あなたが「国際協力機構(JICA)理事長」ならばどうするか?

今回のリアルタイムケース

Question:

あなたが国際協力機構(JICA)理事長ならばどのような方向性をもってして日本のODAのプレゼンスを高めるか?



 今回のケーススタディは、政府開発援助(ODA)を通じて開発途上国の発展に寄与し、日本外交の重要な役割を担う国際協力機構(JICA)の方向性についてです。



# 世界の主要国との比較で見えてくる日本のODAの特徴とは?

# 自国の発展に資するODAのあり方、JICAの本質的な役割とは?



# 組織概要



以下からはBBT大学学長・大前研一による「課題と戦略」案が続きます。経営に正解はありません。読み進める前に、あなたが経営者であったならどうするか、一度考えてみてください。





※本解説は2014/11/2 BBT放送のRTOCS®を基に編集・収録しています。





大前の考える今回のケースにおける課題とは

 国際協力機構=JICA(以下JICA)は、開発途上地域等における技術協力を担う国際協力事業団=旧JICAを前身に、2003年に独立行政法人として政府開発援助=ODA(以下ODA)を一元的に担う実務機関として発足した。開発途上地域へのODAを通じ、日本の重要な外交政策の一端を担う機関として、いかに自国の発展に資する協力体制、組織体制を構築するかが課題だ。





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◆日本のODAを担うJICAとは?

#ODAを一元的に行う実務機関

 JICAと聞くと青年海外協力隊など、「途上国に赴き現地のために汗水流して働くボランティア団体」という、慈善団体のようなイメージを持っている人も多いかもしれませんが、JICAは外務省所管の独立行政法人 であり、開発途上地域等でその発展に寄与することを通じ、国際協力の促進、自国及び国際経済社会の健全な発展に資することを目的とする組織です。具体的にはODA を一元的に行う実務機関であり、技術協力及び有償・無償の資金協力を行っています(図−1)。



JICAの機能と役割を詳しく知るために、まず沿革を見てみましょう(図−2)。

 日本の国際協力は、1954年のコロンボ・プラン 加盟を機に始まります。1962年には前身団体である海外技術協力事業団(OTCA)が創設され、翌年には海外移住事業団(JEMIS)、1965年にOTCA内に日本青年海外協力隊事務局(JOCV)が設立されました。1974年に両団体の統合で国際協力事業団(旧JICA)が誕生、2003年の独立行政法人化により現在の国際協力機構(JICA)となります。JICAはその前身を含め設立当初からODAにおける「技術協力」の役割を担ってきました。2008年からは、ODAのすべての機能をJICAに一元化し、新体制としてスタートしています。

 政府が行うODAは、世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関への拠出を通じて行う「多国間援助」と、日本と対象国との間で支援を決定して行う「二国間援助」に大別できます。この「二国間援助」のうち、「技術協力」をJICA、「無償資金協力」を外務省、「有償資金協力」を国際協力銀行 がそれぞれ担ってきました。2008年以降、これらの実務機能がすべてJICAに統合されました(図−3)。



#ODA実施体制の三層構造

 JICAはODAの一元的な実務機関ではありますが、すべての裁量権を持っているわけではありません。ODAの主体はあくまで政府です。[図−4/ODAの実施体制]を見てわかるように、ODAの実施は内閣、外務省、JICAの三層構造で成り立っています。

 まず大枠の戦略部分に関しては、関係閣僚から構成される内閣の「海外経済協力会議 」が主体となって決定していきます。それを受け今度は外務省が主体となり、具体的な国別・地域別の援助計画を立案し、予算を組みます。そして、決定された戦略・計画に基づいて実務機関であるJICAが主体となり、民間セクターと協力しつつ実行に移していきます。





◆世界のODAと比較して見えてくる 日本のODAの特徴

#日本のODAはアジア諸国中心

 世界各国が実施するODAですが、日本のODAには他の主要国と比較して3つの特徴があります(図−5)。

 「アジア諸国中心」であること、返済義務のある「有償資金協力中心」であること、そして交通・通信・電力(エネルギー)などの「経済インフラ向け中心」であることです。日本のODAが目指すところは「自助努力支援」であり、支援国の自立的かつ持続的な経済成長を促進することを掲げています。

 以下、具体的に先進5カ国についてODAの特徴を比較します。

 実施地域別のODAを見ると、日本はアジア地域がODA全体の64%を占めており、特にASEAN 、中国、インドにほぼ半数を割いています(図−6)。

 一方、欧州主要国は旧植民地であるアフリカが中心になっており、特にフランスは6割がアフリカに集中しています。ドイツ、英国はアフリカ中心に行いつつ、アジアへも配分しています。米国はアフリカ中心に行いつつ、特に中東地域へのODAに力を入れています。

