【大前研一「2018年の世界」】安倍政権は「国難突破」できない。同一労働同一賃金、働き方改革に人づくり革命——全てが矛盾だらけ

【連載第3回】

2017年は日本が没落の一途をたどるばかりであることが明らかになった年でした。国際社会における日本のプレゼンスはこの30年で低下する一方であったのに対し、中国の成長は目覚ましく、世界経済は米・欧・中の三極体制に移行しつつあります。完全なる敗北と緩やかな衰退の中で日本が今やるべきことは、将来を全く視野に入れていない「人づくり革命」でも「生産性革命」でもありません。2017~2018年の世界・日本の動きを俯瞰し、2018年のビジネスに役立つ、大前研一氏による国と企業の問題・トレンド解説をお届けします



 本連載は、大前研一氏による2017年12月末の経営セミナーをもとにした書籍『大前研一 2018年の世界~2時間でつかむ経済・政治・ビジネス、今年の論点~(大前研一ビジネスジャーナル特別号)』(2018年1月発行)を、許可を得て編集部にて再編集し掲載しています。

 今回の記事では、国内に目を向け、安倍政権の唱える「同一労働同一賃金」「働き方改革」「人づくり革命」「生産性革命」が成果をだせていない理由をご紹介します。

※本記事はbiblionによる提供で掲載しています。







安倍政権の政策では「国難突破」できない 一丁目一番地の改憲すらお粗末な提案

 第4次安倍政権は多くの政治的課題に直面しています(図-22)。

 安倍首相が「この解散は『国難突破解散』だ」と述べ、2017年10月に総選挙が行われた結果、自民党の圧勝で発足したのが第4次安倍内閣です。経済再生、財政再建、社会保障、外交・安保、エネルギー・環境、地方創生、防災、教育、農林水産、憲法改正……

 1つ1つを吟味してみると、5年もやっている割には成果が出ているものが全くありません。その都度テーマを変えてきており、一貫して取り組んで成果をあげているものが見当たりません。

 例えば地方創生ですが、成果がほとんど出てきていません。

 よくこの政権が続くなと思うのですが、しかし「この道しかない」で続いてしまうのです。北朝鮮の問題が出てくると今度は「この国を、守り抜く。」ですが、具体的にどういう方法で守るのかを訊く人がいません。先生の言うことを聞いてそのままで質問なんかしないという人間を大量に生み出してきた、日本の教育の賜物です。

 憲法改正が安倍首相のライフワークだと言われています。そのために国民投票法を第1次安倍内閣の時に成立させました。ところが2017年5月の憲法記念日に彼は、改憲に関する自分の構想をビデオメッセージで発表し、その中で、憲法9条に3項目を追加し、自衛隊の存在をしっかりと位置付け、自衛隊を違憲状態ではないようにしたい、合憲だとしたい、と言っています。

 ちょっと待ってください。自民党はずっと「自衛隊は軍隊ではありません」「だから自衛隊は合憲です」と言ってきたのではありませんか。それがなぜ今頃になって「憲法に明文で書き込む」と言い始めたのか意味が分かりません。私のように憲法をゼロベースでつくり直すことを提案し、条文を全部書き出して起草している人間から見れば「ふざけるな、憲法を読んだことがあるのか」と思うぐらいお粗末な提案でした。



「同一労働同一賃金」はボーダレス経済では無意味

 「働き方改革」1つ取り上げても政府の真意が不明なことばかりです(図-23)。

 安倍首相が繰り返し演説していた「同一労働同一賃金」ですが、これは閉鎖国家では成り立ちます。しかしボーダレス経済においては、同じ労働ができたら同じ賃金だとするのならば、日本の労働者の賃金も海外、例えばベトナムで同じ労働をしている人と同じでもよいということになるのです。

 したがって、多くの財界人は、大手町にいるときには安倍首相に「イエッサー」と言いながら、ベトナムと中国への発注を増やすという見事な二枚舌を使い分けることになります。

 しかしそれは咎められるべきことではなく、経営者としては当然の選択であり、安倍内閣はボーダレス経済のボの字も分かっていないのです。同じことができるなら同じ給料にせよと号令をかければ、日本の中だけでやりくりしてくれると思っているのです。

 かたや企業は、今一番安くこの仕事ができるところはどこかと立地場所を考えます。「同一労働同一賃金」などという危険な言葉を平気で言えるのは、経済そのものが分かっていないからなのです。



企業が自由に解雇できないという“雇用の膠着化”

 安倍内閣が掲げる生産性革命、正規社員化促進ですが、日本の生産性が低い最大の理由は間接人員の業務が非効率だということです。ホワイトカラーの業務において間接業務の効率化を図るとなると、ICTの駆使やAI利用によるロボット化を行うことになり、これは大量のホワイトカラーの失業につながります。しかし、日本は今、世界で最も解雇ができない国なのです。

 これはかなりシリアスな問題です。かつてはドイツやスウェーデンがそうでしたが、ドイツでは2003年にドイツ社会民主党のシュレーダー首相(当時)の下で、労働市場改革と社会保障改革による構造改革プログラム「アジェンダ2010」を提案・断行し、労働コストを大幅に削減しました。

 これによりドイツの企業においては解雇の裁量が広がったのです。もう要らない人は外に出してください、国のほうで再教育をします、それであなたがたは企業としての競争力を維持してください、これがドイツの競争力が回復した最大の理由です。

