◆今回のリアルタイムケース◆
QUESTION:
あなたがVAIOの社長ならば
東芝、富士通との事業統合構想が白紙となった今
どのような戦略を描くべきか?
~今回のケースは、完全にピークアウトしたパソコン市場において、ソニーブランドが外れたVAIOが、海外勢および国内ライバルメーカーとの厳しい競争をどのように勝ち抜き、成長していくのか、その戦略について考えます。~
# パソコンの時代は終わったのか?
# ソニーではなくなったVAIOに見出すべき価値は?
#企業情報
読み進める前に…
以下からはBBT大学学長・大前研一による「課題と戦略」案が続きます。経営に正解はありません。読み進める前に、あなたが経営者であったならどうするか、一度考えてみてください。
※本解説は2016/2/21 BBT放送のRTOCS®を基に編集・収録しています。
BBT-Analyze:大前研一はこう考える
〜もしも私がVAIOの社長だったら〜
●大前の考える今回のケースにおける課題とは
1996年、ソニーがVAIOブランドでパソコン市場に参入して以来、VAIOはその高いデザイン性とブランド力により高価格帯セグメントで一定のシェアを確保してきた。しかし、パソコン市場の悪化を背景にソニーがパソコン事業の売却を決定、大幅なリストラを断行したのち、2014年7月にVAIO株式会社として再スタートした。低価格競争と需要減少にさらされる中、ブランド力を活かした戦略の再構築が課題となっている。
◆世界的に失速するパソコン市場
#ノートパソコン「VAIO」の再出発
かつてソニーから販売されていたパソコンブランドのVAIOは、その高いデザイン性で人気を集め一時代を築きました。しかし、パソコン市場は、コモディティ化による低価格競争とスマートフォン(以下スマホ)などの代替機普及による販売減少を背景に、国内メーカーは撤退・再編を余儀なくされています。2007年には日立製作所、2010年にはシャープがパソコン事業から撤退、2011年にはNECが中国Lenovoとの合弁体制に移行しました。このような流れの中、2014年7月、ソニーのパソコン事業もPEファンドの日本産業パートナーズ(以下JIP)に売却され、VAIO株式会社として分離独立しました。
出資比率はJIPが全額出資するVJホールディングスが92.6%、ソニーが4.9%、経営陣が2.5%となっています。長野県安曇野市に本社と工場を置き、ソニー時代に1,000人以上いた従業員を約4分の1に縮小し、240人での再スタートとなりました。ソニーとは販売業務を委託するという形で関係が維持されています。
2015年12月には、不正会計問題で経営再建を余儀なくされた東芝 、および富士通とのパソコン事業統合構想が持ち上がりました。VAIOを存続会社とし、3社のブランドを維持しつつ、海外生産から撤退し国内工場に集約化するという構想で、単純合算すると国内シェア3割超のトップに立ち、規模の経済性によりコスト競争力を強化していく構想でした。
私たちがVAIOのケーススタディに取り組んだのは2016年2月でしたので、まさにこの統合構想が交渉されている最中でしたが、私は以下の3つの理由により絶対にこの統合構想を受け入れてはならないと判断しました。1つ目の理由は、資産と人員を大幅に削減し贅肉を落とし切ったVAIOに再び余計な贅肉をつけては再建が成り立たないということ。2つ目は、3ブランドを維持するために経営資源を分散させる余裕はないということ。3つ目は、そもそも統合構想に何のシナジーも見出せないということです。これは誰の目から見ても明らかだったと思います。その後、2016年4月、この構想は白紙撤回されることとなりましたが、VAIO経営陣としては当然の判断であったと思います(図-1)。
#パソコンはピークアウト、世界の出荷台数は減少トレンドに
3社統合構想が白紙となった今、VAIOは新たにどのような成長戦略を描いてゆけばよいのか。それを考えるにあたり、まずは現状の市場動向を見ていきましょう。
世界のパソコン出荷台数は2011年に3億6,500万台でピークを迎えています。その後は減少する一方で、2015年には2億8,900万台まで落ち込みました。減少の直接的な原因はスマホの急激な普及です。パソコン、スマホ、タブレットなどの主な情報通信機器の世界出荷台数を見ると、スマホがここ数年で急増しており、2015年の出荷台数はパソコンの2億8,900万台に対し、スマホはおよそ5倍の14億3,000万台です。さらにタブレットも約2億台出荷されており、パソコンの需要を奪っています(図-2)。
