おにぎり、味噌、麹・・・絶品の伝統食新勢力〜新潟発!地方の老舗は宝の山だ/和僑商店HD/読んで分かる「カンブリア宮殿」





全国から「絶品の具」が集結~絶対に行きたいおむすび店

東京「松屋銀座」のデパ地下で人だかりを作る「銀座十石」というおむすびの専門店。誰もが魅了されるのは独特のほろほろとした食感だ。「“にぎらない”おむすびで、独特のやわらかい食感があります」(井出隆裕店長)というおむすびは、型枠にご飯と具材を入れ、その上からふんわりと、またご飯をかぶせるだけ。にぎってはいないのだ。

もうひとつの魅力が、使っているこだわりの具材だ。例えば絶妙の辛さの「辛子高菜」(173円)。福岡・春日市で育てられた選び抜いた高菜を、5ヵ月の間、じっくりと木桶で熟成発酵させて使っている。合成保存料や着色料を一切使わず、古くからの製法で手作り。いくつもの賞を受賞するほどの選び抜かれた辛子高菜なのだ。

「木桶にこだわり、高菜の原材料にこだわって作っています」(樽味屋・矢下善生社長)

一方、「とっておきのつなまよ」(195円)に使うのは、静岡の人が車で2時間をかけてもでも買いにいくツナだという。生産者は、静岡の小さな港町にある創業80年の「由比缶詰所」。地元の人が詰めかけてツナ缶「まぐろフレーク油漬」(大・270円)を買っていく。

魚はビンチョウマグロを4時間かけて蒸したもの。さらに使っている油は、綿のタネから作ったコクのある綿実油。缶に封入後、半年熟成させたまろやかなツナを、「銀座十石」では惜しげもなくおむすびに使っているのだ。

ふわふわのご飯で、全国から集めた絶品の具材を包む「銀座十石」。その仕掛人、和僑商店HD社長の葉葺正幸が、和歌山・白浜町の山中をひとり、車を走らせていた。走ること2時間、出迎えたのは小阪農園の小阪孝太郎さん。早速、こだわり抜いた梅の果樹園に案内してもらう。全国を駆け回り、知られざるおいしいおむすびの具材を探し求めてきた葉葺。この日は、小阪さんが井戸水と堆肥で丹誠込めて作り上げた梅干しを見にきたのだ。

「おいしいものがあればどこにでも行きます。おむすびを通じて、日本の食文化を伝えるのが我々おむすび屋の仕事。伝えがいがある、しっかりやらなければいけないと、改めて思います」(葉葺)

葉葺には、おむすび屋を始めた理由がもうひとつある。十石のおむすびで最もこだわっているという新潟の米だ。

「私たちは新潟の会社。新潟のお米をお客様に知っていただくには、おむすびの方が分かりやすいですから」(葉葺)



続々と老舗を再生~伝統の味でヒット連発の謎

米どころ新潟。和僑商店HDの本社を訪ねると、そこにあったのは歴史ある味噌作りの蔵元。「峰村醸造」という和僑商店HDの傘下の会社だ。

だが、葉葺が来る以前の「峰村醸造」は、商品力もなく、赤字続きで廃業も考える状態だった。「蔵も壊してしまう予定だったらしい。どこから手をつければいいのかという状況でした」(葉葺)と言う。それを葉葺が経営を引き継ぎ、一変させる。

潰すはずだった蔵は今、客で賑わう物販コーナーに。ここでは、新たに作ったこだわりの味噌をだしとあわせて楽しむことができる。さらに、炊きたてご飯で様々な漬け物も試食可能だ。昔ながらのうまみある味を再現した「復刻仕込越後味噌」(300g/486円)も当たり、わずか3年で黒字化した。

「成功パターンがつかめて、どんどん伸ばせていける状態になっています」(葉葺)

葉葺の成功はそれだけではない。「峰村醸造」からほど近い、1767年創業の「今代司酒造」も、和僑商店傘下の酒蔵。やはり以前は厳しい経営状態にあったという。

「取り壊す予定だったと聞いています。取引量が少なくなっていたので、若い人は知らない酒蔵になっていました」(葉葺)

葉葺が経営を任されて6年。今や、酒蔵には観光バスが続々と乗り付け、見学客が押し寄せている。客が溢れるのは、500円の升を買えば15種類ものお酒が自由に飲めるうれしいコーナー。米の甘みを最大限引き出したお酒「花柳界」(300ml/702円)など、味わいの違いを楽しく体験できる。

葉葺の和僑商店HDは、新潟県下の老舗メーカーをいくつも再生してきた。現在ではその傘下に、おむすびの「銀座十石」から、酒、味噌、さらに漬け魚屋など5社を持っている新潟に根ざす食品グループなのだ。