 ところが日本のほうは逆に、正規雇用と非正規雇用があったら「非正規という言葉をこの国から一掃する」と安倍首相が言うのです。そんな余計なことをやるならば正規雇用の人を解雇しやすくする方法を考えていただきたいのですが、今の日本はこれができません。

 日本という国はいったん正社員に採用したらなかなか解雇できない国です。そしてまた、入社後に再教育するという意識がありません。大学を卒業したらそのまま一生それで食べていくと思っている人がほとんどです。

 OECDの中で最も再教育比率が低いのが日本です。ようやく政府もリカレント教育というものをやり始めましたが、定年退職者や出産等で退職した女性などが対象だと言うのですから全くもってリカレントではありません。世界中のリカレント教育は、大学を卒業してから15~20年でもう一回勉強し直して新しいスキルを身に付けるというものです。

 日本の場合はそれどころか、大学に行ってみれば高齢の先生が昔と同じことを教えています。安倍政権のやっていることは全方位的に雇用の膠着化に向かうものでしかありません。



真の「人づくり革命」の鍵は教育にこそある

 「働き方改革」だけを見ても疑問点ばかりですが、さらに大きな矛盾があります(図-23右)。

 「人づくり革命」と「生産性革命」を車の両輪として、デフレ脱却に向けて税や予算などの政策を総動員する——安倍首相はそう言いますが、今の状態で「生産性革命」をやると、再教育ができないために人が余っていくばかりなのです。それと「人づくり革命」とは全く両立できません。

 そしてまた、デフレ脱却と言うけれども、60時間に残業を制限してどうやって脱却するのでしょう。

 こういうふうに何も考えずにものが言えるのが、安倍さんが強い理由です。日本のマスコミで、「はい」と手を挙げて「生産性革命と人づくり革命はどう両立するのですか?」と質問する人が誰もいないのです。

 今の日本に一番必要な人はどういう人でしょうか? “尖った人”です。世界を見れば、例えば今の中国では4~5人が新しい経済をつくり出しています。

 米国も同様で、そういう人が今度は次の50人、その次の500人の“尖った人”をつくり出しています。イーロン・マスクなどは性格が悪くて付き合った人が全員勘弁してくれと言うような人物ですが、やはり世の中を変える力がありますし、ジャック・マーやポニー・マーといった人たちも似たようなものです。

 こうした人たちがエスタブリッシュメントの外側から出てきて、中国ではいつの間にか大改革が起こっているのです。中の上くらいの人材を大量につくっている日本の教育が最大の問題です。

(次回に続く)



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大前研一 2018年の世界~2時間でつかむ経済・政治・ビジネス、今年の論点



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◆大前 研一(おおまえ けんいち)

ビジネス・ブレークスルー大学 学長

株式会社ビジネス・ブレークスルー 代表取締役社長

世界の大企業やアジア・太平洋における国家レベルのアドバイザーとして活躍のかたわら、グローバルな視点と大胆な発想で、活発な提言を行っている。

経営コンサルタントとしても各国で活躍しながら、日本の疲弊した政治システムの改革と真の生活者主権の国家実現のために、新しい提案・コンセプトを提供し続けている。経営や経済に関する多くの著書が世界各地で読まれている。

経済のボーダレス化に伴う企業の国際化の問題、都市の発展を中心として拡がっていく新しい地域国家の概念などについて、継続的に論文を発表している「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。1987年にはイタリア大統領よりピオマンズ賞を、1995年にはアメリカのノートルダム大学で名誉法学博士号を授与された。 英国エコノミスト誌は現代世界の思想的リーダーとしてアメリカにはピーター・ドラッカーやトム・ピータースが、アジアには大前研一がいるが、ヨーロッパ大陸にはそれに匹敵するグールー(思想的指導者)がいない、と書いた。同誌の1993年グールー特集では世界のグールー17人の一人に、また1994年の特集では5人の中の一人として選ばれている。2005年の《Thinkers50》でも、アジア人として唯一、トップに名を連ねている。2005年、『The Next Global Stage』がWharton School Publishingから出版される。本著は、発売当初から評判をよび、既に13カ国語に翻訳され、世界中でベストセラーとなっている。

1992年には政策市民集団「平成維新の会」、1994年には人材発掘・育成の場として「一新塾」、1996年には起業家養成のための学校「アタッカーズ・ビジネス・スクール」を開設し、人材育成に取り組んできた。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院公共政策学部教授、ビジネス・ブレークスルー大学大学院学長、ビジネス・ブレークスルー大学学長、オーストラリアのボンド大学の評議員(Trustee)兼教授、韓国の梨花大学国際大学院名誉教授、高麗大学名誉客員教授、ペンシルベニア大学ウォートンスクールSEIセンターのボードメンバーに就任するなど、教育にも深く携わっている。



◆ビジネス・ブレークスルー(BBT)

グローバル環境で活躍できる人材の育成を目的として1998年に世界的経営コンサルタント大前研一により設立された教育会社。設立当初から革新的な遠隔教育システムによる双方向性を確保した質の高い教育の提供を目指し、多様な配信メディアを通じてマネジメント教育プログラムを提供。大学、大学院、起業家養成プログラム、ビジネス英語や経営者のための勉強会等多用な教育プログラムを運営するほか、法人研修の提供やTV番組の制作など様々な顔を持つ。2013年10月のアオバジャパン・インターナショナルスクールへの経営参加を契機に、生涯の学習をサポートするプラットフォーム構築をグループ戦略の柱の1つとして明確に位置づけている。在籍会員数約1万人、輩出人数はのべ約5万人以上。https://www.bbt757.com/