#国内ではパソコンおよびスマホが失速
続いて日本の動向です。
国内では、世界的に出荷台数のピークを迎えた2011年前後に1,500万台前後を推移していましたが、2015年には1,017万台まで激減しました。単年度での急減の理由としては、円安によるパソコン本体の値上げ、店頭における光回線とのセット割引の大幅減少、Windows10の無償提供による買い替え需要の減少などが挙げられます。スマホ、タブレットを含めた出荷台数の動向を見ると、ここ数年のスマホの出荷台数はパソコンの約2倍で推移、タブレットは2015年にパソコンと並びました。世界の動向と照らして見る限り、今後、国内のパソコン需要が伸びることは考えにくいでしょう(図-3)。
このように国内外でパソコン需要が減少する現状において、VAIOの出荷台数シェアは国内で1.8%、世界ではわずか0.04%に過ぎず、たいへん厳しい状況です(図-4)。
◆ユーザー満足度に見るメーカーの強み・弱み
#パナソニックがノートパソコン満足度の上位をキープ
数あるノートパソコンのなかで、VAIOはユーザーにとってどのような魅力があるのでしょうか。
[図-5/国内ノートパソコン総合満足度ランキング]をご覧ください。1位がパナソニック(Let’s note)、2位がソニー(VAIO)、3位が東芝(dynabook)という結果です。東芝とともに統合構想を進めていた富士通(FMV)は6位で、5位の台湾メーカー・ASUS に僅差ながら負ける結果となりました。
続いて[図-6/国内メーカーのノートパソコン総合満足度ランキング推移]を見ると、パナソニックが満足度トップを数年間にわたりキープしているのがわかります。
#パナソニックの強さは優れたモバイル性能
パナソニック(Let’s note)の満足度の高さは、圧倒的なモバイル性能の高さにあります。
[図-7/国内ノートパソコンのモバイル性能満足度]をご覧ください。サイズ・重量、バッテリー駆動時間ともにパナソニックが2位に大差をつけて圧勝しています。ソニーが2位にランクインしていますが、モバイル性能ではパナソニックのほぼ独り勝ちの状況です。
余談ではありますが、東海道新幹線の車両にまだ電源コンセントが整備されていなかった当時、東京~新大阪間の移動時間にバッテリーのみで使用できたノートパソコンはLet’s noteだけでした。出張先や電源のない場所で使う場合、バッテリー寿命や重量といったモバイル性能の良し悪しは非常に重要なスペックです。モバイル性能の高さによりビジネスニーズにおける信頼を得たことが、満足度の高さに直結しています。
#コストパフォーマンス満足度は海外勢の圧勝
続いてコストパフォーマンスはどうでしょうか。
[図-8/国内ノートパソコンのコストパフォーマンス満足度]を見ると明らかで、海外メーカーの満足度の高さが目立ちます。1位はASUS、2位はAcer でともに台湾メーカー、3位は中国Lenovo、4位のヒューレット・パッカード(以下HP)と5位のDellはともに米国メーカーです。国内メーカーはコストパフォーマンスに弱く、ソニーは8位、総合満足度トップのパナソニックは最下位です。
#デザイン性で支持を得るも、次期購入意向は低評価
では、VAIOユーザーはどのような点に魅力を感じているのでしょうか。
[図-9/国内ノートパソコンデザイン満足度]で明らかなとおり、VAIOはデザイン性の満足度で2位以下に大差をつけてトップとなっています。これは別の見方をすると、外出先でパソコンを使用する際に周囲の視線を意識するようなユーザーが、デザイン性の高いVAIOを選択する傾向があることを意味しています。
ところが、[図-10/次に購入したいパソコンメーカー]となると、VAIOの購入意向は4.3%の7位に留まっています。現にVAIOの2015年の国内出荷台数シェアが1.8%であり、また、独立前の2013年時点でさえ4.7%(IDC Japan調査)であることを考えれば、デザイン性の高さにコストをかけても良いというユーザーは少数派であり、VAIOはそのようなニッチ層を顧客ターゲットにしてきたということです。
◆VAIOが生き残りを懸けて進むべき道は?
