コメのおいしさ&健康革命!日本の農家を救う発明王・「金芽米」の東洋ライス/読んで分かる「カンブリア宮殿」

おいしくて健康にいい!お米の常識を覆す金芽米

東京・銀座になかなか予約が取れない大人気の店がある。「近畿大学水産研究所」。不思議な名前の食事処は、お昼前に訪ねたのに席はもういっぱいだ。

客のお目当てはマグロだ。この店で使っているのは近畿大学水産研究所が世界で初めて完全養殖したクロマグロ。一番人気は「近大マグロづくし丼」(2500円)。もうひとつのこの店の評判は「ご飯がおいしい」こと。「いろいろな業者のお米を使う中で、金芽米が甘みがあって一番おいしかったので、使わせていただいてます」と言う。

金芽米の魅力はおいしさだけではない。金芽米に惚れ込んだのが「タニタ食堂」。ヘルシーメニューで人気の店だ。日替わり定食は一汁三菜。バランス良く栄養が取れるメニューに金芽米が一役買っている。普通の米と栄養価が違うのだ。

「栄養価は玄米並みにあって、白米以上においしいので、うちのコンセプトとマッチしていました。通常のお米と比べて、食物繊維、ビタミン、ミネラルが豊富になっています」(丸の内「タニタ食堂」の加藤めぐ美さん)

さらにこの金芽米は普通のお米よりカロリーは10%ほど低めだ。「家でも食べたい」と言う声に応え、「タニタ食堂の金芽米」として販売も。ネット通販で人気商品となっている。

米離れが進む中で、金芽米の生産量はグングン伸びている。この金芽米を作っているのは1社だけ。それが東洋ライスだ。

和歌山県和歌山市に東洋ライスの本社はある。1961年、精米機器のメーカーとしてスタートし、その後、米の加工事業にも進出。米をおいしいご飯に変える会社だ。従業員は170人、売上げは82億円に上る。

完成まで30年!精米技術が米の味と栄養を変える

荒川静香さんが出演したCMでも知られる金芽米。その生みの親、社長の雜賀慶二(83歳)は、「米というのは産地、品種で味が決まるとされていますが、それより大きいのは精米の仕方です。金芽米はこれまで捨てていた糠のおいしい部分を残しているので、今までの精米の仕方よりも味がうんと上がる」と言う。

金芽米は銘柄ではなく、特殊な方法で精米された米なのだ。大阪府田尻町のリンクウ工場には、雜賀自身が開発した、金芽米の精米を行なう特殊な機械がある。

そもそも米は精米によって大きく二つに分けられる。籾から籾殻を取ったのが玄米。糠と胚芽は残っている。そこから糠と胚芽を取り除いたのが白米だ。栄養価は玄米の方が高いが、おいしさでは白米、というのが一般的な見方。金芽米は白米以上においしいのに、玄米に近い栄養を持つ米だという。

「お米には糠の層と白米の層の間に亜糊粉層というおいしくて栄養成分の多い部分がある」(雜賀)という。その亜糊粉層を残したのが金芽米。亜糊粉層には旨味成分が多く、金芽米の甘みや旨味は、白米の2割増しとなる。また栄養面では、ビタミンB1は7倍、腸内善玉菌を増やすオリゴ糖は12倍もある。さらに免疫力をアップさせるLPSと言う成分を白米の6倍も含んでいるのだ。

これだけ魅力的な亜糊粉層だが、0.01ミリという薄さのため、精米する際、残すことができなかった。「普通の精米機では亜糊粉層が糠と一緒に取れてしまう」(雜賀)のだ。

その難題を雜賀は技術で乗り越えた。米の糠や胚芽を取り除く「精米」を行う精米ロールには、V字型の突起が付いている。中に玄米を入れ、精米ロールを回すと、V字型にへこんだ部分に玄米が集まり、こすれ合って糠や胚芽が取れる。この時、従来の精米機では栄養のある亜糊粉層も取れてしまっていた。

そこで雜賀は、既に確立されていた精米法を一から見直し、あらゆる可能性を探った。気の遠くなる試行錯誤の末たどり着いたのは、145度だったV字の角度を167度に広げることだった。こうすると、玄米の擦れあう力が微妙に減る。さらに精米ロールの回る速度もゆっくりにし、糠を取りながら亜糊粉層を残すことに成功したのだ。

「私にとっては米が語ってくれるんです。『ここがちょっときつく当たりすぎている』『ここが弱い』と、私なりに感じるんです。それを数えられないくらいやりました」(雜賀)

試行錯誤を始めたのは40年前。完成までなんと30年の歳月がかかった。そこには思わぬ副産物も。金芽米をよく見ると、本当に金色の部分がある。偶然残った胚芽の底の部分で、ビタミンB1やEなどを豊富に含んでいる。これが命名の由来だ。

