熟成技術で絶品肉を作り出す肉おじさん!畜産農家を救う牛肉革命 「格之進」の門崎/読んで分かる「カンブリア宮殿」

感動“肉レストラン”~肉汁が爆発する未体験の味

東京都渋谷区、代々木公園の近くにある商店街に、客が言葉を失うほど美味いと評判の「格之進」がある。中をのぞいてみると順番待ちが出るほどの大盛況だ。

客の目の前に次々と現れたのはおいしそうな肉の塊。岩手から買い付けた黒毛和牛だ。

肉をスライスせず、塊のまま焼き上げていくのが「格之進」の流儀だとか。豪快に始まったのは、巨大な骨つきロースのあぶり焼き。大迫力の“肉劇場”に客の視線は釘付けだ。

30分近くかけ丁寧に焼き上げた肉は、表面はしっかり焼き目がついているのに、中は食欲をそそるピンク色。しかも分厚いにもかかわらず、「格之進」の肉は驚くほど柔らかい。値段は100g2000円~4500円。

驚くほど豊かな肉汁の秘密は「格之進」独自の焼き方にある。まず、肉に通る繊維の方向を見ながら、上下の部分をしっかり焼いていた。肉汁の出口を塞いだ状態で、周りを焼いていくと、肉はみるみる膨らんでくる。まさに肉汁が閉じ込められた状態。そこでいったんアルミホイルでくるみ、余熱で蒸らしながら肉汁を繊維に浸透させていく。こうして限界まで肉のうま味を閉じ込めるからこそ、言葉を失うほどうまい肉になるのだ。

「格之進」は今まで味わったことがない肉のうまさを体験させる。店内に運ばれてきたのは、10キロはありそうな肉の塊。マグロならぬ、肉の解体ショーだ。

毎回、珍しい肉が登場するのが売り。この日は「シンタマ」という、後ろ足の付け根にあるキメの細かい赤身の部位だった。切り分けたのは「トモサンカク」。「シンタマ」の中にもさらに細かい部位があるのだ。希少な部位を切り分け、次々に目の前で焼いてくれる。

一心不乱に肉を切り分ける男こそ、「格之進」を展開する門崎社長の千葉祐士。女性客からは「肉おじさん」などと呼ばれている。

岩手県の家畜商の家に生まれた千葉は、手間をかけて作られる和牛のおいしさを広く伝えるため、あえて都心のど真ん中に出店し、独自の店づくりで客を引きつけてきた。現在、六本木を中心に7店舗を展開、リピーターを掴んでいる。

A5でなくA3~和牛が「絶品」に化ける秘密

その実力は、全国から肉の強豪店が集まる肉料理の祭典「肉フェス」で、3年連続の総合優勝を果たすほど。その圧倒的なおいしさを生む秘密は、肉の仕入れにあるという。

仙台市中央卸売市場で千葉の仕入れの現場を見せてもらった。巨大な空間にずらりと吊るされているのは、競りに掛かる前の肉。1頭を半分にした骨がついたままの枝肉と言われる状態だ。

表面に刻印しているのは肉の等級。最高峰はよく知られるA5。牛肉の等級は2つの記号で表される。ABCは肉の歩留まり、つまりその枝肉にどれぐらい肉がついているかを示し、数字の1から5は、その肉の霜降り具合など肉質の良さを表している。A5は、枝肉から取れる肉の量が多く、霜降りがふんだんに入った肉質を示している。

競りの直前、みんながこぞってA5の肉をチェックするなか、なぜか千葉はおいしいはずのA5には見向きもせず、見ているのはランクの低いA3ばかり。「流通評価は低いけれど、絶対食べたらおいしいものを1頭、見つけた」と言う。

競りが始まり、A5ランクの肉が1キロ3000円近くに上がっていく。一方、千葉はある枝肉を落としにかかった。A3の肉だ。1キロ1880円で落札。一部に傷もあったため、相場より2割も安かった。千葉は最高評価のA5ではなく、あえてA3を狙って買い付け、絶品の肉に化けさせるのだという。

その現場を特別に見せてもらった。巨大な冷蔵庫に吊るされていたのは、千葉がこの1ヶ月ほどで競り落としたA3の肉。千葉がここで作っているのは熟成肉だ。

肉を寝かせることでタンパク質が分解され、アミノ酸などのうま味成分が増えていく。千葉はこの熟成に向いた肉を選び出し、買い付けているのだ。そしてこだわりは1頭丸ごとの熟成。「1頭単位でやることが重要です。皮膜で守られている状態で、全体を包み込んで、その中で内側から分解していく」(千葉)のだと言う。

