こんなテストでは国語力を測ることはできない。それが結論である。
わが国における学力の指標としてよく引き合いに出される、全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)。私は、その「質」について議論されている例を知らない。少なくともマスメディアでは、「結果を公表するかどうか」などという周辺のことばかりが問題になり、最も重要な「問題の質」には言及されてない。おかしな話だ。
今年も全国学力テストの時期が近づいている。そこで、2016年4月19日に行われたテストの内容を分析し、その「質」の低さの一端を明らかにしておきたい。
特に、「話す・聞く」力を“測ったつもり”の問題群が、今回の主な分析対象である。具体的には、小学Aの大問2、小学Bの大問1、中学Aの大問1・5・7である。
さらに、作問者の技術不足が露呈している設問として、小学Bの大問2(できる子ほど間違える設問)、及び中学Aの大問9(実はこれが最もひどいとも言える)を取り上げたい。
なお、この記事は2016年5月に配信した有料メルマガ号外(号外バックナンバーも有料)に手を加えたものである(下記のうち中学A・大問9の内容はまぐまぐニュースにて公開されています:この部分を除くと、有料文字数は約6,400字となります)。
目次:
【1】200万人超の子どもたちが被害者である
◆全国学力テスト 過去の分析ログ紹介
◆そもそも学習指導要領が間違っている!
【2】「話す・聞く」力を“測ったつもり”の問題群
◆国立教育政策研究所も認めている「難しさ」
■小学A・大問2
■小学B・大問1
■中学A・大問1
■中学A・大問5
■中学A・大問7
【3】作問者の技術不足が露呈している設問
◆できる子ほど間違える設問
■小学B・大問2
◆この設問が実は最も問題あり!
■中学A・大問9
◆国語力を正しく測れる問題とはどういうものなのか?
【1】200万人超の子どもたちが被害者である
◆全国学力テスト 過去の分析ログ紹介
まずは、下記リンク先などから実際の問題PDFを入手し、読者諸氏ご自身で解いてみていただきたい。国立教育政策研究所のリンク先からダウンロードしたものは、他者の著作権が発生している題材文等については全て削除されているため、共同通信からのダウンロードをおすすめする。
全国学力テスト問題および解説資料等:国立教育政策研究所|共同通信
必ず「解説資料」もダウンロードしていただきたい。出題の趣旨等が説明されている。
この全国学力テストは、小学6年生および中学3年生、合計200万人超の子どもたちが受けている。これは、センター試験のざっと4倍ほどの数だ。その責任は重大である。
なお、私によるこれまでの全国学力テスト分析は、下記にて無料公開している。あとでご一読いただければと思う。
2012年分析|2013年分析|2014年分析
内容が毎度ながら酷いため、2015年は意欲減退し、分析しなかった。が、今年は気を取り直し奮起して分析した次第である。その他、関連する批評記事は以下のとおり。
・全国学力テストは、結果公表の良し悪しを語る前に、その問題の良し悪しをこそ語るべき
・全国学力テスト──無駄な演出をなくし、問うべき能力の輪郭を明確にせよ!
・現在検討されている「達成度テスト(仮)」等について募集されていたパブリックコメントを送付しました(2014/05/07)
◆そもそも学習指導要領が間違っている!
