フィンテックバブルに踊らされる投資家たち 伊藤穣一

Photo by Martin Thomas via Flickr - CC-BY

訳:Shin'ichiro Matsuo

ビットコインとフィンテックに投資された10億ドル以上のお金

2015年のブログポストで、ビットコインがいろんな点でインターネットに似ていると思っている話を書いた。そこで使ったメタファーは、ビットコインは電子メール――最初のキラーアプリ――みたいなものであり、ビットコインに使われているブロックチェーンはインターネットのようなものだ――つまり電子メールをサポートするために普及したけれど、その他の実に多くの目的にも使えるインフラ――というものだった。ぼくは、インターネットがメディアや広告に対して果たしてきたものと同じ役割を、The Blockchain(訳注:ビットコインのブロックチェーン)が金融や法律に果たすのではないかと示唆した。

今でもぼくはこれが正しいと思っているけれども、産業界は舞い上がりすぎている。10億ドル以上のお金がビットコインとフィンテックのスタートアップにすでに投資されていて、これは1996年におけるインターネットへの投資額に追いつき追い越す勢いだ。現在のフィンテックビジネスの多くは、当時のスタートアップに似ていて、当時のpets.com(訳注:当時大失敗したドットコム企業)が、XXXのためのブロックチェーンになっただけだ。今のブロックチェーンは1996年のインターネットほどは成熟していないと思う――たぶん1990年か80年代末というところだろう――まだIPプロトコルについての合意もなく、CiscoもPSINetもなかった時代だ。

多くのアプリケーションレイヤの企業が、安定性やスケーラビリティから見て準備ができていないインフラの上に構築されているし、その発想もダメなものか、良いアイデアにしても早すぎるかのどちらかだ。また、これらのシステムの設計に必要となる、暗号学、セキュリティ、金融、コンピュータ科学の組み合わせを本当に理解している人はとても少ない。理解している人々は、非常に小さなコミュニティの一部でしかなく、この未成熟なインフラの上に建てつつある10億ドルの大建築を支えられるほどたくさんはいない。最後に、インターネット上のコンテンツと違い、ブロックチェーン上で行き交う資産や、多くの要素の不可逆性のため、ブロックチェーン技術に、WebアプリやWebサービスでやっているのと同じレベルのソフトウエアのアジャイル開発――やってみて、成功したものだけ採用――は適用できない。

これらの基盤的なレイヤに取り組んでいるスタートアップや学者はいるけれど、まだまだ足りない。すでにちょっとバブルになりつつあるんじゃないかと思うし、そのバブルは弾けたり修正が入ったりするかもしれない。それでも長期的には、インフラをどうすべきか理解して、願わくは非中央集権的でオープンな何かを作れると思いたい。バブルが弾ければ、最初のドットコムバブルの崩壊でインターネットに起きたような、システムからのノイズ除去が起きて、みんな意識を集中できるようになるかもしれない。一方で、ダメなアーキテクチャしかできずに、多くのフィンテックアプリは既存のものをちょっと効率的にするくらいのもので終わることもあり得る。

ぼくたちは、皆が本当に非中央集権的なシステムを信頼するか、無責任な導入が人々を遠ざけてしまうかを決めるような決定を下すべき重要な時期にいる。コミュニティとしてコラボレーションを増やし、イノベーションと研究開発をスローダウンさせることなく、たんねんにバグと悪いデザインを取り除く必要があるだろう。

なによりもインフラの構築が必要

アプリケーションを作るより、インフラを構築する必要がある。あるバージョンのビットコインが「インターネット」になるのか、Ethereumのような他のプロジェクトが単一標準になるのかはわからない。もしかしたら、いろいろちがったシステムが、何か互換運用性を持つ形になる可能性もある。最悪の事態は、アプリケーションばかりに気をとられてインフラを無視してしまい、真に非中央集権的なシステムの構築機会を見逃し、有線のインターネットよりモバイルインターネットに似たシステムにおちついてしまうことだ――有線のインターネットはおおむね定額制だしそんなに高価ではないのに対し、モバイルインターネットは独占企業にコントロールされて従量課金とありえないほど高額なローミング料金の世界だ。

インフラとしてデザインとテストが必要な部分はたくさんある。合意アルゴリズム――個別のブロックチェーンが公開台帳を改ざんできないようにしてセキュアにする方法――についてはいろいろなアイデアがある。また、ブロックチェーン本体をどの程度スクリプト記述可能にするか、それともその上のレイヤで実装すべきかについての議論もある――どっちの主張にも一理ある。また、「プライバシと匿名性」対「アイデンティティと規制」をめぐる問題もある。

Bitcoin Coreデベロッパチームは、Segregated Witnessについて実績をあげつつあるようで、これはみんなのスケーラビリティに関する懸念の一部など多くの懸念を解決できるはずだ。一方で、歴史が浅いがパワフルで、もっと使いやすいスクリプティングやプログラミングの仕組みを持つEthereumは、ブロックチェーン上で新しい用途を設計しようとする人々からかなりの勢いと関心を集めている。他にHyperledgerなどのプロジェクトは、独自のブロックチェーンシステムとブロックチェーンにとらわれないコードをデザインしている。