 このように、日本のODAはアジア中心主義が明確になっています。



#自立的・持続的成長を重視し、有償協力・経済インフラに注力

 次に協力形態別のODAは、日本は半数以上の61%が有償資金協力であるのに対し、他の主要国は無償資金協力が多く、米英に至っては9割が無償資金協力です(図−7)。日本のODAの目的が「自助努力支援」であり、先進国に依存しない自立的成長を促すことを重要視しているため、有償資金協力中心のODAとなっているのです。

 そして、分野別のODAについては、日本は交通・通信・電力(エネルギー)などの「経済インフラ」に多くの援助を行っています。一方、他の主要国が行う援助は、教育や医療などの「社会インフラ」を中心に行われています。日本が「経済インフラ」中心に行うのは、支援国の持続的成長を促すという目的があるからです(図−8)。



◆日本のODAが存在感を示すことができない理由

#自国への還元という目的から乖離している

 世界と比較しての日本のODAの特徴を理解したところで、それらを担うJICAはODAを通して何を達成すべきであるのか、今一度掘り下げてみましょう。

 前段で述べたようにJICAが設立された目的は、国際協力の促進、自国及び国際経済社会の健全な発展に資することです。ただ、これはあくまでも名目上の目的であり、本質的には途上国の自立発展を促すことで、その成長を「自国の成長に取り込む」ことがJICAのミッションであると考えます(図−9)。

 途上国に入り込んで関係を築くことが、日本企業の活躍の場を広げることになります。そうして途上国の成長を自国の成長に還流させることにこそ、JICAがODAを行う意味があるのです。裏を返せば、自国への還流に結びつけない純粋なチャリティーとして行うのであれば、国際的なNGOに寄付金を送れば済む話なのです。

 しかし、この「途上国の成長を自国の成長に取り込む」という本質的な目的に対してJICAが機能しているのかというと、これまで行ってきた巨額なODA累積額に対して、相応のリターンがあったとはいえないのが現実です。



#JICAの活動と日本企業が結びつかないのが実態

 [図−10/ODAのタイド率(ひも付きODA比率)]をご覧ください。“ひも付き”とは、資金協力をする代わりにこちらの指定した企業などを使うよう、条件をつけて援助することです。このひも付きODA比率が、日本はとても低いのです。かつて1980年代における日本のODAのタイド率(10年間平均)は65%と高く、ひも付きODAは批判の対象となっていましたが、1990年代以降はタイド率を大きく低下させています。



 もうひとつ、JICAと日本企業の連携不足が顕著に表れている例を見ましょう(図−11)。

 日本と韓国のODA支出純額を比較すると、日本は韓国よりも非常に大きな金額を支出しています。ところが日韓の建設会社の海外建設受注額を比較すると、韓国の方が断然大きな額を受注しているのです。韓国の場合は企業自体が海外でJICAのような活動を行い、現地で濃密なコネクションを構築してしまうため、ODAが実利につながりやすいのです。

 一方、日本の場合はJICAと日本企業の活動が現地でスムーズにつながっていません。JICAが途上国のために尽力することはできていても、日本企業への橋渡しまではやりきれていないということです。



◆日本のプレゼンスを高めるために必要なJICAの役割

#人材育成を通じた企業支援体制の構築

 以上を踏まえ、ここからJICAの戦略を考えていきたいと思います。

 ODAで「途上国の成長を自国の成長に取り込む」ためには、JICAの活動と日系企業の活動を有機的に結びつける仕組みを構築することが必須です。JICAは活動の性格上、支援国の多くはボトム・オブ・ピラミッド (以下BOP)と呼ばれる貧困・低所得地域が中心です。BOP層には世界人口の約7割が存在するといわれており、今、先進国企業にとって将来の巨大市場となりうるBOP市場の早期攻略は重要な経営課題となっています(図−12)。

したがって、JICAは途上国支援のノウハウを活かし、日系企業のBOP市場攻略を戦略的にサポートする役割を担い、そのための有機的な支援体制を構築することを考えなければなりません。何より重要なのは、JICAと企業が強固に結びついていくことです(図−13)。

 具体的には、まず企業とJICAが人材を共有する仕組みを構築します。企業がJICAに人材を派遣・出向させ、JICAが育成した人材を再び企業に還元する仕組みを構築します。というのも、日本企業が途上国への進出を視野に入れても、その分野を担える人材がいないといった理由で、腰がひけてしまうことが多々あるからです。

 その点を加味すると、JICAに出向した企業人がBOP市場で経験を積み、JICAのノウハウや現地人脈を蓄積した後で企業に戻るというのは、企業のBOP市場攻略にとって非常に有用です。併せて、JICAで経験を積んだ人材を企業が積極的に採用するという方向も考えられるでしょう。

