オシャレ職場に大変身~「出社したくなる」理由
緊急事態宣言が解除されて在宅勤務が減るなか、港湾施設に関するビジネスを手掛ける企業「第工」の女性社員が「出社したい」と言う理由はそのオフィスにあった。
ガラスの間仕切りで開放感ある明るい空間で、ミーティングスペースにはおしゃれなソファセットが。以前のオフィスは古い感じの狭く閉じられた空間だったが、今年7月、東京本部を移転し、オフィスを全面改装した。ちょっとしたコミュニケーションが取れるカフェスペースから、リモート会議に便利なブースまで設置してある。「とても素敵なオフィスになった。出社したいと思います」と言う。
決断をした「第工」の増永陽一社長は改装を任せた会社を「プロの方の意見を取り入れてやってみたら、オフィス自体がガラッと変わった。オカムラさんには感謝しています」と、絶賛した。
オカムラはオフィス家具で知られるメーカー。年商2400億円で業界第3位。このオフィスで使われるさまざまな家具も全てオカムラだ。
そもそもオフィス家具メーカーは大ピンチの真っ只中にあった。それはコロナによる企業のオフィス縮小の動き。この1年半、在宅勤務の拡大で多くのオフィスが使われなくなり、中古市場には大量のオフィス家具があふれ、各メーカーは今までにない危機に陥った。
だが、オカムラの新商品展示会を覗くと結構なにぎわいだ。東京・千代田区の「オカムラ ガーデンコートショールーム」では、立ち会議にも対応できる電動式の机「スイフトクアトロ」をのぞき込む人たちがいる。どんな人が座っても、その体型に椅子がフィットしてくれるという特殊な構造の椅子にも関心が集まる。
実はオカムラはオフィス縮小という大ピンチの中で純利益が過去最高を記録。利益で業界トップに躍り出たのだ。
ピンチに最高益の理由~最高の職場づくり戦略
<最高益の秘密1>バカ売れする黒いボックス
東京・中央区の急成長中のベンチャー企業「ビットキー」。視察に来る企業が絶えないのが、おしゃれな雰囲気の最新のオフィスだ。
オフィスの視察で誰もが足を止めるのがズラリと並んだ黒いボックス。オカムラがウェブ会議サービスを手がける企業と組んで開発したワークブース「テレキューブ」だ。防音性はもちろん、換気性能も優れているため、コロナ対策にも持ってこいと大人気なのだ。
「利用率は高くピークだと7~8割が埋まる。社員の反応もいいです」(江尻祐樹CEO)
こういったワークブースは以前から個室スペースとして販売していたが、オカムラはコロナを機に一気に増産。前年の4倍の売り上げを記録している。
<最高益の秘密2>オフィス縮小が狙い目
東京・中野のキリンホールディングス本社。やはり在宅勤務の増加でオフィスを2フロア、縮小することを決めた。
「以前のように全員が出社して働くことは今の状況ではないので、無駄なスペースがあるのではないか、と。一部のフロアは返却しています」(福井武宏さん)
そのキリンをオカムラの社員たちが訪ねてきた。オカムラは家具を売るのではなく、オフィス自体のリニューアルを任されている。
整然と机が並んだフロアも、オカムラの提案では、机を必要な数に絞り込み、空いたスペースに足りなかったミーティングブースや「テレキューブ」を配置した。さらに「リニューアルの肝」というのがフロア中央のスペース。木目のカウンターを作り、誰もが集まってくるカフェスペースに一変。部門を超えたコミュニケーションの場にするという。
「どんな空間になり、どう従業員が使うのか。ワクワクして待っています」(福井さん)
これこそオフィス縮小を逆手に取ったオカムラのビジネス。必要なオフィス機能を無駄なくフロアに配置する「ライトサイジング」だ。
「無駄をなくし、働き方に合わせオフィスの機能空間のサイズを調整して変更し直すのがライトサイジングです」(働き方コンサルティング事業部・佐々木基)