全国学力テストについては兼ねてより、その結果公開の是非であるとか、入試への活用の是非であるとか、いわば「周辺の問題」ばかりが語られてきた。最近は、馳浩文科相(当時)が、全国学力テストの都道府県別成績を向上させるべく「対策授業」をしている学校(教委)があることを批判するコメントを出すなどしたそうだ(毎日新聞2016/4/21)。
しかし、私からすれば、こういった話はどれもバカげている。核心的な部分に、いっさい触れていないからだ。核心とはすなわち「問題の質」だ。先にも述べたように、質について語っている報道を私は知らない。世間は、学習指導要領にのっとって文科省(>国立教育政策研究所)が責任を持って作っているのだから問題ないとでも考えているのだろうか。つまり、お上が作った問題は完全だということなのだろうか。そんなはずはない。
私はそもそも、学習指導要領の国語科の中身そのものに疑問を持っている。今回の分析も、結局はそこに行き着く。それがどういうことか、簡単に説明しておきたい。
学習指導要領では、国語力を次のように分類している。
「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」(及び、「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項」)
私は、上記の3分類(話す・聞くを分けるなら4分類)は、全く間違っていると考えている。国語力とは、次のように分けるべきである。
「言いかえる力(同等関係※整理力)」※抽象・具体の関係
「くらべる力(対比関係整理力)」
「たどる力(因果関係整理力)」
これは、私が主張する「3つの力」である。
このことは、私が2009年から著書や雑誌等において何度も述べてきたことであり、今さら詳しくは書かない。あらためて詳しく知りたい方は、著書をひもといていただきたい。
先に「私が主張する」と書いたが、こうした考え方は、たとえば大学受験の現代文指導に当たっているような先生方ならば、みな多かれ少なかれ主張していることだ。実に「今さら」なのである。しかし、文科省は分かっていない。だから、言い続けなければならない。
何度でも書くが、読む力も、書く力も、話す力も、存在しないのだ。私たちは、読む力を使って読むのではない。書く力を使って書くのではない。話す力を使って話すのではない。
言いかえながら話し、くらべながら話し、たどりながら話す。
言いかえながら聞き、くらべながら聞き、たどりながら聞く。
言いかえながら書き、くらべながら書き、たどりながら書く。
言いかえながら読み、くらべながら読み、たどりながら読む。
これが正しいとらえ方だ。「正しい」というのは、「形がある」「有形だ」ということである。言いかえれば、「真似できる技術である」ということである。
野球力、バスケ力、サッカー力などというものはない。まして、スポーツ力などと言えば、それは全くの「無形」だ。あるのは、投げる力、跳ぶ力、走る力といった原初的能力だけである。投げながらバスケをし、跳びながらバスケをし、走りながらバスケをする。これが正しいとらえ方である。
投げる、跳ぶ、走る。そういった原初的能力でなければ、測定はできない。
しかし、学習指導要領にのっとって作られた全国学力テストは、原初的な言語技能を測る仕組みになっていない。
・この設問は、どんな力(技能)を問うているのか?
・この設問は、その技能を測ることができているのか?
一問一問を、そういう目でチェックしていただきたい。そうすれば、おのずと、全国学力テストの本質的な問題点に気づけるはずである。
【2】「話す・聞く」力を“測ったつもり”の問題群
◆国立教育政策研究所も認めている「難しさ」
さて、本題である。まず、明確なことを書こう。
「話す・聞く」力を、ペーパーで測るのは不可能である。
なぜ、こんな当たり前のことに気づかないのだろうか。
いや、実は気づいているのだ。
「解説資料」には、こう書かれている。
「A 話すこと・聞くこと」の領域については,児童*が実際に話したり聞いたりするような調査を行うことが難しいため,場面設定・状況設定などを工夫して,話す・聞く活動にできるだけ近い形式になるようにして出題する。(*中学では児童が生徒に替わるがあとは同じ)
これは、正直なところ「ごまかし」だ。国立教育政策研究所ないし文科省は、早くこの「ごまかし」を直視すべきだろう。かといって、実際に話す、実際に聞くという面接型のテストを実施する必要もない。
「話す・聞く」「読む」「書く」の全てを支えている「3つの力」を直接的に問えばよい。
それだけなのだ。
「3つの力」を測ることで、「話す・聞く」「読む」「書く」の全ての能力の有無を測ることができる。
「能力を測ることができていない」という、全国学力テスト最大の問題点を浮き彫りにするために最適な「話す・聞く」の設問を中心にして、ここから具体的に説明していく。先にPDFをリンクした実際の設問を確認しながら読み進めていただきたい。
■小学A・大問2
「話し合いの様子の一部」の要点はこうだ。
山本 1年生の希望と2年生の希望は共通点がある。
小野 1年生の希望と3・4年生の希望は共通点がある。
松原 3・4年生の希望と5・6年生の希望は共通点がある。