 さらに、BOP市場から新興国・先進国市場をシームレスにカバーする企業支援体制の構築が必要です。そのためには、経済産業省所管の独立行政法人で、日本の貿易振興や企業の海外進出支援などを担う日本貿易振興機構=JETRO (以下JETRO)との連携強化が必要です。



#BOP市場〜新興国・先進国市場までシームレスな支援体制を構築

 JICAの進出国数は88カ国、JETROは54カ国です。これを進出国の1人当たりGDP階層別に分類すると、JICAとJETROが明確に住み分けている実態が見えてきます(図−14)。

 JICAの進出国のうち1人当たりGDPが1500ドル未満の国が27カ国、1,500〜4,000ドル未満の国が26カ国と、4,000ドル未満の国が6割以上を占め、BOP市場を中心に展開しています。一方、JETROは主に1人当たりGDPが1万ドル以上の国が6割以上を占め、新興国及び先進国を中心に展開しています。

 したがって、JICAとJETROが企業支援を通じ、省庁の壁を越えて連携を強化すれば、ピラミッドのボトムからトップまで、つまりBOP層から新興国・先進国へとシームレスな支援体制を構築することが可能になります。



 グローバル企業のなかにはBOPから新興国・先進国市場をシームレスに攻略しながら成長している事例もあります。ユニ・チャームを例に見てみましょう。[図−15/ユニ・チャームの経済発展段階別市場戦略]を見るとわかりますが、ユニ・チャームは進出国の経済発展段階に応じて、ニーズに適した製品を順次投入していくことでBOPから先進国まで、シームレスな市場展開により海外展開を加速させています。JICAはこのような成功企業とも連携し、人材交流を密にすることが必要だと考えます。その上で成功ノウハウを集積させ人材を育成し、他の企業支援に活かしていくべきではないでしょうか。



#企業支援機関としてのJICAの役割

 「途上国の成長を自国の成長に取り込む」ためには単なるODAの実務機関としての役割だけでなく、企業支援機関としての役割の強化が必要になります。そのためには、JICAがBOP市場のスペシャリストを育成する人材バンクの役割を担い、現地における人脈形成、情報共有、あらゆるノウハウを集積させ、その人材を企業に還元することで企業のBOP市場攻略をサポートできる組織であることが求められます。企業との連携強化のためにはJICA自体が牽引力を高め、企業のトップ人材を集められる組織にならなければなりません。企業側もJICA卒業の人材を積極的に採用し、海外戦略に活用することを考えるべきです(図−16)。



 こうしたことを外務省は念頭に置いて、あらためてJICAの役割を再定義していく必要があります。そして、省庁の壁を越えJETROと連携し合い、BOP市場、ひいては新興国・先進国市場までをシームレスに攻略できる体制をJICAが構築していくことが、日本のODA外交の成果を最大化させることにつながるのではないかと考えます。



まとめ/国際協力機構(JICA)の戦略案



戦略案1

BOP市場のスペシャリストを育成する人材バンクの役割を担い、企業のBOP市場攻略を人材面でサポートする体制を構築。

戦略案2

JETROとの連携を強化し、BOP〜新興国・先進国市場をシームレスに攻略できる体制を構築する。

(RTOCS® 2014/11/2放送より編集・収録)

※引用元のURLは末尾にあります。



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●本書籍は以下より購入いただけます。

BBTリアルタイム・オンライン・ケーススタディ Vol.11

もしも、あなたが「日本経済新聞社社長」「国際協力機構(JICA)理事長」ならばどうするか?

https://goo.gl/F7dzPy

●RTOCSバックナンバー

http://www.bbt757.com/pr/rtocs/

※本書収録の情報について

■本書はBBT大学総合研究所が学術研究及びクラスディスカッションを目的に作成しているものであり、当該企業のいかなる経営判断に対しても一切関与しておりません。■当該企業に関する情報は一般公開情報、報道等に基づいており、非公開情報・内部情報等は一切使用しておりません。■図表及び本文中に記載されているデータはBBT大学総合研究所が信頼できると判断した各種情報源から入手したものですが、当総研がその正確性・完全性を保証するものではありません。■BBT大学総合研究所として本書の情報を利用されたことにより生じるいかなる損害についても責任を負うものではありません。



<本ケースの引用元URL>

■JICA

http://www.jica.go.jp/

■OECD

http://www.oecd.org/dac/stats/idsonline.htm

■海外建設協会

http://www.ocaji.or.jp/

■韓国海外建設協会

http://www.icak.or.kr/sta/sta_0101.php

■JETRO

https://www.jetro.go.jp/

■World databank

http://databank.worldbank.org/data/home.aspx

■『PRESIDENT Online』2010/2/15

http://president.jp/articles/-/5189

■ユニ・チャーム

http://www.unicharm.co.jp/