#かつてのVAIOターゲットはタブレットへ移行
ここまで見てきたように、ソニー時代よりVAIOはデザイン性で差別化を図りつつ、Windows機において個人向けの高価格帯セグメントを担ってきました(図-11)。しかし、このセグメントはAppleと競合するポジションにあり、デザイン性やオリジナリティで勝負するには厳しいポジションと言えます。
それでは、Appleとの競争を避けてボリュームゾーンである個人・法人の低価格帯セグメントへ向かうことができるかといえば、非常に厳しいでしょう。240人の従業員で、長野県の工場で製造されているVAIOが、ASUSやHPやDellなどの対抗馬になるのはとうてい無理です(図-12)。
では、法人向けの高価格帯を狙えるかといえば、モバイル性能や堅牢性ですでに支持を固めているパナソニックの牙城を崩すのも至難の業です(図-13)。そもそもVAIOの付加価値はデザイン性にあり、法人がデザイン性を重視して購入することはほぼ望めません。
#量産・低価格帯は問題外、他のセグメントで戦略を
VAIOの現状を整理します。自社の状況としては、ソニーブランド離脱で販売が低迷しつつも、デザイン性を強みに個人向け高価格帯で一定のブランド力を確保しています。市場の状況としては、スマホやタブレットがパソコン需要を侵食し、市場は国内外で急速に縮小しています。競合の状況としては、個人向け高価格帯でAppleと競合、低価格帯では中国・台湾・米国メーカーに量産性で太刀打ちできず、法人向け高価格帯ではパナソニックが非常に強く、VAIOのデザイン性は強みとはなりません。
したがって、従来の個人向け高価格帯セグメントで商品力とブランド力を強化していくのが、VAIOの唯一の道と言えるでしょう(図-14)。
#Macの「Office問題」から導くApple提携案
以上のことから、「VAIOをAppleに買収してもらう」というのが私の結論です。
実は私自身はMacを使いません。Microsoft Officeとの互換性の問題が大きな理由です。MacにMicrosoft Officeを搭載することは可能ですが、以前よりも改善されたとはいえ、レイアウトのズレや文字化け、ファイル開封の不具合などの事態を考えると、出張や旅行先で原稿の締め切りを抱える私にとっては、Windowsのほうが信用できるからです。裏を返せばそれは、Windowsが廃れない理由でもあります。この「Office問題」を考えると、結局のところOffice suite製品はMicrosoftの独壇場なのです。
#Appleとのシナジーを狙うのが最善の道
ではなぜ、Appleによる買収が有効な施策となるのか。
AppleはこれまでOS X にこだわってきましたが、遠くない未来、Windows OSとの互換性の高い製品を出さざるを得なくなると考えられます。そこでVAIOがAppleのサブブランドとしてWindows機を担当することを考えてはいかがでしょうか。
AppleもVAIOも個人向けハイエンド同士ですから、そのセグメントに対して「Windows側からOS Xを使えるように、OS X側からもWindowsを使えるように」と手を組んで開発していくのです。約60兆円の時価総額を持つAppleにとってみれば、VAIOの買収は“朝飯前のさらに前”という程度の金額です。
もちろん、このような買収をAppleが“Yes”と答える可能性は5%もないと思います。ただ、もしAppleが本気でMicrosoft Office、つまり法人向け市場に参入していこうと考えているのなら、現在のAppleでは無理でしょう。その場合のテコ入れとしてVAIOを買収するというのは、可能性としてゼロではないはずです。
ですから私がVAIOの社長なら、ほんの5%未満でも可能性があれば交渉に挑戦します。
今となってはWindows機のパソコンは機能での差別化が難しく、コストパフォーマンス重視の方向に流れています。低価格帯向けの方向性が閉ざされているVAIOとしては、Appleとのシナジーを狙って、提携もしくは傘下入りを目指すのが、生き残るための最善の道ではないかと思います(図-15)。
まとめ/VAIOの戦略案
戦略案
Appleとの提携もしくは傘下入りを交渉、AppleのサブブランドとしてOS Xと互換性の高いWindows機を提供、個人向け高価格帯を強化。将来的にAppleの法人向け市場参入を担う。
(RTOCS®2016/2/21放送より編集・収録)
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大前研一のケーススタディ Vol.20
もしも、あなたが「VAIOの社長」「エナリスの社長」ならばどうするか?
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<本ケースの引用元URL>
■VAIO株式会社
http://vaio.com/
■VAIO株式会社(企業情報)
http://vaio.com/corporate/
■日本産業パートナーズ株式会社
http://www.jipinc.com/
■日本産業パートナーズ株式会社(会社概要)
http://www.jipinc.com/profile/outline.html
■日本産業パートナーズ株式会社(プレスリリース パソコン事業の譲渡)
http://www.jipinc.com/release/PressRelease140502.pdf
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■IDC Japan Press Release
http://www.idcjapan.co.jp/Press/
■IDC Japan Press Release(2016/2/18)
http://www.idcjapan.co.jp/Press/Current/20160218Apr.html
■株式会社MM総研『ニュースリリース』2016/2/18
http://www.m2ri.jp/newsreleases/main.php?id=010120160218500