もしもあなたが、「東京ガスの社長」ならばどうするか?

今回のリアルタイムケース

あなたが東京ガスの社長ならばいかにして電力・ガスの全面自由化の荒波を乗り切り、収益を拡大させるのか?

今回のケーススタディは、都市ガスの販売量シェア1位を誇る東京ガス株式会社の戦略についてです。電力・都市ガス業界は、長らく地域独占によって安定した経営を行ってきましたが、2016年の電力、2017年の都市ガスと相次ぐ小売全面自由化により業界再編が加速すると予想されます。もし、あなたが東京ガスの社長であったなら、この局面にどんな新戦略を打ち出しますか?



# 電力やガスの小売自由化により業界構造はどのように変化するでしょうか?

# 市場・競争環境が激変するなか、東京ガスのとるべき戦略とは何でしょうか?



# 企業情報



以下、BBT大学学長・大前研一による「課題と戦略」案が続きます。経営に正解はありません。読み進める前に、あなたが経営者であったならどうするか、一度考えてみてください。



BBT-Analyze:大前研一はこう考える 〜もしも私が東京ガスの社長だったら〜

※本解説は2015/5/31 BBT放送のRTOCS®を基に編集・収録しています。



大前の考える今回のケースにおける課題とは

 従来、縦割構造であったエネルギー業界では、電力やガスの小売自由化に向けて相互参入や異業種参入が活発化している。更にはエネルギー需給システムの最適化を実現するための様々な技術やアイデアから多様な新ビジネスが生み出され、電力・ガス・石油・熱供給などを含む総合エネルギー市場の創出、業界を超えた再編が加速している。小売自由化をきっかけとした業界構造の激変は、東京ガスにとって安定経営の基盤であった地域独占のメリットを失わせる一方で、大きな事業拡大の機会をもたらす。この市場環境、競争環境の変化に対し、如何に自社の価値を再定義し、総合エネルギー企業としての成長戦略を描いていくかが同社の課題となっている。



電力と都市ガスの小売が全面自由化へ

#長年続いた地域独占がついに崩壊

 2016年に電力、2017年には都市ガスの小売市場が全面的に自由化されます。つまり、一般家庭でも好きな会社から電気やガスを買えるようになり、これまでの地域独占が崩れるということです。自由化で開放される市場は、およそ10兆円と言われています。

 [図−1/「電力」および「都市ガス」における自由化の経緯]をご覧ください。これまで工場や大型商業施設では段階的に電力や都市ガスの自由化が進んでいましたが、現時点では新規参入組のシェアはごく僅か。その割合は電力総小売市場においては2.9%、都市ガス総小売市場においては7.6%と、それぞれ全体の1割にも達していません(図−2)。



#2020年、発送電の分離を計画

 小売の全面自由化に伴い、電力、都市ガスともにインフラ部門の分離が予定されています。

 まず2020年に、大手電力会社9社 を対象に発送電分離が計画されています(図−3)。発電した電気を家庭や工場など利用者に届けるには、送配電のための巨大な設備が必要です。現在、部分的に新電力の参入があるにせよ、殆どの電力需要は発電から送配電、小売まで一貫して大手電力会社によって供給されています。独占の根幹である送配電部門を分離し、中立性を義務付けることで発電・小売部門への新規参入を大幅に促進することができるようになります(図−4)。





#都市ガスも導管部門が分離

 電力と同様、都市ガスも2022年を目処に東京ガス・大阪ガス・東邦ガスの大手3社に、ガス導管事業の法的分離が予定されています(図−5)。電力の発電事業に相当する「LNG(液化天然ガス)基地事業」は届出制、「小売事業」は登録制として開放されるため、この導管分離によって都市ガスについてもいっそうの新規参入が進むでしょう。







全面自由化でエネルギー業界の再編が進む

#縦割構造が崩れ、総合エネルギー企業が生まれる

 電力と都市ガスが自由化されると、エネルギー業界はどう変化するのでしょうか。これまでは電力会社は主に電気を、ガス会社は主にガスを提供するというシンプルな縦割の事業構造でしたが、自由化に伴い相互参入や異業種参入が進むことでエネルギー産業のボーダーレス化が進むと予想されます(図−6)。一つの事業者が電気とガス、また電気とガソリンといった数種類を組み合わせた最適なエネルギーソリューションを提供するといったことも可能となり、業界の枠を越えた再編が進むことで総合エネルギー市場が形成されると考えられます(図−7)。



