「有給クイズ」から身を守るには

ローマの法諺(ほうげん)に「不知はこれを許さず」というものがあります。「不知(無知)はこれを罰す」などとさらに厳しい訳もありますが、要は「(法律を)知らなった」ことは自己責任という意味です。

上司が部下に「クイズに正解しないと有給を取らせない」というメールを送ったジャパンビバレッジ社の問題が批判されています。既にさんざん解説されていますが、日本は法治国家なので国の法律が何より優先されます。「オレ様が法律」は許されないという当たり前のことが言われているだけです。

1.人事知識の無さは自己責任

私は本業の人事コンサルタントとして、もう10年以上人事部門の専門サイトでQA回答者を務めています。そこは一般の会社員ではなく、人事や総務といった、人事管理・組織管理の専門の人が相談するものですが、そんな人事専門家であっても中には「オレ様法」を持ち出す相談も見受けます。

「オレ様こそが法律であって、全能の神」であるかのようなふるまいの経営者は、残念ながら今でもいます。中小企業だけでなくそこそこの規模になっても、特に一代で築き上げた創業オーナーが社長というケースが圧倒的です。今回のジャパンビバレッジはサントリーグループという大企業グループであり、しかも支店長という中間管理職がやらかしたようですが、正直いえば「あり得る」ことと感じてしまいました。

もちろんオレ様法など通る訳がなく、だからこそ今回も大批判を呼んでしまったわけです。またいわゆるブラック企業では、こうした法律違反が野放しで、他にも完全に違法な取り決めや社内規則が堂々とまん延していることは実際にあることでしょう。

「法律違反はダメ、絶対」と、言うだけなら簡単です。どう実行させるか、今の時代はコンプライアンスを無視すれば企業が消えてなくなってしまうのです。本当の経営者であれば、コンプライアンス無視のツケが経営に致命傷となることは理解しているはずですが、中途半端なオレ様企業では、まだまだ野放し状態なのです。

これは人を傷付けたら違法と子供でもわかるのに、犯罪はこの世から無くならないのと同じで、完全に違法状態を無くすことはできないだろうと思っています。だからこそ、自らの身を守るのは自己責任です。厳しいですが、法律を知らないがゆえにデタラメな指示で苦しむのは自分のせいともいえるのです。

2.会社のきまり、ただのローカルルールでは?

私がこれまで見聞きしたものでこんな例があります。違法/適法?どちらでしょうか?(けっこう迷うやつ用意しました)

①有給休暇は事前申請

②有給休暇は連続3日まで

③退職時は必ず後任者を連れて来なければならない

④派遣社員は勤務先(派遣先)の福利厚生対象ではない

いかがでしょう。どれも普通の社会人生活の中で出会っておかしくない事例です。有給取得について法的にいうなら、今回の事件のように「会社が許可」することは違法です。クイズを出した会社のような、有給取得に許可を得させる会社は実際あるのですが、有給休暇は労働者の権利であって、会社がそれを断ることはできないのです。

いわゆる時季変更権は会社にありますが厳しい制限があり、忙しいとか人がいないくらいでは認められません。ちょっとこの時期だけは休まないでと上司が頼むことまでは可能で、それ以上はできません。社員はそれに応じる義務はありません。まして有給休暇の申請理由を問うのはプライバシー侵害となります。親の介護であれ、家でぼーっとしているのであれ、有給休暇を取る理由について、会社は何も介入してはならないのです。一時期に取得する日数を制限することももちろんできません。

一方、社員は何をしても自由な訳ではありませんから、就業規則で有給取得には事前申請と定義されていれば、後付けで「風邪ひいたので有給で休みます」と言ってきても、会社は断ることができます。「ウチの会社は認めている」という多くは、実運用で会社が目をつぶっているだけで、権利を保証しているものではありません。

一方退職に際して、人手不足を理由に認めないなども憲法違反になります。まして代替者を連れてくるなど、あり得ない条件を付けるのは一切認められません。事前申請なしに突然辞めるのは大迷惑ですが、無期雇用契約(法律用語ではなく俗称である「正社員」)であれば、2週間の事前告知によって退職は誰でも認められます。しかしこの情報も独り歩きし、誰でもどんな人でも2週間で辞められるという人もいますが、有期雇用契約の場合は、契約期間中の退職も、解雇もできません。

3.「派遣さん」扱いの根源は法律

派遣社員と派遣先企業社員は同等ではありません。これは差別ではなく、「労働力提供」が人材派遣であって、人間を供給するのは正式採用である人材紹介契約という全く別ものになるからです。差別どころか派遣労働者保護として、政治家などの働きかけもあり、平成16年の改正で求めて実現されたのです。

「人として扱っていない」のではなく「労務提供サービス」と扱うよう、法律でそう定めたのです。だから派遣社員にはその派遣先就業に際して事前面接したり、履歴書など個人情報書類での選考は禁止されました。派遣会社の登録時説明パンフなどにもこうしたことは書かれているはずですが、読んでいない人も少なくないようです。

派遣社員が派遣先企業に契約更新を申し出たり、逆に契約終了を派遣先に直接申し出てしまう人もいますが、そもそも派遣先には就職している訳ではないので、このような申し出は意味がありません。退職するなら派遣元である派遣会社です。派遣社員として勤務しながら、実は自らの法律的身分をきちんと知らずに、結果として不利益をこうむっているのは残念ながら自己責任となるでしょう。

4.わが身を守るのは自分だけ

法律などめんどくさいと思うかもしれませんが、自動車運転に免許が必要なように、最低限の知識は無ければ事故になります。道交法の禁止事項や標識の意味も知らずとも運転自体はできるでしょうが、それで事故や違反をしたら当然罰せられるのは自分です。正に「法律(道路交通法)なんて知らなかった」が通る訳がありません。

労働基準法などの労働法規も全く同じです。「知らなかった」は自己責任ですが、法律を全部暗記する必要など全くありません。今どきはインターネットの情報を調べれば、その会社ルールがコンプライアンスに沿った者か、単なるオレ様ルールで無効なのかなどすぐわかります。

法律を逆手にとって自分勝手な主張ばかりで職場を息苦しくされるのは迷惑です。しかし自分の心身をも損ないかねない理不尽な状況をも唯々諾々と受け入れるのは、やはり愚かなことだと思います。

これはおかしいと思ったら、まずは自分で法律を調べてみることから始めましょう。