オフィス縮小という危機を、オカムラはオフィス改革の提案力で乗り越えた。
<最高益の秘密3>極上の椅子を家庭にも
オカムラのオフィスチェアの最上位となる金属とメッシュの美しいデザインの椅子「コンテッサ」。長く座っても疲れない座り心地の良さが特長で、これまであまり一般向けに売れていなかったが、家庭で購入する人が増えている。
神奈川・横須賀市の追浜事業所。製造ラインではさまざまな椅子が流れ作業で作られているが、そんな中、職人の手作業で作られているのが「コンテッサ」だ。社長の中村雅行(70)は「高級ゾーンの椅子なので寿命は長いです。良いものを長くお使いいただける。そういうものを作りたい」と言う。
「コンテッサ」はオフィス向けが主流だったが、長時間に及ぶ在宅勤務でも疲れにくい椅子を使いたいと人気になった。
「コロナで個人のお客様が家庭で使うようになった。するとすごく見る目が厳しい。そこで最後のところでの検査を増やしました」(中村)
品質に厳しい一般客向けに急遽、新たな検査体制を作り、品質管理にも力を入れた。
2012年の社長就任以来、トップとして9年間、オカムラの成長を作り出してきた中村は、現在の局面をこう語っている。
「アフターコロナでものすごいチャンスがやってきた。オフィスを変える需要がやってきたということは千載一遇のチャンスです」
仲間と貯金を集めて創業~ピンチでこそ「協力」パワー
横須賀の追浜事業所。創業76年になるオカムラの生産拠点には驚くようなものがある。
「飛行機を撃つ高射砲の台です。海軍の建物が点在して残っています」(中村)
戦時中の建物が工場の一部に残っているという。そして中村は「創業者は『工場はノウハウの塊だ』と言って、工場は絶対見せなかった」と思い出を語った。
創業者は吉原謙二郎。戦時中、飛行機の製造に携わっていたエンジニアだ。
終戦の1945年、吉原は技術者仲間とともに貯金を出し合い、岡村製作所を作る。仲間と一緒に作ったから、社名に自分の名前をつけなかった。オカムラは創業地の地名、横浜市磯子区岡村からとったものだ。
近くの米軍向けに様々な商品を作ったのが家具作りの源流なのだが、技術者集団はとんでもないものに挑む。
それが1953年の、戦後初となる国産飛行機の開発。さらに2年後には車の製造にも乗り出す。それまでにない方式の変速機を搭載した「ミカサ」だ。500台を販売するが、事業は継続できなかった。しかし、そんな常識破りの創業者たちを支えた精神は今も大切にされている。5つの社是のうちの一つ、「協力」という言葉だ。
「『チームワークよくやろう』と。チームワークがつくり出す力はすごく大きくなるという意味で『協力』。会社の生い立ちのバイブルみたいなもので、とても大切です」(中村)
中村は現役役員の中で唯一残る、創業者の薫陶を受けた男。自らも、ある大ピンチに「協力」の意味を知ることになる。2008年のリーマンショックだ。
売り上げが一気に4割も減り、工場は行き場のない在庫で溢れた。中村は生産体制の見直しを決断。現場に大胆な指示を出す。従来の大量生産はリスクが大きすぎると、受注が入ってからスピーディーに作る「ラーメン店のような工場」を目指そうとした。
「ラーメン店は最初からラーメンを並べてお客を待っているわけではない。お客が来たら、ラーメンと餃子とビールのリードタイムは違うけど同時に出てくる。そういう作り方にしよう、と」(中村)
中村は改革チームをつくり、必死で知恵を出し合い生産ラインの見直しを進めた。そして4年後、チームは組み立て時間を4分の1にまで減らすことに成功する。
「みんなの知恵を出し合うとできる。人間は面白いもので、知恵は無限だと思う。現場でやってくれたみんなの力があれば、たいていのことは乗り越えられると思うんです」(中村)
これこそが創業から受け継ぐ、コロナにも負けなかった「協力」のものづくりだった。
