劇場版『機動戦士ガンダム』Last Shootingの輝くまで 第3回

第3回 「劇場用新作カット」高クオリティの秘密

 劇場版『ガンダム』の公開当時、ファンがもっとも期待していたのは、もちろん「劇場用新作カット」であった。はたしてどんな新しい映像が見られるのか、雑誌などで断片的に掲載される写真を見ては、想像をたくましくする楽しみがあった。

 本放送当時、家庭用ビデオはようやく普及率が激増し始めたころだ。まだごく限られた家にしか、20万円もするビデオデッキは導入されていなかった。しかも録画テープは1本(120分)4千円もしたのである。28年前の貨幣価値だから現在の数倍に相当するが、そうは言っても努力次第で全話録画視聴は可能であった。映像を保存して何度も観られる時代の幕開けだったのだ。

 「テレビ録画」は「ガンダムファン」を増やすのにも役だった。「布教」と称して友人たちを誘って見せたり、学校の部室に集まって鑑賞したり。そんな時代背景も反映したため、「劇場用新作」のありがたみは格別に大きく感じられた。

 第1作目に関しては、「劇場用新作」と言っても手法が混在している。テレビシリーズに引き続いて劇場版の制作にはいったため、スタジオに一部のセル素材がまだ現存していた。それを手直しして流用した部分は、テレビ版第9話に相当する「ガンダムがジャンプしてドップと戦うシーン」などがある。ガンダムの手持ち武器だけを描き変えることで、前後につないだカットと整合をとるため修正を加えたのだ。

 一方で「完全新作カット」も多数起こされている。アニメーション・ディレクター安彦良和が中心になって作画が行われたが、手法としては「第1原画システム」が採用され、劇場版にふさわしいクオリティが確保され、魅力の核となっている。

 通常のアニメーション制作では、原画マンが「レイアウト」と呼ばれる画面の設計図を描く。「背景原図」と動きのキーポイントを「ラフ原画」として描いた絵を組み合わせたものだ。演出チェック後に「原画」が描かれ、これに作画監督が「修正原画」を乗せてキャラクターのニュアンスなどを補正した後に、動画マンへ回る。動画マンは原画と修正原画を合成して清書し、原画と原画の中間ポーズを描き(「中割り」と呼ばれる)、「セル」にトレース可能なきれいな線で「動画」を描いていく。

 作画監督は効率上「部分修」という手順で作画上の統一をはかることが多い。そうすると原画マンの個性がそのまま残ることが多いが、時に「全修」という「まるごと描き直し」も発生する。そうなると原画マンの絵が残らなくなってしまう。

 これに対して「第1原画」は、クオリティの根幹をすべて初期段階で確保する発想だ。本来は東映動画(現:東映アニメーション)や虫プロダクションの黎明期で採択されていたシステムである。原画マンの負担を減らして枚数を稼ぐため、動き中心として細部はラフに「原画」を描き、これを「第2原画」が清書して通常の「原画」相当にしてから動画に回す。

 劇場版『ガンダム』では安彦良和が完全新作カットに関し、すべての「レイアウト」と「第1原画」を描くことで、それをさらに進化させている。つまり新作に関しては、レイアウトと演技の基本プランで映像空間が確保され、キャラクターの統一に関しても「第1原画」段階で統一されている。基本的に安彦良和は「修正」を入れることはないが、中には「第2原画」にも修正を入れたカットがあるので、クオリティは2段階にわたって引き締められることになる。劇場の大画面に耐える絵的な見ごたえは、こうした作業の入念さによるものだった。

 実は、このシステムはテレビシリーズ時点で、先行してすでに採用されていた。第1話、第19話、第26話などごく限定された回ではあるが、「作画監督:安彦良和」とクレジットされてはいても、他の回のように「修正原画」ではなく全カット「第1原画」を描いたエピソードが存在する(第34話は一部)。それに劇場版完全新作が加わることで、作画的なクオリティの「重み」、つまり質・量ともに非常に高い画面情報が得られることとなった。

 この手法は、後の安彦良和監督作品の映画『クラッシャージョウ』、テレビシリーズ『巨神ゴーグ』(一部)でも採用され、キャラクターの細やかな演技や表情で目を楽しませてくれることになる。

 近年、「レイアウト」「第1原画」「第2原画」というシステムで制作されるアニメ作品が増えている。分担システムとして有用性があると認められているようだが、ガンダム制作当時とは工程定義や役割は違うようである。安彦良和は、まず動きから発想するため、空間を先に考える「レイアウト先行」という方法に違和感を唱えている。

 劇場映画ではテレビに比べて若干、制作時間に余裕があるため、このようなクオリティを高める措置も可能であった。そして特に第3作目「めぐりあい宇宙編」では、テレビシリーズで安彦良和が途中病気降板をしたため、安彦作画による「劇場用新作」が増加するとともに非常に高濃度になり、「映画化されて良かった」というファンの満足感につながっていった。

 こうした「映画ならでは」という絵的なお楽しみ部分も多い。ぜひともそうしたカットにも注目しつつ、改めて劇場版『ガンダム』を楽しんでみてほしい。(文中:一部敬称略)

【2007年7月13日脱稿・2017年6月11日加筆】初出:劇場版『機動戦士ガンダム』公式サイト(サンライズ)