インターネットは、オープンな標準に基づく明確なレイヤを持っていたからこそうまく行った。実際、TCP/IPがATM(訳注:Asynchronous Transfer Mode 非同期転送モード)――標準としての対抗馬――に勝てた理由は、ネットワークのコアが非常にシンプルで「バカ」だったエンド・ツー・エンド原則のおかげで、ネットワークの末端が非常にイノベーティブになれたからだ。この二つの標準がしばらくしのぎを削ったあげくに、TCP/IPが明白な勝者だと判明した。ATMを核とした技術への投資の多くは無駄になった。ブロックチェーンでの問題は、そもそもレイヤがどこにあるかすらわからないし、標準への合意のプロセスをどう仕切るべきかさえわかっていないということだ。

1.5億ドルを集めた「The DAO」の危険性

(Ethereum) Decentralized Autonomous Organizationプロジェクト、「The DAO」は、現在ぼくが見ている中でも心配しているプロジェクトだ。発想としては、Ethereum上に、コードとして書かれた「エンティティ」を作るというものだ。そのエンティティは会社の株に似たユニットを売り、投資したりお金を使ったりもできて、ファンドや会社とまったく同じように活動できる。投資家はそのコードを見て、そのエンティティが納得できるものかを判断して、トークンを買ってその投資の収益を期待する。

なんだかSF小説みたいで、90年代前半のサイファーパンクだったぼくたちは、メーリングリストやハッカー集会で途方もないことを夢見ようとしていた頃に、みんなこの手の妄想は抱いたものだ。問題は、The DAO*がすでに1.5億ドルを投資家から集めていて、「リアル」なのに、それがビットコインほど検証されていないEthereumの上に構築されていることだ。そしていまだに合意プロトコルも固まっておらず、次期バージョンではまったく新しい合意アルゴリズムへの切り替えすら考えているという。

どうやらThe DAOはまだ法的に完全に記述されておらず、投資家たちにパートナーシップ上のパートナーとして損害賠償責任を負わせかねない。英語を使って弁護士たちが書いた契約とはちがい、DAOのコードでヘマをしたら、どこまで簡単にそれを変えられるかははっきりしない。契約書の言葉上のミスなら、裁判所がその意図を見極めようとすることで対応できるけれど、分散した合意ルールにより強制されるコードには、そんな仕組みが存在しない。また、コード自体が悪意を持ったコードで攻撃されかねないし、バグが脆弱性を引きおこす可能性もある。

最近、 Dino Mark, Vlad Zamfir, Emin Gun Sirer――中核開発者と研究者たち――が、「The DAOに一時的なモラトリアムを」 (A Call for a Temporary Moratorium on The DAO) という、The DAOの脆弱性を指摘した論文を公開した。それにThe DAOは多分、この時点ではまだあれこれ口を出してほしくない様々な規制当局の人に対し、危険信号を発してしまうんじゃないだろうか。The DAOはEthereumにおけるMt. Gox――つまり、プロジェクトの失敗が多くの人に損をさせ、一般の人や規制当局がブロックチェーンの発展に急ブレーキをかけるきっかけ――になりかねない。

ぼくがこんな冷や水を浴びせたところで、この分野のスタートアップと投資家は猪突猛進を続けるのはまちがいないだろう。でもぼくは、できるだけ多くの人が専念すべきなのはインフラであり、構築しようとしているスタックのいちばん低いレイヤに存在する機会だと思っている。合意プロトコルをきちんと構築し、物事を非中央集権的なかたちにとどめ、過剰な規制を避けつつプライバシ問題を扱い、お金と会計を根底から再発明する方法を見つること――これこそがぼくにとってはエキサイティングで大事のことだ。

企業が研究を始め、実用的なアプリケーションを見つけるべきエキサイティングな分野はいくつかあると思う――発展途上国のソーラーパネルなど市場の失敗に直面している分野の証券化や、貿易金融など信頼の欠如がとても非効率的な市場を作り出すために標準化された仕組みが存在するような部分のアプリケーションなどだ。

中央銀行や政府も、すでにイノベーションを探し始めている。シンガポール政府はブロックチェーン上での国債発行を考えている。幾つかの論文では、中央銀行が個人の預金を直接受け入れて、デジタルキャッシュを発行する可能性が検討されている。一部の規制当局も、人々がイノベーションとアイデアのテストを規制上の安全領域で行えるようなSand Boxの構築を計画しはじめた。もともとのビットコインのデザインが政府を避けよう、というところから始まっているのに、面白いイノベーションの一部は政府の実験から登場するという皮肉な可能性もあり得る。そうは言っても、政府は、堅牢な非中央集権的アーキテクチャの開発を助けるよりも、その邪魔をする可能性の方が高いだろうけれど。

* このポストのわずか3日後に、The DAOはぼくが恐れていた通りに「攻撃」された。ここに、攻撃者を名乗る人物からの興味深いポストがある。Reddit上ではすぐに、このポストにつけられた電子署名は無効であると判断された。そして、その自称攻撃者からの別のポストでは、彼らは(Ethereumの)マイナーたちに、フォーク(訳注:攻撃によって得た利益を無効にするEthereumのブロックチェーンの変更)に賛同しないように賄賂を送ろうとしている。これが本当の攻撃者なのか、あるいは壮大な釣りなのかはわからないが、非常に興味を惹く主張だ。