#エネルギー市場改革がもたらす新ビジネス

 自由化がもたらす影響は、総合エネルギー市場の創出だけにとどまりません。自由化やインフラ部門の分離によって生み出される分散型のエネルギー需給システム、例えば、スマートグリッド、スマートコミュニティ、スマートハウスといった分野で、エネルギー需給の最適化を実現するため様々な技術やアイデアが多様な新ビジネスを生み出します(図−8)。







新たな市場で競合東京電力とどう戦うか

#自由化が東京ガスにもたらす脅威と機会

 電力、都市ガスの全面自由化によってさまざまな業種から市場参入が相次ぎ、特に巨大市場である首都圏、つまり東京電力、東京ガス圏内は各社の草刈り場になるでしょう。では、長年地域独占によって経営が安定していた東京ガス(図−9)にとって、この自由化はどのように作用するのでしょうか。

 昨年、東京ガスの年間売上は2兆円を超え、約1500億円の利益をあげています。その7割を占めるのが、メインの都市ガス事業です。近年は、[図−10/東京ガスの事業セグメント別売上高]をご覧いただくとわかるように、電力など、都市ガス以外のエネルギー事業も伸びています。ガスの自由化によって、東京ガスの収益基盤である都市ガス事業は脅威にさらされますが、一方で、電力やその他のエネルギー事業を強化することで、新たな収益源を拡大するチャンスにも成り得るでしょう。



#東京電力は異業種との連携を強

 東京電力は、すでに日本瓦斯やTOKAIなど管内のLPガス事業者と組み、電気とガスのセット割引販売を打ち出しています。また、ソフトバンクグループなど通信事業者との業務提携も発表しており、電気と携帯電話、通信のサービス窓口を統合し、セット割引などの新サービスを全国で打ち出す方針です。ポイントサービスにおいては「Tポイント」「Ponta」などとの提携を予定しています(図-11)。毎月の電気、ガス、携帯電話の利用料金すべてにポイントが付与されると、年間で相当数のポイントが貯まることになり、消費者にとってこのサービスは大きな魅力といえるでしょう。このように、東京電力は業種の壁を越えた幅広い連携で競争激化に備えています。





#都市ガスがアプローチできるのは全世帯の半分

 東京ガスも電気とガスのセット販売を計画していますが、東京電力との真っ向勝負に打ち勝つには懸念点が二つあります。

 ひとつは、電力に比べて、東京ガスが提供する都市ガス事業がアプローチできる需要家数には限界があるということです。ガス事業は、一般ガス事業者(都市ガス)、簡易ガス事業者、LPガス事業者の三つに分類されます(図−12)。都市ガスは導管を通じて供給されるのに対して、LPガスはシリンダーを使用します。

 マーケットの規模でいうと、都市ガスは約2.4兆円、LPガスが約2.6兆円とほぼ同じで、全世帯に占める割合はそれぞれおよそ半数となっています。関東圏では、ほとんどの家庭が都市ガスを利用していると思われがちですが、実際には多くの世帯がLPガスを使用しています。

 図−13には都市ガスの供給に使用する高圧ガスパイプラインの敷設状況を示していますが、平野部の少ない日本では、導管を敷設できるエリアが限られています。都市ガスの供給エリアは、国土面積の6%にすぎず、その他の地域はLP ガスの配送網が全国くまなく整備されているのです。

 電力配電網が圧倒的に消費者を網羅しているのに対し、東京ガスが提供する都市ガスのカバー範囲はこういった状況というわけです。



#原料調達力にも懸念点

 もうひとつの懸念点は、LNGの調達力についてです。

 都市ガスの原料であるLNGは、ほとんどが海外からの輸入に頼っています。[図−14/電力・ガス各社のLNG調達シェア]をご覧ください。東京ガスのLNG調達シェアが14.6%なのに対し、東京電力は28.8%と約2倍と大手ガス3社の合計シェアをも上回っています。更に東京電力は2位の中部電力とLNGの共同調達で提携しており、調達シェアは45%に達しています。現状、電力会社が調達したLNGのほとんどが都市ガスではなく、火力発電のための燃料として使われていますが、東京電力が都市ガス事業に本格的に参入する場合、その購買力・価格交渉力を背景に東京ガスより安価な小売価格を打ち出す可能性も十分に考えられます。