あの企業に新本社に潜入~自分たちの職場も実験場に
東京・千代田区にある、年商4兆円を超える出光興産の新本社。移転に伴う改装をオカムラに依頼した。
まるでおしゃれなカフェのような32階のカフェテリアエリアは、社員食堂と職場を融合させた場所だという。そこには贅沢な個室スペースもあり、社員たちは「かまくら」と呼んでいる。
本格的なコーヒーが飲めるカフェでは、店内で焼いたパンまで売られていた。さらに、地上32階からの景色を楽しめるカウンター席まで。食堂と職場のミックスというだけあって、ボックス席にはモニターとコンセントがつけられている。
斬新な空間で社員たちの活性化を狙った。利用している社員は「ここに来ると別の部署の社員もいるので、接点を多く持てます」「シーン、目的によって働く場所を選べるのがいいと思っていて、居心地がいいです」と言う。
出光興産の足立晶彦さんは、オカムラのオフィス作りのノウハウに驚かされたという。
「細かいことも問い合わせ、『どうしようか』ということが出てくると『これでどうですか』と。我々が頭で考えて『これはどうですか』とぶつけると『それは失敗したからやめたほうがいい』とか、いろいろなことを教えてもらいこの事務所ができました」
そんなオカムラの圧倒的な提案力には秘密がある。それが、オカムラが都内に構えるオフィス「CO-RiZ LABO」だ。その中では、鳥のさえずりが聞こえる緑あふれる小さなブースで働く社員がいるかと思えば、「部室」というコンセプトの空間で働く社員もいる。
「あえていろいろなものを混在させて、これは使いやすい、これは使いにくいということを、空間として自分たちも体感してラボオフィスとして利用しています」(オフィス営業本部・鈴木真宇)
快適な職場作りの実験場であるラボオフィス。さまざまな配置の家具で実際にオカムラの社員たちが働き、その使い勝手を調査している。時には、社員一人一人に位置情報のカードを持たせ、オフィス内での動きをビッグデータとして分析することもある。
「どこのコーナーが人気かあるか、後で分析できるので、不人気なところは減らしたりして、より快適な空間をレイアウトすることが可能になります」(内田道一)
ヒートマップを見れば、活発に情報交換される場所が一目瞭然だ。そのオフィスの分析を担っているのがワークデザイン研究所。ラボオフィスから集めた社員の声を元に、より良いオフィス環境を作り上げていく。
このオカムラが誇るオフィスの研究所は1980年に設立され、オカムラのビジネスを支えてきた。
「家具屋さんという感じではなく、お客様の相談を受ける時には『幸福を実現するためにはどうしたらいいのか』とか『多様性を保つためにはどうしたらいいのか』といった、会社の仕組みやルールを変えるところまでオカモトはやっています」(ワークデザイン研究所・池田晃一)
~村上龍の編集後記~
中村さんは「ライトサイジング」という言葉を使った。オフィスは何をする場所なのかという根源的な問い。従来、個人のデスクと会議室で構成されていた。思い返せば、その通りだ。固定デスクは排除、オープンスペースで仕事。カフェラウンジではフラッと集まった社員が新しい事業構想を。経済や社会が大きく変わる場合、必ず非連続で新しい需要が生まれる。オカムラは、創業時からベンチャー企業だった。「新しいコンセプト」を持つ商品を作り続けてきたのだ。
<出演者略歴>
中村雅行(なかむら・まさゆき)1951年、東京生まれ。1973年、早稲田大学理工学部卒業後、岡村製作所(現オカムラ)入社。設計施工管理部長、経営企画部長、オフィス家具部長などを経て、2012年、代表取締役社長就任。2019年、代表取締役社長執行役員就任。
(2021年11月25日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)