ここで4週間寝かせたあと、部位ごとに切り分け、それぞれ熟成法を変える。例えば60日間寝かせた前足の「ミスジ」。表面を覆っているのは白カビ。これは腐っているのではなく、うま味を引き出すいい菌が付着した状態だ。一方、「外モモ」は真空パックにして、ウェットエイジングという和牛特有の香りを逃がさない熟成法がとられていた。A3の肉を徹底的に研究し、どの部位をどうやって熟成させれば、他にない味わいを引き出せるのか、千葉は長年肉と格闘し、新たな美味しさを開発し続けてきた。

「カットしては食べ、カットしては食べの繰り返し。どう向き合ったら、よりお客さんに喜んでもらえる商品になるのかを、どれだけ真剣に考えるかです」(千葉)

今までにないうまい肉の食べ方を作り出すためなら、千葉は手段を選ばない。

岩手・陸前高田市の広田湾。最近、千葉はここで養殖しているものを大量に買い付けている。三陸自慢のミネラルをたっぷり含んだカキだ。千葉はこのカキに惚れ込んでいた。

広田湾で見つけた絶品のカキを提供するため、2016年10月、千葉は六本木にわざわざ新店舗「カブコ」をオープンさせた。厨房には千葉自慢の熟成肉。その隣で調理していたのは広田湾で取れたカキ。それを熟成肉とあわせて、加熱した器へ。その名も「牡蠣肉×ぶくぶく」。熟成肉のうま味が濃厚なカキの風味と一体となる未体験の味だ。

千葉は熟成肉と魚介類のコラボで、すでに大ヒットを生み出している。熟成肉でシャリをくるみ、そこに甘いウニを乗せた。熟成肉で巻いたウニ軍艦。バーナーであぶると、肉汁がしたたってくる。銀座「寿司さいしょ」と共同開発したメニューだ。



一関と東京を繋ぐ~ボロ家で闘う地元への思い

東京・銀座の一角にある「デリリウムカフェGINZA」。最近店舗を増やしている人気のビアレストランだ。客のお目当ては40種類を超える様々な味わいのベルギービール。そして店の看板メニューが熟成肉のステーキだ。柔らかさと、あふれんばかりの肉汁が客を虜にしている。以前はA5ランクの霜降り肉を出していたが、熟成肉に変えたところ、一気に客が増えたという。

熟成肉は千葉から仕入れたもの。月の仕入れ額は200万円以上にのぼり、今や集客の要になっている。経営するエバーブルーの菅原亮平社長は、「千葉さんと会って店が変わりました」と言う。

千葉は格之進以外の店にも熟成肉を販売することで、その美味しさを広く伝えようとしている。千葉の熟成肉は地元岩手の和牛。一関市など南部のエリアで育てられる「いわて南牛」だ。

一関市の外れにある本店「丑舎 格之進」。店には「一関と東京を食で繋ぐ」という言葉が掲げられている。千葉は「私たちの事業が、食を通じて生産者と消費者のハブになるということです」と言う。

そんな思いで東京と故郷の一関を往復する生活の千葉。今や年商7億円を稼ぎ出すが、住まいは驚くほど質素なものだった。雨戸はベニヤ板で窓ガラスも割れたまま。ここで家族5人暮らし。店の名前にもなっている長男の格之進くんが「できれば家を早く建ててほしいです。寒いとたまに飲み残しが凍っているので」と言うと、「建てたいは思うけど、お金があるとついつい店に使っちゃう」と千葉。家族に我慢してもらってでも、稼ぎは全て東京で店を拡大することにつぎ込んでいるのだ。

「いわて南牛という、私たちの地元の牛を伝えることがひとつの目的になっている」(千葉)千葉はなぜそこまで地元の和牛を広めることに執念を燃やすのか。

大人気!熟成肉レストラン誕生秘話

一関の貧しい家畜商の家に生まれた千葉。大学卒業後に上京し、フィルムメーカーに就職。家業を継いだ兄が、和牛の生産に乗り出す一方、千葉は都会暮らしを満喫していた。  

しかし27歳の時、実家の牧場の経営が厳しい状況に追い込まれる。千葉はそれを解決するため脱サラを決意。当時、話題のユニクロをヒントに、あるアイデアを思いつく。

「牛を飼っているということは、うちは肉の原料メーカーだと思ったんです。牧場の牛を使って焼肉店をやれば製造小売ができる、肉のユニクロだと思った」(千葉)

そして1999年、実家で育てた牛を売る小売業として、焼肉店「格之進」をオープン。しかし素人が始めた店に、客は全く来なかった。商売を諦めかける千葉はしかたなく、大量に余った肉を少しずつ自分で食べて生活することに。すると1ヶ月後、驚くべきことが起きた。なぜか肉の味が劇的に変わっていたのだ。

「何の差だろうと思ったときに、寝かせる時間によって柔らかさや甘さが変わるんだと気づきました」(千葉)

さっそく千葉は肉の熟成技術を研究。どうやって熟成させると美味しくなるのか突き詰め、格之進で熟成肉を売り出すことにした。すると、それまでになかったおいしさに、一気に繁盛店となった。実はその時、足りなくなった肉をまかなうために買い始めたのが、地元農家が育てていた「いわて南牛」だった。

