大前研一と考える "人が減り続ける日本の「教育・塾」業界"~あなたが「ナガセの社長」ならばどうするか?~

QUESTION:

あなたがナガセの社長ならば

少子化が進むなか、教育産業をどのようにデザインしいかに成長させ続けていくか?



~ 今回のケースは、「東進ハイスクール」をはじめとした塾・予備校事業を展開する「ナガセ」の戦略についてです。~



# 塾・予備校市場の状況、競合各社の戦略はどのようになっているでしょうか?

# 少子化が進むなか、教育事業を成長させ続けるためにはどのような戦略が必要になるでしょうか?



#企業情報

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次ページからはBBT大学学長・大前研一による「課題と戦略」案が続きます。経営に正解はありません。ページをめくる前に、あなたが経営者であったならどうするか、一度考えてみてください。

※本解説は2016/3/27 BBT放送のRTOCS®を基に編集・収録しています。



BBT-Analyze:大前研一はこう考える

      〜もしも私がナガセの社長だったら〜

●大前の考える今回のケースにおける課題とは

 予備校・学習塾を経営するナガセは、高校生を対象とした東進ハイスクールや東進衛星予備校を展開し、予備校における映像授業市場で7割超のシェアを占めている。2006年に中学受験を主とした四谷大塚、2008年にイトマンスイミングスクール、2014年に早稲田塾を買収し、既存事業の強化や多角化を進め、業績は右肩上がりで推移している。しかし少子化により小・中・高の在学者数の減少が続きくなか、業界大手による再編が活発化している。今後、自社の強みを生かして教育産業をどのようにデザインし、成長させ続けていくかが課題となる。



◇大学受験予備校の大手、小中学生・社会人教育により多角化

#売上の約6割が大学受験の予備校、映像授業の自立学習型で全国展開

 ナガセは多くのカリスマ講師を抱える大学受験予備校・東進ハイスクールなどを運営する教育サービス企業です。東進ハイスクールは高校生が対象で1985年に創設、その後、1992年に衛星授業「サテライブ」を配信する東進衛星予備校を開設して全国にフランチャイズ展開をスタートしました。さらに2006年には中学受験の有名塾・四谷大塚、2008年にはイトマンスイミングスクールを買収してグループ会社化するなど、既存事業の強化と多角化を図っています。

 売上高は457億円超と業界トップクラスで、その内訳は[図-1/ナガセの事業別売上高構成]のとおりです。主力事業は大学受験予備校・塾の高校生部門で、東進ハイスクール、東進衛星予備校、早稲田塾を合わせて売上高の62.9%を占めています。四谷大塚を中心とした中学・高校受験の塾は合わせて売上高の16.4%、スイミングスクールは15.4%、その他に、社会人向けのビジネススクールや出版事業などが5.3%となっています。

 ナガセの主力事業である東進ハイスクールおよび東進衛星予備校の特徴は、「映像授業の自立学習型」というスタイルを採っている点です(図-2)。著名講師の講義を映像化し、生徒は学習レベルに応じた講義映像を個別の学習スペースで視聴します。進学相談などはサポートスタッフが対応するというシステムです。従来の予備校では主に浪人生を対象に大教室で集団指導を行うというスタイルが一般的でしたが、少子化に加え、現役志向の高まりや経済的問題により、現在は浪人生が激減しており、昼間から大教室で授業を受ける生徒は少なくなっています。そのため、大学受験生の大半を占める現役生に向けて、個々の学力やニーズに合わせて講義を映像で受講する自立学習型が主流となりました。自宅でなく予備校に来ることである程度の規律が守られ、効率的に学習できるという効果があるようです。講義を行うのは大手予備校から引き抜いた著名講師で、ナガセは従来の大教室・集団指導型から映像授業・自立学習型に転換することで急成長してきました。現在ではフランチャイズ校もあり、全国で1,000校以上を展開しています。



