世界トップシェアが続々~失敗を恐れない技術屋集団の復活劇!/日本ガイシ/読んで分かる「カンブリア宮殿」



地味だけど意外にスゴい~知られざる黒子企業

送電の鉄塔についているそろばんの玉のようなガイシ。これが重要な役割を果たしている。もし鉄塔に電線を直接つなぐと、電気が鉄塔から地面にまで伝わり、危険な状態になる。そこで電気を通さないガイシを鉄塔との間に取り付け、電気の流れを迂回させる。こうすれば電気は鉄塔には伝わらず、安全に送電できるというわけだ。

日本のインフラを支える鉄塔用ガイシで国内シェア約9割。年商4600億円の知られざる黒子企業が日本ガイシだ。

愛知・小牧市の日本ガイシ小牧工場。100年の歴史を持つというガイシ作りだが、その原料は鉱物を含んだ粘土。これを焼いて作るセラミックの一種だ。

粘土だから成形は自由自在。一瞬でガイシの形になる。粘土を成形し、焼いて作る。驚きはその強度だ。焼き物なのに、叩いても割れない。数十トンの重さに50年耐えられる強さを持っている。

電力技術研究所の一角にそびえ立っていたのは、変電所などで使われる高さ11メートルのガイシ。潮風などを受けて汚れると、ガイシの表面を電気が流れるようになってしまう。そこで、わざと塩水をつけて実験しているのだ。こうして、あらゆる環境で使えるガイシを作っている。

人知れず品質を磨き、安全性を高め続け、今や世界の100カ国以上が採用。掛け値なしのトップメーカーとなった。

そんな日本ガイシの前身は、同じ焼き物でも洋食器を作っている老舗メーカーの「ノリタケ」。ちなみに便器のメーカー「TOTO」も「ノリタケ」から枝分かれした兄弟会社だ。

日本ガイシが作るのはガイシだけではない。実は世界の車のおよそ半分に使われている部品も製造している。

トイレットペーパーのような形をしたハニセラム。これもセラミックで素材は粘土だ。よく見ると小さな穴がビッシリあいている。穴の大きさは1ミリで、壁の厚さはわずか0.05ミリと、ティッシュペーパーと同じくらい。壁が薄いから、横にかざすと網目を感じさせず、透けているように見える。

このハニセラムは車のエンジンから出た排ガスを浄化する部品。サイズは手の平に乗るほどだが、内部の穴の表面積はサッカーコート2面分にもなる。

その開発現場はもちろん関係者以外立ち入り禁止。今回、「社員でも限られた一部しか入れない」というエリアに特別に入ることを許された。

いくつもの研究棟が立ち並ぶ日本ガイシの研究開発の心臓部。セラミック技術を使った半導体の研究や次世代電池など、20を超える研究が同時進行している。研究開発にかける予算は売り上げの5%。現状で年間200億円以上が使われている。

厳しい取材制限の中、一箇所だけ研究室内の撮影が許された。開発中の製品は「これまでにない世界初のガス分離用のセラミック製品」(研究開発本部・新野真紀子)だ。

サブナノセラミック膜という、天然ガスから二酸化炭素を分離するフィルター。完成すれば天然ガスの採掘量を飛躍的に伸ばせる、エネルギー産業界待望の製品だと言う。

「とにかく他社に負けない いいものを、技術では負けないという心意気で作っています」(新野)

現在所有する特許は8000件を超える。セラミックの技術力を武器に、日本ガイシはオンリーワン、ナンバーワン製品を次々と世に送り出してきた。

トップも元機械屋~売上海外比率7割のグローバル企業

日本ガイシ12代目社長の大島卓は、世界でオンリーワン製品を生み出した元・機械屋でもある。

そのオンリーワン製品、NAS電池が今、沖縄・浦添市で活躍の出番を待っていた。現場の広大な敷地は2年後には新しい一つの街になると言う。エネルギーを融通しあって省エネを実現するスマートシティだ。