地方のおむすびの具材を銀座で売ることも、老舗蔵の再生も、本質は同じだという。

「日本の食文化を伝えていく。資源を見直して世の中に伝え直す。形は少し違っていますが、やっている取り組みは一緒だと思っています」(葉葺)



大胆に“今”をつかめ&蔵に客を入れろ~葉葺流再生術

東京・八重洲地下街にあるオイスター専門のレストラン「ザ・カーブ・ド・オイスター」。賑わう店内で出されているのは生牡蠣(1粒537円~)だ。ここに、葉葺が開発したヒット商品が置いてある。それが「今代司酒造」が作ったオイスターバー専用の日本酒。盛り上がるオイスター人気に狙いを定めた老舗では考えられない商品作りだ。

「肉に合うお酒、魚に合うお酒と、専門に特化した商品もあります。これは酸味が効いているお酒で、オイスターバー専用という形でやっています」(葉葺)

時代に合わなくなった老舗の商品作りを現代流に大胆にアレンジするのが、葉葺流再生の真骨頂。そんな商品作りは、新潟の駅ビル「CoCoLo新潟」でもヒットを生んでいた。焼いた魚を漬け込んだ新潟の伝統食「焼漬パック」。伝統食の鮭の焼漬をレンジで簡単に食べられるよう、大胆に進化させた新商品だ。

開発したのは、やはり葉葺が再建を手がける「小川屋」。1893年創業の老舗だが、生の漬け魚の消費が低迷する中、経営難に陥っていた。まさに葉葺は、現代にあわせた商品に作り直したのだ。

「ライフスタイルの変化から、今はすぐに食べられるものや、大家族でなく孤食に対応したものが重視されています。お客様により満足していただけるかという気持ちが大切で、今の時代に合わせて取り組んでいます」(葉葺)

ある日、「峰村醸造」の味噌蔵を覗くと、大勢の客が味噌作りに没頭していた。これは毎月行っている手作りの「味噌作り体験」(1樽3000円)だ。

一方、「今代司酒造」では酒蔵見学(無料)が。葉葺は、様々な場を作り、蔵の中に客を招き入れる。客を間近に感じることで、社員の意識も変わった。社員のひとりは「売店ができたことで新潟市内の人に認知された。良かったと思います」と言う。

「作り手がお客様と接する機会が少なかった。接することによって自分たちの働く意義を見出すためにも、見学を重視して、より誇りを持てる方向に持っていきたい」(葉葺)

しかし、そんな現場の意識改革には酒造りを支える保守的な職人たちとの間に厳しい戦いもあったという。

「杜氏に『よろしくお願いします』と言っても、私の存在を見て見ぬふりをされたことも。これで会社をうまく回せるのかと思いながらやっていました」(葉葺)

職人たちと信頼関係を築くため、必死で格闘した葉葺。今や、蔵の誰もがその功績を認めるまでになった。酒蔵見学の案内役を務めてくれているかつてのトップ、「今代司酒造」創業家の9代目、山本吉太郎さんはこう語る。

「経営状態が良くなったのが一番です。当時は、今まで一緒に頑張ってくれた従業員を路頭に迷わせるわけにはいかないという気持ちでした。1人も減ってないですからね。お手伝いのしがいがあります」



母の味が銀座で大ヒット~絶品おむすび店誕生秘話

東京・吉祥寺の商店街にある「未来日本酒店」に、誰をも目を釘付けにする商品がある。ボトルを魚に見立てたという日本酒「錦鯉」(5400円)だ。デザインを考え出したのは葉葺。「今代司酒造」を再建するため必死で作った商品だという。

「何とかこの会社を良くしていきたい、働く人に誇りを持ってもらいたいという中で、『今代司酒造』で世界に名をとどろかす商品を作りたい。そのエネルギーの塊がこういう商品になったんです」(葉葺)

その思いが通じ、「錦鯉」は海外の著名なデザイン賞を受賞。現場の職人にも、大きな誇りとやる気を与えた。職人のひとりは「知名度が上がったのはありがたいこと。デザインだけでなく中身が重要なので、デザインに負けないように酒の品質を上げていこうと思いました」と言う。

1973年、新潟生まれの葉葺は、就職した地元企業で、いきなり「僕を社長にしてください」と夢を語った。チャンスが訪れたのが27歳のとき。社内ベンチャーでおむすび販売の事業に乗り出すことになり、白羽の矢がたったのだ。

葉葺は東京に狙いを定める。そして閉店しようとしていた「銀座十石」というおむすび屋を譲り受け、挑戦に打って出た。しかし、「もともと売れる店ではなく、銀座なので家賃も高く、どうすればいいんだろうと苦労しました」(葉葺)。

全く客が来ない日が続き、葉葺は次第に成功するため、なりふり構わなくなっていく。夜な夜なライバル店をまわり、店の前のゴミ置き場を見て、米の銘柄や具材の仕入れ先などを調べる。さらに、需要があると分かれば、どんな時間でも配達するサービスを始めた。

