「残業するな、長時間労働は禁止だと言うが、ちょっと待ってくれ!」 その2

前回、近年の残業・長時間労働規制に対して「おいおい、ちょっと待ってくれ」と言いたい理由の1つ目を示した。それは、これから日本経済が生産性を向上させて健全に発展していくためには、教育へのコミットメントが不足していることと、規制緩和が必要であり残業や長時間労働への規制は筋違いであるという見方である。

今回挙げる2つ目の理由は、日本の労働力の減少とGDPの技術係数が停滞している問題である。

現在、(名目)GDPで世界第3位の日本であるが、その成長はバブル崩壊後の90年代に入ってからほぼ横ばいで、2015年のGDPは1990年と比較してもわずか1.1倍。つまり25年間ほとんど成長していないのである。

一方の欧米諸国はというと、同じ期間の比較で、アメリカは3.0倍、ドイツは2.3倍、イギリスは2.8倍、フランスは2.1倍、イタリアは2.3倍、カナダは2.9倍と順調に成長している。日本は主要7カ国中、唯一経済成長をしていない国なのである。

ではなぜ日本だけが経済発展できないのか。

国の経済力を示す指標であるGDP(Gross Domestic Product:国内総生産)は、国内の生産活動による付加価値の総額であるが、このGDPを決定するファクターは「労働」「資本」「技術」の3つである。これらのファクターについて一つ一つ見てみよう。

1つ目のファクターである「労働」は、文字通り労働力の投入量、つまり労働に携わった人の数と1人あたりの労働時間によって決まる。

労働に携わることのできるとされる15歳~64歳の人口は1995年の8,717万人をピークに減少の一途を辿っており、2010年には8,128万人まで減少した。2050年には5,000万人を切ることが予想されており、今後、急速に進んでいくであろう少子高齢化・労働人口の減少のトレンドは“既に起こった未来”である。

政府もこれを見越して非正規雇用の拡大等の対策を打ち出し、結果として2010年~2015年の5年間で約80万人の労働人口増加に繋げたものの、母体数(現在就労していない人の数)にも限界があるため現実的には全体としての減少トレンドは覆らない。

また1人あたり労働時間についても、1990年に年間2,031時間であったのに対して、2013年には年間1,735時間にまで減少している。「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」における目標数値が年間1,800時間と定められていることを鑑みても、もう十分に低下していると評価できよう。少なくとも働きすぎと言われる状況ではない。

このように、労働人口が減少し、更に1人あたり労働時間も横ばい~減少傾向ということは、GDPを創出するための「労働」ファクターは今後も引き続き減少トレンドを辿るということが推察される。

2つ目のファクターである「資本」とは、資本ストックの総量、すなわち経済活動に投入されるお金の総量であり、この金額は国内で積み上げられる貯蓄額に等しい。

日本の家計貯蓄増加量は70年代半ばをピークとして減少傾向が続いており、2002年度から現在まではおおむね年間0~8兆円の間で停滞している。2013年度には消費増税前の駆け込み需要の影響もあって▲3.6兆円とマイナスまで落ち込んだ。

現在はかろうじてプラスに持ち直しているものの、民間平均給与の低下や高齢者(年金生活者)の増加によって、生活費が可処分所得を上回り貯蓄を切り崩して生活していく家庭が増えており、この傾向は今後も続くであろう。つまり、GDPを生む2番目のファクターである「資本」も、今後のトレンドは横ばい~減少である。

そして3つ目のファクターである「技術」とは、TFP(Total Factor Productivity:全要素生産性)、つまり、投入した資本力と労働力に対してどれだけ付加価値を乗せてアウトプットを産出できるかといったレバレッジ力である。ただしTFPは明確なデータを取ることが難しいため、指標としては、近似値である労働生産性が用いられることが多い。

労働生産性の推移としては、1990年頃までは順調に成長していたものの、その後は頭打ちで、以後25年間は横ばいである。前回説明したので詳細は割愛するが、日本は他の先進諸国と比較して国家としての教育投資が少なく、また学生自身の勉強へのモチベーションも低い。その結果、高付加価値の仕事を行うための知識習得やスキル形成が進まないため、労働生産性が上がらないと考えられる。

また、規制緩和がなかなか進まず、健全な競争力が働かない業界が多々存在することも、労働生産性の向上を妨げている。つまり、第3のファクターである「技術」も停滞が続いているのである。

こうしてみると、「労働」も「資本」も「技術」も、現時点ではGDPがプラスに転換するような要素は一つも無い。このような状況下で労働者1人あたりの労働時間まで減らしてしまえば、ワークシェアリングを通じて多少失業者を減らすことは出来るかもしれないが、全体としての労働力は増加しない。(しかも日本の完全失業率は3.4%(2015年)と史上最低水準であり、ほぼ事実上の完全雇用状態に近い。)

ただでさえ人口減少、労働力減少のトレンドに直面し、経済を成長させるエンジンである「労働」の馬力が落ちて来ているのに、更に規制によって回転数を下げるような策は、経済にとって決してプラスには働かないと予想されるのだ。

では日本の経済を活性化させ、国民が豊かな生活を享受できるようにするためには、具体的には「一体何をどうすれば良いのか?」について、次回説明していく。