◇いち早い映像授業化推進により市場ニーズに対応

#大手競合を抑え、映像授業市場で7割超のシェア

 少子化の影響で生徒数が減少し、大手予備校も苦戦する現在、多くの予備校が映像授業を強化していますが、そのなかで東進ハイスクール・衛星予備校は71.8%のシェアを占め、大きく他を引き離しています(図-3)。講座数は約1,200講座と大変充実しており、校舎数も直営94校、フランチャイズ984校と圧倒的な数を誇ります。大きく水をあけられて、河合塾マナビスが14.8%、代ゼミサテライン予備校が6.7%と続いています。

 河合塾マナビスは1校舎につき10人前後のアドバイザーを配置して手厚くサポートし、代ゼミサテライン予備校は約2,000の豊富な講座数で幅広い学習レベルをカバーするなど、大手予備校はそれぞれの特徴を押し出して競い合っています。浪人生の減少、現役志向の高まりという市場の変化に対し、いち早く映像授業・自立学習型へと転換を図った東進ハイスクール・衛星予備校が圧倒的なシェアを誇り、現時点では、最も成功したといえるでしょう。

 このようにナガセの経営は順調で、年々、売上高を伸ばしています(図-4)。2000年代に入ってからはほぼ右肩上がりに売上高が推移しており、2016年3月期は連結売上高が457億4,200万円に上りました。事業セグメント別に見ると、主力事業である高校生部門が堅調に伸びています。これは映像授業・自立学習型への早期転換と、カリスマ講師による積極的なプロモーションによる影響が大きいといえるでしょう。また、四谷大塚などの買収により小・中学生部門を強化し、さらにスイミングスクール買収による多角化も行い、売上高は堅調に推移しています。

 ナガセの業績推移を見てみましょう(図-5)。1996年から2004年頃は構造転換期で、集団指導から映像授業へと講義形式を変更し、ターゲットを浪人生から現役生へと転換した時期です。売上高、営業利益、純利益のいずれもこの時期は業績が悪化していますが、競合他社に先駆けていち早く映像授業化を推進し、ターゲットを現役生に移したことでめざましく躍進、現在もその状況は続いています。



◇大手による再編・系列化が進む教育サービス業界

#少子化トレンドのなか、単価の上昇により市場規模は変わらず

 少子高齢社会を迎えた日本では、年々、少子化が進行しています。1985年のピーク時には2,226万人いた小・中・高の在学生が、2015年は1,333万人と30年間で約900万人も減少しています(図-6)。

 在学生数が減少する一方で、学習塾・予備校の市場規模を見ると、1995年以降あまり大きな変化はありません(図-7)。その理由としては、塾へ通うことが一般的になり通塾率が高まったことと、また少子化により在学生数は減ったものの一人ひとりにかけるお金は上昇していること、つまり顧客単価が上がっていることがあげられます。その結果、市場規模はこの20年間変わらず9,000億円台を維持しています。

#大手の予備校・通信教育企業・出版社が買収を繰り返す

 [図-8/教育サービス業界の売上ランキング]は競合他社の順位をまとめています。1位は「進研ゼミ」「東京個別指導学院」などを抱えるベネッセで、他を大きく引き離して4,632億円の売上高となっています。以下、2位が「KUMON」の公文教育研究会で905億円、3位が「Z会」「栄光ゼミナール」の増進会出版社で611億円、4位が「河合塾」を展開する河合塾グループで485億円の売上高です。ナガセは5位にランクインしており、6位以下は150~200億円程度の企業が続いています。

 教育サービス業界では、現在、大手予備校による同業他社や小・中学生向け学習塾との提携や買収、さらに通信教育・出版大手による塾・予備校の買収など、活発な再編が進んでいます(図-9)。