必死で事業を続ける中、何のために働いているのかさえ分からなくなっていったという。

「日中は店に立って運営をし、夜中におむすびを作り、朝方に届けに行って、20時間以上働いている日が何年も続きました」(葉葺)

ところが、そんな葉葺の元へある日、1通の手紙が届く。それは、故郷の新潟からおむすびによく合うという具材の売り込みだった。

送り主の名は三代目鈴木紀夫。鈴木さんは新潟・五泉市で「エスマート」という小さなスーパーを営んでいた。鈴木さんが葉葺に売り込んだのは「なんばん味噌」(60g/388円)。トウガラシをみじん切りにし、大葉、コクのある味噌を混ぜ、ゆっくり煮詰めて作り上げる。うまみある辛さが病み付きになる、地域で親しまれてきた味だ。鈴木さんは「地元のお年寄りが作る郷土料理で、母が家庭用に作ったものを店に並べたんです」と言う。

葉葺はそのおいしさを知るや、おむすびの具材に使ってみることにする。そしてその縁を名前に込めて、思い切って「三代目鈴木紀夫」(173円)と名付けてみた。すると、「お客様がショーケースの前に立って、その名前に違和感を覚えて買っていただけることが増えた。おいしさが伝わって、よく売れる商品になっていきました」(葉葺)。

葉葺は、「おむすび屋は地域の食文化を発信できる場なんだ」と気づく。誇りとやりがいある仕事に目覚めた葉葺は地方の宝を発信するために走り始めた。

「当時、自分はおむすびを作り、売ることにやりがいを見つけられなかったんです。ですが、おむすびを通じて日本の文化をお客様に伝えていると思えた時、事業にやりがいが生まれて、そこからはいろいろなものを発信できるようになりました」(葉葺)



消えゆく日本文化でヒットを~絶品おむすび店の挑戦

大阪・堺市にある「藤井製桶所」。醸造業の蔵元で使う木桶を作る、日本でも数少ない工房だ。そこに葉葺の姿があった。日本中で木桶の使用が激減する中、葉葺は、木桶でしか作れない味わいの酒を今後、増やしていこうとしている。

「蔵人たちも言っていますが、木桶だと口当たりが良くなるんです。蔵の個性のひとつとして、挑戦していきたいな、と」(葉葺)

蔵元を多く持つからこそ、日本が受け継いできた木桶作りの技術も守っていけると考えている。葉葺は「後世につなげていけるようにしたいですね」と言う。

もうひとつ今、葉葺が守ろうとしているものがある。「にほんの里100選」にも選ばれた新潟・十日町市の「星峠の棚田」。ところが、近くの別の場所では、「草ぼうぼうのところも昔は棚田だったんです。このままいくと全部ダメになっちゃうでしょう」(米農家の岩崎欣一さん)という光景が広がる。水の管理や収穫の機械化が難しい棚田は減り続けているという。

葉葺は今、棚田を守るための商品作りを考えている。棚田の米を使った酒や味噌などで共通のブランド商品を作るというのだ。

「味噌、酒蔵と増えていくなかで、米の使い方がおむすび以外でもできるようになってきた。棚田に関わっていきたいと思っています」(葉葺)

地方を元気にする会社を作るため、葉葺は若手の育成にも取り組んでいる。

和僑商店HD傘下の「越後味噌醸造」。大胆な演出で客を盛り上げていたのは、葉葺から社長を任された木龍康一(34)だ。木龍は「味噌業界にいたわけではなく、分からないことだらけです」と笑う。さらに、漬け魚の「小川屋」の社長を務めるのは大橋祐貴(31)だ。   

葉葺は、行動力と柔軟な発想のある若い人材に積極的に老舗を任せている。

「大変な思いをすることもありますが、いい挑戦者たちが集まってくれています」(葉葺)

~村上龍の編集後記~

寿司は世界的になったが、国内では米も味噌も醤油も日本酒も消費量が減少している。海外展開を進めようとする日本酒メーカーもある。「和僑」は、「海外への飛躍を目指す日本商人」という意味の造語らしい。

だが、葉葺さんはまず、地域に眠る「和の食品・食材・調味料」を資産として再発見し、付加価値を与えることを考えている。

「十石」のおむすびは、ふんわりしていた。厳選された具材を引き立たせるためだろう。

おむすびは今後、どれだけバリエーションを新たに獲得できるか。日本の食を左右する象徴的な問いだと思う。

<出演者略歴>

葉葺正幸(はぶき・まさゆき)1973年、新潟県生まれ。法政大学卒業後、愛宕商事入社。2001年、和僑商店設立。2017年、和僑商店ホールディングス設立。

(2018年8月2日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)