街づくりにあたる「浦添分散型エネルギー」の髙本秀人さんによれば、大容量の蓄電が可能なNAS電池を選んだ理由は「安いから」。NAS電池の導入費用は、一般的な蓄電池の半分以下で済むという。さらに、「コンパクトなことが非常に重要な要素」だと言う。設置スペースは従来の蓄電池の4分の1程度。だから敷地に余裕が生まれる。蓄電池にありがちな劣化も15年間しない。まさにオンリーワン技術の結晶なのだ。

「NAS電池の原理はアメリカのフォードが1960年代に発表し、世界中の研究機関が研究してきたけれど、実用化に至ったのはうちだけです」(大島)

NAS電池は世界200カ所以上に導入。様々な分野で引っ張りだことなっている。千葉・柏市の「ららぽーと柏の葉」では、夜間の安い電力を蓄えることで、驚きの成果を上げていた。

「約20%、電力会社さんから購入する電力を削減することができています」(三井不動産・小林悟さん)

去年、100周年を迎えた日本ガイシ。今や従業員は世界に約2万3000人。売り上げの7割以上は海外という正真正銘のグローバル企業だ。売上高もこの8年で倍増、去年は過去最高の4635億円をたたき出した。

「他社と何が違うのかということを開発のコンセプトに。日本ガイシにしかできない技術かどうか、それが非常に大事です」(大島)

失敗を恐れず挑戦を~損失600億円の舞台裏

日本ガイシの本社の一角に、会社の歴史を展示したコーナーがある。そこには100年以上前にアメリカから持ち帰られたガイシの欠片が。全てはここから始まった。

明治時代後期。電気は普及し始めていたが、送電用のガイシは輸入品に頼っていた。そこで日本ガイシの前身「ノリタケ」に国産化の依頼が舞い込んだのだ。

「近代化に向けて、日本でガイシを作れないかと。ガイシの国産化を国家のためにやっていこうという会社です」(大島)

いざ製造に乗り出すと、近代化の波に乗りガイシの需要は急増。「ノリタケ」から独立する形で1919年、日本ガイシが誕生した。

しかし1960年代になると日本中の送電網がほぼ整備され、会社は転機を迎える。ガイシだけを作っていても、この先、需要は望めない。5代目社長の野淵三治が下した決断が「失敗を恐れず挑戦する開発型企業への転身」。しかし、それは楽な道ではなかった。

「開発は現実に時間がかかるんです。誰でもできることをやると負けてしまうから」(大島)

他にはないものを、時間をかけてでも生み出す。それが日本ガイシのスタイルとなり、強みとなっていく。実際、NAS電池は18年に及ぶ年月を経て完成している。その開発の中心人物が大島だった。

「自分たちで作らないと、外で売っているものではありませんから」(大島)

電池の設計から量産化設備の実現まで、一歩一歩やり遂げた。しかしその一大プロジェクトで、大島は生涯忘れることのない大失敗を経験する。

それが2011年、取引先の工場内で発生したNAS電池による火災事故だ。1本だけ製造不良の単電池があり、ショートして火が出てしまった。

「その時は事業部長で責任者です。『これは大変なことになる』と、真っ青になりました」(大島)

「撤退しかないか?」という考えがよぎった時、大島は8代目の社長を務めた小原敏人(当時相談役)から呼び出しを受け、「大島くん、怯むな。大事なのはこれから何をしていくかだ。だから怯むな」と告げられた。

「すごい言葉でしたね。反省すべきことは反省して、早く次の対策に動くことが大事だということです」(大島)

大島は火事の原因を徹底的に調査すると同時に、全ての取引先からNAS電池を回収。出火対策を施すなどして、安全面で進化させたのだ。その費用は最終的に600億円にまで膨れ上がり、日本ガイシは設立以来、初となる赤字決算に追い込まれた。

「いま若い従業員に言っているのは、『失敗しても600億円はかからないだろう』ということ。技術は失敗の積み重ねだから、『失敗するからやりません』は逆でしょうと」(大島)



