中華街の老舗ブタまん店~主力はBtoB事業
横浜の中華街では、休日にはコロナ前近くまで人出が戻り始めているという。
その人気を後押ししているのが食べ歩きグルメだ。さまざまな店で、焼き小籠包や台湾の屋台で人気の鶏の唐揚げ、杏仁を使ったソフトクリームなどが売られ、コロナを機にテイクアウトグルメを楽しむ客が増えている。
そんな中、ひときわ長い行列の店が江戸清。お目当ては大きな「ブタまん」(500円)だ。フカフカの皮の中には餡がたっぷり。30年前に売り出され、中華街の食べ歩きブームに火をつけた。
ほかにも「豚角煮まん」(500円)は、オイスターソースのタレで煮込んだトロトロの角煮とチンゲン菜のシャッキシャキがアクセントになっている。女性に人気の「エビチリまん」(500円)は、中華料理店の本格エビチリをそのまま皮に詰め込んだ。
大きくてもどんどん食べられる秘密を探りに、横浜市内の横浜本社工場へ。多くのメーカーは豚肉をひき肉の状態で仕入れているが、ここでは大きなブロックで、しかも3種類も用意した。濃厚な味が出るウデ肉、甘みとジューシーさをもたらすバラ肉、そしてしっとりとした食感を生むモモ肉だ。
「江戸清は元々精肉店なので、いい特徴の肉を揃えられます」(工場長・浜悟志)
江戸清は明治時代に精肉店から始まった、いわば肉の専門集団。ブタまんの餡は選りすぐりの3種類の肉をミンチにし、それに野菜とともにエビやズワイガニなど、海鮮系の食材も加えることで、飽きのこない味に作りあげている。
皮にも秘密がある。多くの中華まんは、もっちりした食感にするために強力粉を使っているが、江戸清の「ブタまん」はフワフワした食感にするため薄力粉がベース。だから大きくても食べられる。
「コンビニ向けのまんじゅうは、レジ横の保温器の中で一定の時間温め続けているので、薄力粉だと割れたり、肉汁がしみ出てきてしまう。弊社の『ブタまん』は中華街の食べ歩き用に、せいろで蒸しあがったものを提供しています」(浜)
食べ歩きの時に最高においしいようにこだわった製法が人気の秘密なのだ。
こだわりの製法は「チャーシュー包」(500円)にも。チャーシューは、上海から取り寄せたチャーシュー窯で、特製ダレに漬け込んだ豚肉を炭火でじっくりと焼き上げる。こうした手間をかけることで、うま味が凝縮されたチャーシューを生み出している。
餃子やシュウマイなども揃えて中華街で存在感を示す江戸清だが、会長・高橋伸昌(62)によれば「江戸清の店舗の売り上げは会社全体の売り上げの10%前後」だという。
残りの9割の秘密が、千葉・成田市にある同社の千葉工場にあった。そこで作られていたのは1日に8トン製造しているハンバーガーのパテ。使っているのが「ロッテリア」だ。
「ロッテリア」で不動の一番人気メニューが「絶品チーズバーガー」(396円/イートイン価格)で、使われているのが江戸清のパテ。他のパテにはない独特の食感を生み出しているという。
「最大8ミリの超粗挽き肉を、江戸清は新鮮にジューシーに仕上げることができるノウハウを持っていらっしゃる」(「ロッテリア」緒方高行さん)
ハンバーガー用パテのほとんどは直径2.7ミリの細ひき肉が使われているが、江戸清が作る絶品チーズバーガーのパテはその3倍、およそ8ミリの超粗びき肉を採用している。肉のうま味を生かすため具材はこれだけだ。
さらに、「ローソン」で人気の「特製豚まん」(198円)も、作っているのは江戸清。江戸清の主力は大手飲食チェーンやスーパーなどから依頼を受けるBtoB事業なのだ。
コロナ禍の逆風に立ち向かう~中華街リーダーの奮闘記
では、中華街の小さな店で「ブタまん」を売り続ける理由は何か?