 ナガセは早稲田塾や四谷大塚の買収以外にも、秀英予備校、早稲田アカデミー、成学社などに出資しており、さらなるM&Aを狙っています。代々木ゼミナールの母体である高宮学園はSAPIXの日本入試センターを買収、駿河台学園は浜学園と、河合塾は日能研とそれぞれ提携しています。

 通信教育・出版大手によるM&Aはさらに活発です。Z会を運営する増進会出版社は、学習塾大手の栄光ホールディングスを買収しています。学研ホールディングスは、自社で学研教室を運営するほか多くの学習塾を傘下に収め、さらに予備校中堅の市進ホールディングスの筆頭株主となっています。ベネッセホールディングスも同様に、学習塾大手の東京個別指導学院をはじめ多くの買収を行っています。この再編の流れは今後も続くと考えられます。



◇未参入分野での展開とサービス拡充であらゆる世代をカバーせよ

#課題は未参入領域の開拓

 ナガセの現状と課題をまとめてみましょう(図-10)。

 現在、高校生向け大学受験予備校の東進ハイスクール、東進衛星予備校などを展開し、映像授業型予備校の最大手としてフランチャイズで全国展開しています。さらに四谷大塚の買収などにより中学受験向けの学習塾を強化、スイミングスクールの買収により多角化も図っています。市場環境は、少子化が進み、小・中・高の在学生数の減少トレンドは続いていますが、通塾率の上昇や高付加価値化による単価の上昇などにより、市場規模はここ20年、横ばい状態となっています。

 現在、教育サービス業界で売上高第5位に位置していますが、大手予備校および通信教育大手、出版大手による再編が活発化しています。

 こうした現状を踏まえた今後の課題としては、大学受験後の大学生や社会人向け教育サービスへの参入、すでに競合他社で成功実例がある海外への展開、低学年向けの学習塾のさらなる拡充の3つの方向が考えられます。



#全世代をカバーする総合教育コンテンツプロバイダーを目指す

 これらの3つの方向性から、ナガセは今後、どのように展開すべきでしょうか。

 まず大学生・社会人向け教育サービスへの参入については、大学を買収して、学校法人化することも一案です。また、卒業生の就職をサポートしたり、すでに社会人として働いている場合は社会人教育や管理職教育を行うという道もあるでしょう。社会人・法人向け教育サービスを強化するに当たっては、この分野で映像授業型の大学を運営するビジネス・ブレークスルー大学との提携も視野に入ってくるかもしれません。

 このように、大学生や社会人まで対象を広げ、あらゆる世代をカバーする総合教育コンテンツプロバイダーを目指します。

 また、積極的に海外展開も進めていくべきでしょう。具体的には、海外赴任前や赴任中の日本人に向けて、教育コンテンツを提供します。インターネット配信による映像授業型とすることで、世界のどこからでも受講することが可能になります。

 さらに、小・中学生向け学習塾市場の強化を図ります。中学受験を得意とする四谷大塚を軸として映像学習コンテンツを提供し、フランチャイズによる全国展開を強化していきます。

 これら3つの方向性を実現するには、受講生および卒業生のネットワーク作りとアフターサポート体制の構築が重要になります。そのためには卒業生のデータベースを管理することが不可欠ですので、そうした業務に対応できる企業と提携・買収することも必要になってくるかもしれません。

 現在、ナガセがカバーするのは大学受験までですが、今後、社会人に対する生涯教育のニーズはますます高くなっていくと考えられますし、その市場は青天井といえるでしょう。就学前児童から、小・中・高、大学、そして社会人に至るまで、人生のあらゆる段階に応じて教育サービスを提供できる総合教育コンテンツプロバイダーとなることが、大きな差別化につながります。競合他社がまだ手をつけていない青天井のマーケットに参入するのは、今のタイミングではないでしょうか。