金芽米は2005年に発売開始。雜賀の執念の結晶が世に広まっているのだ。

お米のエジソン~83歳発明王の秘密

雜賀には本社で毎日のようにやっていることがある。工場の組み立て室に向かい、組み上がった機械をチェック。見たり触ったりするだけでなく、機械と会話していると言う。

「機械を見ていて『ここがちょっとおかしい』と気づく。それを私なりに言うと、機械が『ちゃんと組めていない』と言ってるじゃないか、と」

雜賀はこれまで、精米機以外の機械も数多く発明してきた。例えば「色彩選別機」。精米後に、色の変わった悪い米をはじく機械だ。高感度カメラで色の違う米を識別し、エアガンで吹き飛ばすのだ。また「マルチ味度メーター」は、炊いたご飯を入れてセットすると、米の味を数値化することができる世界初の機械だ。

雜賀の発明力には周囲も驚くばかり。エンジニアリング部の佐古光弘は「発想がみんなと違うところから来るので、自分たちにはない考えで、驚くことばかりです」と言う。

雜賀は1934年、和歌山市で生まれた。実家は精米機の修理などを行う小さな工場。子供の頃からモーターや部品がおもちゃ代わりだった。

そして20代にして発明の才能は開花する。きっかけは米屋で精米機の出張修理をしていた時のこと。雜賀は客の「ここで買った米に石が入っていて歯が欠けてしまった。どうしてくれるんや!」という怒鳴り声を聞く。

当時は米に小石が混ざっていることがあったのだ。雜賀は取引先の精米機メーカーに石を抜く機械を作れないか聞いてみると、「それは無理。日本人は何百年、何千年とお米を食べて小石を噛んできた。何とかなるんだったらとっくになっている」が、答えだった。

「それなら俺が作る」。雜賀は石抜きの方法を考え抜き、遂には試作機を作り上げた。それとほぼ同じ物が、現在も工場に残っている。振動させると、比重の軽い米は上に、重い石は下になる。さらに下から空気を吹き付けると、米は振動で右側に落ちていくが、石は空気で吹き上がり、左側に昇っていくというのが原理だ。

「私は自分が米になったつもりで、機械の中に入って『こうなるかな?』『ああなるかな?』と想像しながら、ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返しました」(雜賀)

1961年、雜賀は27歳の時にこの石抜き機を発売。すると全国の精米機メーカーが販売契約を求めて殺到した。その儲けで、小さな町工場は大きな工場を持つメーカー、東洋精米機製作所に生まれ変わったのだ。

「『石を噛まなくて喜んでいる他の人のぶんを含めて、お礼申し上げます』というお手紙を頂いて、涙がこぼれるほど嬉しかったです」(雜賀)

発明はお米だけじゃない~野菜をおいしくする「米の精」

とがずに炊ける手軽さで世にすっかり浸透した無洗米。実はこれも雜賀が生み出したものだ。普通に精米した白米は、洗わないと糠くさい。原因は米の表面に残っている肌糠。粘着性があるので洗わずに取るのは不可能と言われていた。

雜賀はこの難問も15年かけて解いた。57歳にして、水を使わずに肌糠を取り除く精米機を作り上げたのだ。無洗米用に精米した米を見ると、肌糠がきれいになくなっているのが分かる。1991年、東洋ライスはこの画期的な無洗米を世界に先駆けて発売した。

さらに無洗米の開発を通じて、驚きの商品も生み出した。

山梨県北杜市の野菜農家、井上能孝さんが畑に撒いているのは東洋ライスの有機肥料「米の精」。それをひとつかみ口に入れた井上さんは、「人間が食べても無害だから植物にとっても安全性が高い。食べると甘いんです」と言う。

原料は無洗米を作る際に取り出した肌糠だ。井上さんは化学肥料も農薬も使わずに野菜を育てている。「米の精」は有機農家に大人気で生産が追いつかない状況なのだ。

「もともとは山林で土がカチカチだったのですが、『米の精』を使うようになってからフカフカになりました」(井上さん)

フカフカにしてくれるのは、様々な菌。「米の精」には土の中の菌を活性化させる特性があり、土を柔らかくするだけでなく、アミノ酸やビタミン、ミネラルなども作り出してくれる。当然、野菜にもいい影響が。植わっていた小カブを抜いてみると、ヒゲのような根っこが長く伸びていた。

「土がフカフカになって根がしっかり伸ばせるような環境ができたんです。水分や栄養分を野菜がしっかり吸収するようになったと思います。味も『米の精』を使うようになってから甘さが出るようになりました」(井上さん)