「それは江戸清が横浜中華街、昔の外国人居留地の中で生まれたからです。中華街が江戸清のルーツだと社員にも伝えたいし、形としても残していきたい」(高橋)
「中華街と共に生きる」という思いで100年以上続けてきた。だからこそ高橋は、この街で別の顔も持っている。街の人は髙橋のことを親しげに「有名、みんな知ってる」「存在感がある」「話しかけやすいリーダー」と評している。
高橋は中華街最大の組合である「横浜中華街発展会」の理事長を務めている。「発展会」は1971年に設立された中華街発展のための街づくりなどを担う組織だ。
高橋は3年前に理事長に就任したが、その直後、予期せぬ事態が起こる。2019年12月、中国・武漢で新型コロナウイルスが確認されると、その2カ月後には横浜港に入港したクルーズ船で多くの感染者が発生した。
「その時にSNS上で『中国・武漢でコロナが始まった』『中国は平気か?』と。それが知らないうちに『中華街は平気か?』に変わりました」(高橋)
以来、人の姿が消え、中華街は最大のピンチに。そんな時、各店舗を励まし、要望を聞いて回ったのが高橋だった。
観光バスが数十台止まれる駐車場はコロナを機にガラ空きになった。そこで高橋が考えたのがドライブスルーだ。(現在は休止)店に電話で予約すると、駐車場まで料理を届けてくれる。テイクアウト客を呼び込むアイデアだ。
店と客をつなげるためネットも活用。発展会のスタッフがカメラを手に店に出向き、各店のおすすめメニューやスタッフからのメッセージなどの動画を作成して配信。「働く人の顔が見える身近な中華街」を発信しようと、加盟400店すべての動画を紹介した。
会員のひとりは「高橋理事長がいなかったら職域接種も無理だった」と言う。厚労省と交渉し、中華街全体を一つの職場と見立ててワクチンの職域接種を実施。日本語がままならない従業員のために、中国語が話せる医療従事者にも協力を依頼した。
そんな取り組みを続けて2年。まだコロナは予断を許さない状況だが、高橋は中華街の復興のために奔走している。
「中華街の中で生きてきた江戸清だからこそ、この街はしっかり残さなくてはいけない」(高橋)
「中華街と共に生きる」~明治創業の精肉店
江戸清の横浜本社工場で開催される月に2回の工場直売会。業務用や形が悪いアウトレット品など、店で食べる本格中華を格安で手軽に購入できる。
「エビ入りシウマイ」は15個入り400円。「小籠包」は6個入り350円。主婦たちに人気の商品が「豚バラスライス」。スーパーなどでは手に入らない飲食店用の肉も売っている。客を喜ばせているのが蒸したてのまんじゅう。この日は「あんまん」(130円)と「エビチリまん」(100円)だった。「江戸清ってこういう会社ですよ、とお伝えするため。採算度外視です」と言う。
江戸清が始まるきっかけは1859年の横浜開港。横浜に外国人の居留地がつくられ、その一角に「南京町」と呼ばれる中国人の居住エリアがうまれる。
明治の半ばすぎ、高橋の曽祖父・清七は南京町の「江戸屋」という食肉店を譲り受け、1894年、江戸清を創業した。折しも日清戦争勃発。国内では中国人に対する風当たりが強まったが、清七は顧客でもある彼らに寄り添った。
「うちは『世のため、人のため、地域のため』が長く家訓のようになっていて、差別なく人と接して、慕ってくれる人が多かったのかなと思います」(高橋)
中華街で高橋が産声をあげたのは1959年。異国の人や文化に囲まれて育っていった。
「中国の方も台湾の方も、昔は韓国やインドの人もいた。子供の頃は中国人のおばあちゃんにかわいがってもらいました」(高橋)
高度成長期に入ると巨大な善隣門も建てられ、街の呼び名は南京町から中華街へ。親しまれる街づくりを進めようと、高橋の父・柢祐が中心となり1971年「横浜中華街発展会」が発足した。観光客が増え、中華街は世界最大級のチャイナタウンへと発展していく。