まとめ/ナガセの戦略案

戦略案1

大学の買収や学校法人化を視野に入れ、既存サービスと連携して大学生・社会人を含めたあらゆる世代をカバーする総合教育コンテンツプロバイダーを目指す。

戦略案2

海外赴任前や赴任中の日本人向けに映像授業型の教育コンテンツを提供し、積極的な海外展開を進める。

戦略案3

四谷大塚を軸に小・中学生にも映像学習コンテンツを提供し、フランチャイズによる全国展開の強化を図る。

(RTOCS® 2016/3/27放送より編集・収録)

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大前 研一(おおまえ けんいち)

ビジネス・ブレークスルー大学 学長

株式会社ビジネス・ブレークスルー 代表取締役社長

世界の大企業やアジア・太平洋における国家レベルのアドバイザーとして活躍のかたわら、グローバルな視点と大胆な発想で、活発な提言を行っている。

経営コンサルタントとしても各国で活躍しながら、日本の疲弊した政治システムの改革と真の生活者主権の国家実現のために、新しい提案・コンセプトを提供し続けている。経営や経済に関する多くの著書が世界各地で読まれている。

経済のボーダレス化に伴う企業の国際化の問題、都市の発展を中心として拡がっていく新しい地域国家の概念などについて、継続的に論文を発表している「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。1987年にはイタリア大統領よりピオマンズ賞を、1995年にはアメリカのノートルダム大学で名誉法学博士号を授与された。 英国エコノミスト誌は現代世界の思想的リーダーとしてアメリカにはピーター・ドラッカーやトム・ピータースが、アジアには大前研一がいるが、ヨーロッパ大陸にはそれに匹敵するグールー(思想的指導者)がいない、と書いた。同誌の1993年グールー特集では世界のグールー17人の一人に、また1994年の特集では5人の中の一人として選ばれている。2005年の《Thinkers50》でも、アジア人として唯一、トップに名を連ねている。2005年、『The Next Global Stage』がWharton School Publishingから出版される。本著は、発売当初から評判をよび、既に13カ国語に翻訳され、世界中でベストセラーとなっている。

1992年には政策市民集団「平成維新の会」、1994年には人材発掘・育成の場として「一新塾」、1996年には起業家養成のための学校「アタッカーズ・ビジネス・スクール」を開設し、人材育成に取り組んできた。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院公共政策学部教授、ビジネス・ブレークスルー大学大学院学長、ビジネス・ブレークスルー大学学長、オーストラリアのボンド大学の評議員(Trustee)兼教授、韓国の梨花大学国際大学院名誉教授、高麗大学名誉客員教授、ペンシルベニア大学ウォートンスクールSEIセンターのボードメンバーに就任するなど、教育にも深く携わっている。

●本書籍は以下より購入いただけます。

大前研一と考える"人が減り続ける日本の「葬送」業界「教育・塾」業界"

【大前研一のケーススタディVol.22】


●まとめ号

【大前研一のケーススタディ合本版1~30巻】 もしも、あなたが「最高責任者」ならばどうするか?特別号【60ケース収録】 

もしも、あなたが「最高責任者」ならばどうするか?Vol.7

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■各種プログラムの運営元

株式会社ビジネス・ブレークスルー

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<本ケースの引用元URL>

■株式会社ナガセ

 http://www.toshin.com/nagase/

 http://www.toshin.com/nagase/summary.php(会社概要)

 http://www.toshin.com/nagase/business.php(事業内容)

■文部科学省「学校基本調査」

 http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/1267995.htm

※本書収録の情報について

■本書はBBT大学総合研究所が学術研究及びクラスディスカッションを目的に作成しているものであり、当該企業のいかなる経営判断に対しても一切関与しておりません。■当該企業に関する情報は一般公開情報、報道等に基づいており、非公開情報・内部情報等は一切使用しておりません。■図表及び本文中に記載されているデータはBBT大学総合研究所が信頼できると判断した各種情報源から入手したものですが、当総研がその正確性・完全性を保証するものではありません。■BBT大学総合研究所として、本書の情報を利用されたことにより生じるいかなる損害についても責任を負うものではありません。