東京ガス3本の戦略

#新しい市場・競争環境の中でいかに自社を再定義するか

 東京ガスも電力会社や通信会社などと異業種との連携を積極的に強化していますが、残念ながら現段階では東京電力の後塵を拝する計画になっています。

 自由化により市場環境及び競争環境が大きく変わり、これまで安定していた自社のポジションが脅威にさらされる状況において、市場構造、競合関係の変化を見極め、いかに自社の価値を再定義し成長戦略を描いていくかが東京ガスの大きな課題です。(図−15)。



#総合エネルギー企業への転換

 電力・都市ガスの全面自由化後、東京ガスは主力のガスと電気を組み合わせたセット販売で電力市場に参入し、首都圏における電力販売シェア1割達成を目指しています。

 図−16に示すように、東京ガスは電力会社や石油元売業者との提携により首都圏における発電所の増強を図っています。今秋にも家庭向けの電力販売料金やサービスメニューを発表し、予約販売を始める方針で、首都圏に抱える1100万のガスの顧客を囲い込む方針です。

 また、主力のガス事業では国内に大規模なガス導管を保有する国際石油開発帝石(INPEX)や石油資源開発(JAPEX)などとの提携により都市ガス供給エリアの拡大やLNG権益の確保などを図っていくことも良いと思います。こういった総合エネルギー企業としての転換・強化が戦略の一つです。



#生活全般をサポートするサービスの展開

 二つ目の戦略は、生活関連サービスとの連携強化です。全面自由化後は、電気やガスも携帯電話のように各社のメニューや料金プランを比較して、供給会社を選択できるようになります。提供される商品、つまりガスや電気のクオリティが各社変わらないとなった場合、メニューや価格、付随するサービスが決め手になります。

 競合との差別化を図るのに有効なのが、電気とガスに加え、携帯電話、インターネット、通販など、生活関連サービス全般との連携です。光熱費、公共料金、通信費などをまとめて支払える、割引の特典やポイントの付与が受けられるといったことは、消費者にとっても大きな魅力です。



#エネルギー業界の新ビジネスへの展開

 三つ目の戦略は、新ビジネスへの展開です。市場改革により、エネルギー業界には、スマートグリッド(次世代送電網) やスマートハウス 、HEMS といった新しいビジネスが立ち上がっています。需要家に対し、効率的なエネルギーソリューションを提供できることは、競争を勝ち抜いていく上で非常に重要な差別化のポイントとなります。従ってシステムベンダー、住宅メーカー、家電メーカーなどとの連携により、省エネソリューションカンパニーとして新ビジネス分野の強化を図ることが有効です。

 例えば、走行距離や年齢などに合わせて最適なプランを提示してくれる自動車保険のように、過去の顧客データや家族構成などから各家庭に合った最適なエネルギー利用プランを打ち出します。このような省エネソリューションは消費者にとって大きな魅力になります。ただし、HEMSの導入を条件として提示します。電力とガス、通信のセット販売だけでなく、スマートハウスの導入や省エネソリューションをプラスすることで、他社と差別化を図ることができ、顧客の獲得につながります。

 地域独占で経営を続けてきた東京ガスはこれまでマーケティングを行ってきませんでしたが、長年蓄積した顧客データを活用すれば、このような個人向けのソリューションも十分に展開できるはずです。

 〈総合エネルギー企業への転換〉〈生活関連サービスとの連携〉〈新ビジネス分野への展開〉。これが電力自由化の荒波を乗り切り、収益を拡大させるために東京ガスが取り組むべき戦略だと私は考えます。





まとめ

【東京ガスの戦略案】

1.資源開発業者や大手電力・石油元売事業者などと提携し、総合的なエネルギープロバイダーへの転換を図る。

2.携帯電話やインターネット、通販など、身近な生活関連サービスとの連携を強化する。

3.スマートグリッド・スマートハウスといった新ビジネスと連携した省エネソリューションを展開する。

(RTOCS® 2015/5/31放送より編集・収録)

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※9月30日まで¥1,080

※RTOCS書籍バックナンバー

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※本書収録の情報について

■本書はBBT大学総合研究所が学術研究及びクラスディスカッションを目的に作成しているものであり、当該企業のいかなる経営判断に対しても一切関与しておりません。■当該企業に関する情報は一般公開情報、報道等に基づいており、非公開情報・内部情報等は一切使用しておりません。■図表及び本文中に記載されているデータはBBT大学総合研究所が信頼できると判断した各種情報源から入手したものですが、当総研がその正確性・完全性を保証するものではありません。■BBT大学総合研究所として本書の情報を利用されたことにより生じるいかなる損害についても責任を負うものではありません。



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