劇場版『機動戦士ガンダム』Last Shootingの輝くまで 第10回

第10回 劇場版でパワーアップ、ガンダムの主題歌

 今回は「歌」の話題である。TVシリーズの『機動戦士ガンダム』は、合金玩具を中心に商品を売るための児童向け番組としてスタートした。主題歌「翔べ!ガンダム」にしても、その歌詞や曲調は従来のロボットアニメと大きく変えることはなかった。どちらかと言えば勧善懲悪的な雰囲気を前面に出したもので、「宇宙」という概念も「銀河系」が出てくるような大スケールのものだった。それはアニメビジネスを成立させる玩具、そのメインターゲットである児童への入り口を作るための必要条件なのである。

 劇場版では、あらためてこの「児童向け」という制約をはずした「再話」を試みている。より高い年齢層(中高生以上)あるいはより広い一般層への訴求と、そのための配慮が加えられたのだ。そうでもしなければ無料のTVと違い、有料の映画興行は成立しえない。こうした「脱皮」のもっとも分かりやすい部分は、「主題歌の変化」に現れていた。

 実は中高生以上の層に『ガンダム』が受けるという現象は、TV放映中から音楽集アルバム(キングレコード)のセールスに現れ、それが「劇場版にすればヒットする」という裏づけにもなっていた。本放送中にTVアニメのBGMが2枚もリリースされること自体が当時は珍しく、いかに音楽がヒットしたかが分かる。そのセカンドアルバム「戦場で…」で安彦良和のイラストをジャケットに採用したことが、音盤全体の爆発的な売れ行きにつながる。そのイラストにガンダム本体がいないことからも、「玩具らしさを抑えれば、本作はもっと一般向けのものにできる」という方向性が見てとれる。

 放送終了後の1980年9月5日には新日本フィルハーモニー・オーケストラ演奏による「交響詩ガンダム」という新演奏のアルバムも発売された。そこで音楽面での「青年から大人向けのガンダム」というコンセプトは決定的になる。だが、そこに「翔べ!ガンダム」のアレンジ曲はない。つまり劇場映画化という新局面を迎え、玩具のCM曲は役目を終えたという認識が、関係者とファンの間に醸成されつつあったということだ。その分、病気から復帰した安彦良和のジャケットイラストがシンボリックに「ガンダムの顔」を配してバランスをとっている。解説書用対談の司会を担当した筆者は、その理由を当時の安彦良和から「ガンダムさんは美形だから」と聞き、逆に新鮮な思いがしたのをよく覚えている。

 こうした流れを受け、全3部作上映の1年間という時間の中で、劇場版主題歌はさらなる大きな飛躍を遂げていく。

 第1作目の主題歌は、「砂の十字架」。作詞・作曲にはニューミュージックの巨匠・谷村新司が起用されている。『昴(すばる)』など数々のヒット曲を生んだ谷村新司の主題歌は、やしきたかじんが歌唱を担当し、壮大なスケール感でエンディングを締めくくっている。歌詞の内容は、宿命を背負いながらも未知の世界に向かって生きるために戦うアムロ・レイたちホワイトベースのメンバーの心情を切々と歌い上げたものであった。

 直前のヒット作『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』('78)では沢田研二、『ヤマトよ永遠に』('80)では布施明と、アニメ映画にヒット歌手が起用され、メジャー志向が定着しつつあった。そうした流れを受けての著名歌手による主題歌づくりであった。「ガンダム」というロボットの名称や「モビルスーツ」等の造語もいっさい出てこない思いきりの良さも含め、谷村新司の起用は大きな話題を呼ぶ。

 続く第2作目の主題歌は、映画のサブタイトルと同じ「哀 戦士」。副主題歌「風にひとりで」ともども作詞は井荻 麟(富野由悠季監督のペンネーム)。そして作曲と歌唱には井上大輔が起用された。井上大輔は「ランナウェイ」などCM曲のヒットメーカーとして知られる音楽家だ。当初、井上は作曲のみの担当で歌手は別人を探す予定もあったというが、ブルーコメッツのメンバーでもあった井上大輔自身の歌唱の印象が良かったため、歌手も井上自身で行くことが決定された。

 地上編とも言うべき第2作目は、特に前半で戦場におけるアムロの「青春彷徨(ほうこう)」という性格が強くなっている。そのため、歌詞も巨視的なテーマを掲げた第1作目に対し、「個」や「集団」のコンフリクト、その戦いの激しさや悲惨さに寄り添った視点を打ち出している。劇中でも「風にひとりで」は砂漠をさまようアムロの孤独なシーンにマッチした哀切あふれるバラードとして流れている。逆に「哀 戦士」のほうは、南米ジャングルに向けてジオン軍モビルスーツの大群が空中から降下するシーンで、激しいロックのリズムを叩きつけるように使われ、衝撃をあたえた。

 TVシリーズから井荻 麟名義で歌詞を書き続けてきた富野由悠季監督には、作品テーマに密着した独特の言葉づかいがある。この第2作目にいたり、その普通とは違う言霊と映像とが大きな相乗効果をあげ、激しいインパクトを観客に残したのである。「哀 戦士」のシングル盤は大ヒットしてガンダムブーム燃焼をさらに拡大し、ベストテン番組にも進出。一般的認知という観点で、大きな成果を残している。

 第3作目の主題歌「めぐりあい」は井荻 麟とヒットメーカーの売野雅勇の共同作詞となった。副主題歌「ビギニング」は井荻 麟の単独作詞である。作曲・歌は引き続き井上大輔が担当した。両曲ともに、人と人の縁、ニュータイプ同士の戦いとララァの悲劇、そして仲間のもとへと帰還するアムロのドラマの終結を象徴して歌いあげた内容である。「ビギニング」はララァとのたび重なる遭遇とエンディングに印象的に使われ、「めぐりあい」の方は最終回に相当する場面で流れて絶妙に盛り上げた。この両曲も大ヒットし、劇場版3部作のフィナーレを飾っている。

 ちなみにこの2曲には「ラジオボイス」と呼ばれる周波数帯域をわざと狭めた効果が組みこまれていて、曲のスケール感とバランスをうまくコントロールして表現力を高めている。

 『機動戦士ガンダム』のヒットで、ロボットアニメに「リアルロボ路線」が生まれたと良く言われる。劇場版3部作公開中の1981年に高橋良輔監督の『太陽の牙ダグラム』がスタート。そして『めぐりあい宇宙編』公開の1982年ごろから、玩具に加えてプラモデルを売るようになった作品群の主題歌の歌詞から「ロボットや必殺技の名前連呼」「戦え」「勝て」「正義」といった様式めいた言葉づかいが、次第に消えていく。同時に「TVアニメの主題歌」がヒットチャート入りすることも珍しくなくなっていき、さらに80年代中盤以後ともなると、MTVの流行とも合流してTVアニメのオープニングが歌手のプロモーション的に扱われるケースが増えていった。

 アニメ主題歌は、このようにして子ども向けの音楽のサブジャンルから一般へと大きく変化していくことになる。だがその流れの変化のきっかけや、飛躍となった節目の多くは『ガンダム』によって刻みこまれたものだと言えるのである。(文中:一部敬称略)

【2007年11月6日脱稿・2017年6月18日脱稿】初出:劇場版『機動戦士ガンダム』公式サイト(サンライズ)