東洋ライスの技術から、お米だけでなく、おいしい野菜も生まれていた。

ジリ貧農家を救う金芽米~日本の高品質米を海外に

去年7月、東洋ライスの米が「世界一高額なお米」としてギネスに載った。1キロ1万1304円。普通の米のおよそ30倍だ。中身はコシヒカリなど6品種を、独自の技術でブレンド、熟成させたもの。ひと月で275キロが完売した。

「米と卵はとにかく安すぎる。もっと高くても価値があると思うんです。生産者も米が高く売れるようになれば意欲も出る。そうしなければならないと考えています」(雜賀)

高い技術力で米の価値を上げる東洋ライスは今、日本各地の農家と手を組み、米農家の後押しにも動き出している。

その一つが鳥取県の若桜町。山間に棚田が広がる昔からの米の産地だが、近年は厳しい状況に陥っていた。ご多分に洩れず過疎化が進み、米の作り手は減る一方。米の生産量もジリジリ減り続けていた。

しかし5年前、突然V字回復を果たす。実は「タニタ食堂の金芽米」用に東洋ライスが買い上げを始めたのだ。

「東洋ライスさんがいなかったらただの米になってしまうと思いますが、若桜の米にも付加価値がついたかなと」(小林昌司町長)

「消費が少ないこの世の中で、たくさん売ってもらえる。本当だったら減反とか荒れた田んぼが出るはずだが、そういうところがないんです」(農家の浅井裕さん)

現在、金芽米の原料となる米の産地は全国20県以上に拡大。有名品種だけでなく、およそ30種類もの米が採用されている。さらに東洋ライスは、苦しい状況にありながらいい米を作っている産地に積極的に声をかけ、提携先を増やしているのだ。

そして今年から始めた新たな取り組みも。この日、島根県安来市で集められたのは、無農薬で米を作っている農家だった。彼らを前に、東洋ライスの阪本哲生副社長は「日本と海外だと商品の選び方が少し違うんです。海外の米の売り場に行くと、オーガニックがすごく増えている」と語る。

海外市場をにらみ、無農薬の金芽米を作ろうというのだ。既に世界11カ国に販路を切り開いた。健康志向が強い海外で、日本のおいしく安全な金芽米をアピールしていくつもりだ。

米農家の河津幸榮さんは、「ぜひここで取れた『きぬむすめ』が東洋ライスさんの技術とマッチして、世界中の方に食べていただきたい」と言う。

米と米農家の新たな未来を、東洋ライスは作ろうとしている。

発明王の自信作~「新玄米」が赤ちゃんとママを笑顔に

今でも知恵をしぼる雜賀は一昨年、81歳にして新しい発明も。それが「金芽ロウカット玄米」だ。金芽米の技術を玄米に応用したこれまでになかった米だと言う。

一見、普通の玄米だが、栄養価の高さはほぼ玄米なみで、白米のように食べやすい米を実現した。

この新しい玄米に注目し、いち早く導入したのが東京衛生病院。去年の秋から病院給食に金芽ロウカット玄米を採用し、手応えを感じていると言う。

「普通の玄米はどうしても独特の硬さや香りがありますが、これは白米に近い食感、食べやすさがある。特に産科の方を中心に使うようにしています」(栄養科・渡邉恵一さん)

出産直後の母親たちからも「食べやすい」「おいしい」と好評を博している。雜賀の発明がこんな命の現場にも届き、笑顔を生み出していた。

数々の発明に成功してきた雜賀だが、戦争中だったため、「学校教育を受けたのは小学校1年生と中学校3年生のときだけ」だと言う。そんな雜賀はスタジオで「発明にとって何が一番重要か」と問われると、「知恵」と言い切っている。

「いまの学校教育は、知識は植え付けるけれど、知恵を鍛える教育はほとんどないんじゃないかと思う。知恵を鍛えることは誰でもできる。苦労させれば一生懸命、頭を使いますから、知恵を磨くことになると思います」

~編集後記~ 

「米や機械の声が聞こえる」と雜賀さんが言って、「ゴールが明確で、現状足りないところを考え抜いているとき、対象が話しかけてくる気がする、小説も同じです」と応じた。

職種は違うが、同じく創造者だと思った。

今は、技術者の時代だ。情報・知識と、技術が、飛躍的に進化して広く速く伝播するようになり、それらの組み合わせが天文学的に増え、イノベーションが主役になった。だが、雜賀さんは正真正銘の発明家だ。

「玄米の色は、実に美しい」

誰よりも長く、真剣に米を愛し、常識と闘ってきた人だけが持つ言葉だと思う。

<出演者略歴>

雜賀慶二(さいか・けいじ)1934年、和歌山県生まれ。中学卒業後、家業の精米機販売・修理に従事。1961年、東洋精米機製作所を立ち上げる。1985年、東洋精米機製作所社長に就任。2013年、東洋ライス社長に就任。