千葉はそこで、全国の畜産農家で起きている現実を目の当たりにする。朝から晩までの厳しい労働。後継者不足で高齢化が進み、赤字の農家も多かった。「赤字が大変で、このままだと牛がいなくなる。いくらかでも赤字幅を減らし、生産者のリスクを軽減したい」と言う千葉は、熟成技術を使って「いわて南牛」をもっと多くの人に食べてもらおうと決意した。

2007年、千葉は熟成肉を武器に東京に打って出る。目的は「いわて南牛」を知ってもらうための、いわばショーウインドー。東京の客は熟成肉に飛びつき、瞬く間に人気店となっていった。順調に店舗を増やした格之進は、今や「いわて南牛」の年間出荷数の15%を消費している。農家も安定的な出荷先が増えることに大きな期待を寄せている。

さらに千葉は地元の自治体とも連携し、「いわて南牛」を目玉に一関市の魅力を発信するイベントを何度も行ってきた。そんな千葉について勝部修一関市長は「一関市の情報を発進していく上で、千葉社長から得るところは非常に大きいですね」と語る・

地域自慢の和牛を最高の味に仕立てて発信する。千葉の熱い思いが地域を元気にする。

地元集結!絶品ハンバーグ~和牛農家の未来は?

一関市で100年続く老舗の酒蔵「磐乃井酒造」。千葉の依頼により、ここであるものが作られていた。大きな釜で炊き上げられたのは、地元岩手のひとめぼれ。これを冷ましながら、麹菌をふって作り上げるのが、酒造りの元となる米麹だ。

「格之進」本店の作業場にやってきた千葉が、なにやらクリーム状のモノを熟成肉の塊に塗りはじめた。それが米麹から作った塩麹だ。「素材の甘みが引き立ってくるし、柔らかくなります」という。

ミンチにした肉に加えるのは、地元岩手の牛乳に、特注した国産のパン粉。千葉は地元の食材をふんだんに使ったハンバーグを作っているのだ。

そんなこだわりのハンバーグを売りにしているのが、六本木にある「肉屋 格之進F」。ランチの時間に客が一気に押し寄せる理由が、香ばしい塩麹のハンバーグ。ランチの「ハンバーグプレート」が1000円と、価格もリーズナブルだ。

まろやかな塩麹が熟成肉のうま味を存分に引き出す、まさに絶品の味わいは、外国人客も絶賛する。千葉には大きな野望があった。それは地元岩手の美味しさが詰まったハンバーグで世界を目指すことだ。

「ヨーロッパに行ってわかったのは、ハンバーグという料理がないこと。日本にとどまらず、海外に持っていくべきです」(千葉)

千葉はすでに動き出していた。大規模なハンバーグ工場の計画を進めているのだ。その建設予定地は千葉が通っていた門崎小学校。子供の数が減り、4年前廃校になっていた。

「体育館を使ってハンバーグ工場を造りたい。肉の聖地みたいにして、ひとりでも多くの人にこの地域に来てもらいたいと思っているんです」(千葉)

いま、和牛生産者を悩ます深刻な問題がある。肉牛のもとになる子牛の価格が5年で7割も高騰しているのだ。一部のブランド牛をのぞけば、子牛を育てて売っても赤字になる場合があるという。

こうした厳しい現状にも、スタジオでの千葉は「チャンスはある」と力説した。

「牛だけでなく他の生産物もそうだと思いますが、生産者とコミュニケーションをとっていくとわかることがある。私は生産者を思想家であり哲学者だと思っているんです。考えたことや思ったことが、かたちになっていく。牛だったら牛の味になっていく。それぞれの生産者の皆さんが考えているのだから、消費者が生産者のそんな思いまで知るようになったら、誰に消費を通じて投資したいのか、そんな考えが芽生えてくると思うんです」

~村上龍の編集後記~

千葉さんはスタジオで、熟成肉がテーマになると、話が止まらなくなった。

「やばい、これでは収録が終わらない」と、やむを得ず、何度か「ストップ」をかけたが、10年間番組をやってきて、そんなことは初めてだった。

熱い人というより、そのくらい和牛を愛しているのだ。

儲けとおいしさの、どちらを追求するのか。「生産者は思想家」だと千葉さんは言う。

千葉さんの熟成肉は、信じられないほどの手間がかかっている。わたしたち消費者は「思想家」にリスペクトを持つべきだ。

それは、和牛に対し、正しい知識を持つということに尽きる。

<出演者略歴>

千葉祐士(ちば・ますお)1971年、岩手県生まれ。1994年、東北学院大学卒業後、フィルムメーカー入社。1999年、脱サラして「格之進」1号店開業。2008年、株式会社門崎設立。