従業員がいきいき働ける~挑戦する技術屋集団の秘密

「失敗を恐れず挑戦する」。そんな姿勢が色濃く現れるのが研究開発の現場だ。

半導体の新素材の開発にあたるチームのリーダー、研究開発本部 副本部長・七瀧努。彼らが作ろうとしているのは、ガイシ作りで培った技術をベースに生み出した高性能半導体向けの新しい製品だ。

「今までのものより、省エネになって強い力を出せるようになる半導体基板です」(研究開発本部・倉岡義孝)

このチームが去年、世界で初めて完成させたのが6インチサイズ。これが実用化されれば、電動航空機やAIロボットなどの分野で生かされると言う。ここまで来るのに実に15年を要した苦心作だ。

「結晶を作るにあたって、不純物が入ったり、割れてしまうことあり、その問題をクリアするのに相当苦労してきました」(七瀧)

「時間がかかっても、世の中になかったものを作る」というポリシーのもと、会社が一丸となって新製品を生み出していく仕組みも作った。それが「チャレンジ30」。発売から5年以内の製品で売り上げの30%を達成しようというプロジェクトの元、さまざまな研究が同時進行で進められている。

その一方で、大島はいろいろな部署に顔を出し、働きやすい環境を作るべく現場の声を聞いて回っている。

「困っていることがあるかを聞いたり。やはり現場に足を運ぶといろいろなことに気が付きます」(大島)

この日は製造技術の管理部へ。各所から出される膨大な申請を取りまとめる部署だ。そこで大島に訴えられたのは申請書の問題だった。大多数の申請書に記入漏れなどのミスがあるという。申請書を見ると、記入項目が90カ所以上と確かに大変だ。また、例えば設備投資の予算申請には「計画予算」と「申請額」の枠があり、どう違うのか分かりにくい。セミナーなども開いているが、ミスは無くならないという。

話を聞いていた大島は「この申請書は何のためにあるのか。このやり方でいいのか、問い直すいいタイミングだと思う」。「申請のやり方そのものを見直してみては」と提案した。

するとみんなの顔が明るくなった。部員の1人は「20年間同じものでやっていて、ガラッと変えたかった。『いいよ』と言われたので、変えていきたいと思います」と言う。

現場が改善されれば会社もよくなる。この変化を求めて、大島は社内を地道に回っているのだ。

「いろいろなことをやっていいんだ、変えていいんだ、と。実際にやるのは人なので、人の質が上がれば会社の質も上げていける」(大島)

財布の悩みが解消できる~驚きの新商品を公開

山梨・都留市のNGKセラミックデバイス都留工場。日本ガイシがまた画期的なモノを作った。それは四角くて小さな製品。「エナセラ」と名付けられた電池だ。

中にはコピー用紙1枚ほどの薄い板が入っている。これが技術の結晶だった。

「電池の電気を蓄えるタンクになっており、重要な部品になります」(パワーデバイス部・小泉貴昭部長)

「エナセラ電池」をきっかけに開発が始まったものもある。その名も「スマートカード」。薄い電池を入れたことで複数のカードの登録が可能に。1枚に20~30種類分が入る。「財布がカードだらけ」という悩みを解消できるのだ。

指紋認証の機能も付いている。右下の黒い部分に登録した指をつければ、持ち主を認証。本人しか使えないから、支払い時のサインもいらなくなる。

「スマートカード」は早ければ来年にも実用化される見通しだ。



~村上龍の編集後記~ 

碍子単体での売り上げは今や1割もない。5割は自動車関連、「ハニセラム」は生産累計が16億個を超えている。碍子とハニセラムがどう結びつくのか。キーワードはセラミックだが、「陶器の壺」程度の知識しかなく、調べようにも、技術が高度すぎた。

だが、1つだけ、確かなことに気づいた。全社一丸となり、伝統として「成熟化」を拒む。しかも成熟が顕在化する前に挑戦を開始する。そして、その姿勢は、「碍子」によって培われた。先端企業にふさわしくない古い故事だが、「三つ子の魂百まで」は真実だと思った。

<出演者略歴>

大島卓(おおしま・たく)1956年、東京都生まれ。1980年、東京工業大学を卒業後、日本ガイシに入社。2014年、社長就任。

(2020年2月20日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)