剛力彩芽さん批判とイソップ

アイドル女優が交際や結婚というのは昔から大きな騒ぎになりました。かつて山口百恵と三浦友和という、当時の世紀のカップルですらその事実は長い間秘匿され、公になるまでは何年もかかったものです。

1.交際への批判は女優に

今や文春砲やらネット、SNSによって、スキャンダルは瞬時に伝播します。そんな中、ゴリ推し女優という悪口にもかかわらず性格の良さが伝えられ、清楚な雰囲気とともに批判も徐々に収まっていた剛力彩芽さんに初スキャンダル勃発!

しかもお相手が億万長者の、流行りのIT社長とあって、これまで剛力さん擁護だった人たちも大いに動揺し、2人の交際への反発は、主に剛力さんに向かっています。

もしこれがイケメン若手俳優だったら、批判は起こったとしてももっとあっさり、それこそ剛力さんに興味のない圧倒的多数の世の中は、スルーで終わったのではないでしょうか。土屋太鳳さんやら桐谷美玲さんはファン以外それほど騒ぎにはなっていないようですし。

しかし今回全てのスキャンダルの根本は、お相手であるゾゾタウン前沢社長にあります。世界的な大富豪であるのはもちろんですが、当然のことながら芸能人ではなくあくまで一般人です。そしてその風貌が、ビジュアル的に女優のお相手としては、どーしても札束の影を感じない訳にはいかないという私のようなゲス人間にとって、やっかみ心を燃え上がらせずにはおかないのです。

2.いかがわしいカレシ列伝

その前沢社長はプライベートジェットでロシアのサッカーワールドカップ決勝観戦に行くなど、その成金いや、成功者ぶりはとどまるところを見せません。あの清純派だっため剛力ちゃんはどこ?と、一般人だけでなく、芸能界でゴリ推し批判にも擁護していた人たちまでザワザワし始めました。

自身のインスタを全削除すると言い出した剛力さん。批判を物ともせず突っ走る暴走ぶりに、より頑なになる風は、タイムリーな例でいえばオウム真理教に入信して家族に脱会を説得される子供のような雰囲気もあります。剛力さんがマインドコントロールされてるとは思いませんが、批判を敢えて公然と無視してカレシとのラブラブ行為を見せびらかす姿勢に、批判の声は収まる気配もありません。

オウムはあまりに例えが悪いとすれば、わりと清新なイメージだった(少なくともビッチイメージが売りではない)沢尻エリカさんが、やはりビジュアル的にはかなり納得いかない感が激しく高い、高城剛さんという恋人と交際し始めてから、「別に」発言で大批判を浴びたのとオーバーラップします。

カレシの高城剛さんも、そのどー見ても若手イケメンでないビジュアルと、ハイパーメディアクリエイターといううさん臭さ爆発な肩書きによって、炎上にさらなる燃料投下となりました。

かつて日本を代表する清純派アイドル・女優だった広末涼子さんも、何度か結婚や出産の後、3度目のお相手が、これまたうさん臭さ爆裂なビジュアル&正体(職業)不明のローソクアーチストの方と再々婚しました。

しかしこの時は反発はあったものの、もはや数度の結婚もしている広末さん自身が清純派ではなく、特別枠的な扱いとなり、批判もそこそこで収まったものの、その後の出産での露出減少と同時に結局広末さん自身の芸能界的存在もそこそことなって行きました。

3.アイドルとブオトコ

ここまで書いてきて、アイドル女優が批判される共通点が見えてきました。「若い女性が恋愛するのは自由」ということではないのです。清純派で商売してきた人が、「うさん臭さい」または「イケメンじゃない人」と付き合うことが批判と反発の理由です。天下のイケメンだったらどーしようもないからあきらめもつくけど、よりによってアレ?何だそりゃという心理が嫉妬の炎を燃え上がらせます。

(ここでビジュアルに優位性がないか、あるいは大金持ちと交際しても批判されないタイプの芸能人を例示しようかと思いましたが、怒られそうなので有料コーナーに隠します)

そこにプラスして相手が大富豪だと、いわれなきインチキ商売呼ばわりや成金批判がほぼもれなく付いてきて、さらなる燃料となります。誰がどう見てもゾゾタウンの創業社長はビジネスの大成功を実現した人物です。メルカリやゾゾタウンのような情弱ビジネスとか貧者から金をまきあげての成功批判は、「成功」という部分においてはお門違いです。

この先ビジネスがうまく行かなくなることは現在の経営環境では当然あり得ますが、それは他の既存ビジネスも全く同じ。伝統的財閥企業が1年で消滅してしまうのが今の環境です。仮にこの先つまづくことがあっても、ここまでの成功について、何ら評価が変わることはないでしょう。

4.すっぱいぶどうメンタル

イソップ童話の「すっぱいぶどう」では、木になるブドウを食べたいにもかかわらず、背が届かずあきらめたキツネが「あんなブドウはすっぱいに決まってる」と捨て台詞を残して去るというものです。負け惜しみを揶揄するかのようなトーンで語られますが、フロイトがいうように防衛機制という心理学的反応として理にかなっています。

「自分が悪い(劣る)から」ではなく、それを他人に責を求めることは負け惜しみかも知れませんが、メンタルを守る上で一定の効果があります。心理学的には認知不協和状態を解消するため行動変容が起こります。これによって受け入れがたいことがあっても前に進目るようになります。

逆に全部自分で抱え込んでしまうタイプの人がメンタルを病んでしまう恐れがあるのです。ずうずうしく剛力ちゃんを批判するのは、こうした理由から見れば間違っていないといえます。

どうですか、堂々とアイドル批判をして行こうじゃありませんか。

最後に一言。「めごっちー!帰ってきてくれー!」(号泣)

もーいーすか?有料遠吠えコーナー(一部アダルト表現がございますので20歳未満はご遠慮いただいた方が良いかも知れません、って、エロいことは全然書いてませんけどね)

5.実は意外に効果が出てしまっている剛力批判

人格者の私がそんな品のない映像作品を見たことなどありませんが(おやおや?なぜか急に鼻がのび始めた?ピノキオかっ)ウワサで聞いたことがあるのはAV男優さんの世界。

今でこそイケメンで女性ファンもつくほどの男優さんもいるとのことですが、かつては見るからに野暮ったいおっさんが演じていることが多々ありました、じゃなかった、あったそうです。清水大敬・・・・

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