目をつけるために招いた事象とさえ思えてくる。

 アニメにおけるデジタル化の流れは、従来のセル仕上げや撮影の工程を簡便化・コストダウンさせた。だが、変化は当然それだけでは済まない。デジタルの俎上に昇ることで二次元(2D)の世界に所属するセルアニメの伝統も、コンピュータが計算でつくり出す3DCG(CGI)の情報も、素材のひとつに等質に位置づけられる。それが旧世紀のアニメづくりを過去のものとしていく。

 2Dと3Dの融合には、利害得失がある。それぞれ培ってきた文化の立脚点が異なるため、どちらかがもう片方を飲み込むという具合にはいかない。たとえば複雑な形状をもったメカニズムを手で描くのには多大なる手間と時間を要するので、現在かなりの作品が3D化されている。しかし、それが2Dの背景などの世界観から浮かないようにするための苦労は並々ならないものとなり、省力化はそこで帳消しになる部分があっったりするのである。

 アニメーションの制作プロセス自身が変化していくという激しい流れ――その過渡期では、小さな実験の積み重ねよりも、信頼に足る大きなビジョンと予算の裏づけがあった方が良い。いわゆるフラグシップ相当のプロジェクトは、そのためにも必要とされる。こうした意識の流れが、大作ブームを呼んだという見方もできる。巨匠監督にはネームバリューもさることながら、舵取り役としての長い実績がある。セルアニメの限界を知りつつ突破して未来を開拓できる人物という見込みがまずは大事で、そこにも期待がかけられているのだろう。

 現時点ですでに完成している『イノセンス』『スチームボーイ』を観た感触から推察するに、そうした「時代のブレイクスルー」的な役割は存分にはたしていると考えられる。手描きでは至難な驚くべき情報量がそこには盛り込まれており、カメラワークによる空間表現も撮影台の呪縛から逃れている。明らかにセルアニメが抱えていた限界、ある種の閉塞を脱している。加えて、作品テーマも「いま上映する意味」と熟成感を兼ねそなえていた。

 残る『ハウルの動く城』はこれに対してどう出るのか、今から楽しみだ。願わくば、ここで培われた技術がノウハウとしてテレビアニメなど量産作品の質の向上につながって欲しいものである。

 もうひとつ、巨匠たちの動きには興味深いことがある。押井監督、大友監督は50代前半だが、宮崎監督を筆頭に60代前半の同世代のアニメ監督たちが、こぞって現役で新作を手がけて発表していることだ。生涯現役のその活躍ぶりはたのもしい。

 『装甲騎兵ボトムズ』の高橋良輔監督はNHKで『火の鳥』という、手塚治虫のライフワークをテレビアニメ化。富野由悠季監督の『機動戦士Zガンダム』は、3本の劇場作品としての公開が発表された。劇場版『銀河鉄道999』のりんたろう監督は『天上天下』のオープニングを担当。

 驚きは『あしたのジョー』の出崎統監督の新作である。なんと人気美少女ゲーム『AIR』の劇場映画なのだ。女性を描くことでは『エースをねらえ!』や『おにいさまへ…』の実績があるが、還暦を超えてなお瑞々しい若者の心情描写に挑戦するということが嬉しい。アニメ制作は若者の出入りする現場での集団作業であるため、アニメ作家は老けこんだりしないものなのだろうか。

 これら60代前半の作家は、1960年代に映画界や貸本漫画が斜陽に差し掛かり、テレビアニメが新しいメディアとして立ち上がった時期に新人として業界に入ってきた。そのままこの40年間を支え続けてきた人びとだ。デジタル化という転換ぐらいではビクともせず、むしろこれまでできなかったことを試そうという気概があるに違いない。

 そうは言っても、増加する情報量とともにアニメ映画の完成までには何年もかかってしまうようになった昨今、50代、60代の巨匠たちに永遠に頼り続けるわけにもいかない。そんな時期、よくしたもので30代、40代の作品中から、すでに次の30年、40年を支えられる才能がいくつも芽吹いている。向こう10年はその世代間競争をウォッチすることで楽しめそうである。

【2004年5月23日脱稿】初出:「STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2004年 07月号 」インファス・パブリケーションズ刊)