「千年女優」コラム

※2014年5月発売号の原稿です。

●永遠に生き続ける希有な映画

 今 敏監督と初めてお会いした記念すべき作品です。2回にわたるロングインタビューの他、プレスシート、パンフレット、トークショー、DVD-BOXと、非常に密な関わり方をした作品でした。

 映画を使って「映画とは何か」を語ったメタな視点が興味深いです。「画づくり」が伝えるメッセージ、映画だけが描ける時間の飛躍、それが人生観にどう関わるかなど、アニメーションの可能性を深く考えるヒントをたくさんいただきました。映像には多角的な意味をぎゅっと圧縮してこめられる。流転する時間の中で動いて展開する画は、矛盾したものでさえ描けるという発想がすごいです。

 取材を通じて特に感銘を受けたのは、老境にある主人公・千代子がおそらく最高年齢のアニメヒロインだということ。声優も年代別に三人の方が担当されていて、オーディオコメンタリー上も入れ替わり監督と楽しく会話をされています。

 そうした人生の変遷を積んだ彼女の姿が重なると、どんな萌えアニメよりも老婆がチャーミングに見えてくるという逆転の構造がいい。死生観もふくめて観念的にもなりかねないようなシリアスなテーマを「なーんちゃって」と大胆にひっくり返すようなブラックユーモアも大好きです。

 映画中に何度か出てくる瓦礫には、監督自身が体験した入院生活の挫折と、そこからの再起の念が反映されているとのこと。それを思い出すと、つい涙がにじみます。そして、着想にはジョージ・ロイ・ヒル監督の『スローターハウス5』も影響してると聞きました。あの映画でも時間は決して順方向だけには流れず、主人公の物理的な死でさえも決定的な喪失として描かれてはいません。

 それを考えると、今 敏監督はすごい作品を遺されたなと感慨深いです。こうやってメディアを乗り換えて新たな観客を得て、新たな視点で再見されるたびに、現世に降臨して何かを伝え続けるわけですから。

 そんな不死性を獲得したという点でも、実に希有なアニメーション映画と言えるのではないでしょうか。

【2014年3月4日脱稿】初出:「月刊HiVi(ハイヴィ)」(ステレオサウンド刊)