高橋は慶応大学を卒業後、すぐには家業に入らず野村證券に入社。その後、1994年に江戸清に入ると、野村時代の営業経験を生かし、取引先を拡大した。2000年、4代目社長に就任。しかし、待ち受けていたのは逆風に次ぐ逆風だった。
就任翌年、牛のBSEが国内で初めて確認され、主力のビーフパテが作れない事態に。その後も2007年に「ダンボール入り肉まん」騒動が勃発、2008年に「中国産冷凍餃子中毒事件」が発生するなど、中華料理へのダメージが相次いだ。
「ダンボール肉まんというのは極めて衝撃的なことで、売り上げが一気に7割減りました。店を閉めるか閉めないか、どこまで長続きするのか、と」(高橋)
事件が起こるたびに中華街は風評被害にさらされ、江戸清の客もぱったり途絶えた。
「嵐が過ぎるのを待とう、と。この街は何かあった時には我慢することに慣れている。風評被害との闘いの10年間でした」(高橋)
今回のコロナ禍でもじっと耐えた中華街。高橋はそんな街の人たちを励まし続けた。そして耐えるだけではなく、復興に向けた攻めの取り組みも始めた。
その取り組みの一つが「アイラブチャイナタウンクーポン」。発展会に加盟する中華街の店で使える電子クーポンだ。1万3000円分が1万円で購入できる。お得感で客に来てもらおうというのだ。
たまには店に入って自慢の料理を楽しんでもらうのも狙い。たとえば老舗「聘珍楼」のお薦めは「アンチエイジング薬膳プレミアム壺蒸しスープ」(5500円)。フカヒレや烏骨鶏、サメの頬肉などを蒸しあげた贅沢で上品なスープだ。四川料理の名店「重慶飯店」のお薦めは「麻婆豆腐」(1506円)。長期熟成のオリジナル豆板醤でガツンと本場の辛さを味わってみる。
「(クーポンを)やって良かったです。今後もこういった取り組みにぜひ参加させてただきたい」(「重慶飯店」長澤貞範さん)
中華街だけじゃない~NB商品で全国展開へ
江戸清が2021年、新たな挑戦を始めた。それがNB。メーカーが独自に開発、商品化して小売り網に乗せて売るナショナルブランド商品だ。第一弾は「江戸清謹製中華まんシリーズ」。「チャーシューまん」「肉まん」「海老チリまん」の3種類(754円/オープン価格)だ。
店の味を家庭で再現できるよう、作り方にこだわりが。「通常の生地に低温熟成した生地と混ぜることで、より強い生地になる」と言う。それにより、レンジでチンしてもせいろで蒸したようにフカフカになる。さらに北海道産の「春よ恋」という小麦を使い、もっちり、しっとりとした食感を生み出した。
いまのところ、全国のスーパーや量販店などのイベントで販売している。
この日は静岡・沼津市にある「しずてつストア」大岡店で売られていたが、江戸清ブランドの客からの認知度は、なかなかのものがあった。
「原料にこだわった製法でお客さまからの支持が高い商品なので、販売させていただこうと」(店長・清水陽介さん)
今後は全国の大手スーパーや量販店でレギュラー商品として置いてもらうことを目指していく。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
横浜中華街の規模は圧倒的だ。高橋さんはその中華街で生まれ育った。「違う文化圏で育ったこと」の話になったとき「違和感はまったくなかった」と答えた。爆竹の音、蛇踊りなどの楽器の音楽が聞こえてくるとうれしくなるそうだ。名物の「ブタまん」は、中国から料理人を招聘し、一年半の試行錯誤の末に誕生した。「1個で満腹、飽きの来ない薄味で、価格はワンコイン」。来訪者が「口福感」に包まれるように作られた。わたしは、間違いなく、「口福感」に包まれた。
<出演者略歴>
高橋伸昌(たかはし・のぶまさ)1959年、神奈川県生まれ。1982年、慶應義塾大学卒業後、野村證券入社。1994年、株式会社江戸清入社。2000年、代表取締役社長就任。2018年、横浜中華街発展会協同組合理事長に就任。2019年、代表取締役会長就任。
(2022年1月6日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)