次世代ビジネスの挑戦者たち第4弾!「売れない時代に売る極意!」/メロウ/バニッシュ・スタンダード/読んで分かる「カンブリア宮殿」

個性派トラックに客殺到~新たな仕組みで儲かるビジネス

コロナショックの中でも変わらず稼ぎまくっているビジネスがある。行列を生んでいるフードトラックだ。

銀座の一等地にある空地には続々とフードトラックが集まってきた。昼時になると、近くで働くビジネスマンが集まってくる。わざわざこれを目当てにやってくる人も多いとか。

いろいろなタイプの料理が楽しめるのもフードトラックの魅力だ。ハワイ料理の「モチコチキン」(700円)は、衣に餅米から作った餅粉を使っているから食感はモチモチ。「コチュ温玉焼き肉飯」(850円)はご飯の上に焼き肉を乗せてトッピングには温玉を。「ビーガンランチボックス」(800円)は野菜がたっぷり入ったヘルシーメニューだ。

この場所にやってくるフードトラックは日替わり制になっている。だから毎日通っても飽きることがない。

しかも専用のアプリまで用意されている。トラックが出ている場所を確認できるだけでなく、その場所にどんな料理のトラックが来るのか、曜日ごとに分かるようになっている。

アプリを開発したのは4年前に設立された東京・千代田区のベンチャー企業メロウだ。従業員数32人。メロウは個人事業者のフードトラック900台を組織化し、280のスペースに送り込む、国内最大のフードトラック・サポート会社だ。

その仕事は、土地のオーナーと交渉して出店場所を確保、どの場所にどのフードトラックを行かせるのかを調整し、トラックから売り上げの15%を手数料として受け取るというビジネスモデルだ。

メロウがこの仕組みを作ったことで、新規参入が続々と増えている。

東京・日本橋。「アイランドキッチン」の杉崎佑樹さんが調理するのは炭火で焼くジャマイカ料理の「ジャークチキンボックス」(750円)。バーベキューソースとチリソース、2種類のソースを使った甘辛い味付けが人気。1日で平均6万円を稼いでいるという。

「ジャークチキンなら一番になれる。カレーや焼き鳥では勝てないなと思いました。カリブ海の料理は日本に浸透していないので、これから流行するんです」(杉崎さん)

21歳の時にジャマイカに渡り、そこで出会ったジャークチキンにほれ込んで開業した杉崎さんが日本橋の一等地で商売ができるのも、メロウに加盟したおかげだという。

「自分では借りられないですよ。この場所のタイル1枚分も借りられない。自分では交渉できないような場所を交渉していただけるので、ありがたいです」(杉崎さん)



弁当から他の食品にも~進化系「移動販売」の秘密

メロウ共同代表の石澤正芳(48)はもともとIT企業のシステムエンジニアだった。しかし、一日中パソコンの前にいることに嫌気がさし、3年で退社。大好きなコーヒーで勝負しようと、29歳のときにカフェカーをオープンする。

コーヒーなら商売敵にならないと、ほかの移動販売の店主たちが気さくに声を掛けてくれるようになった。だがあるとき、警察官がやってきて路上駐車を注意。店主は大慌てでその場を立ち去った。

当時、まだ移動販売はまっとうな商売と見られてなく、駐車スペースを貸してくれる人などいなかった。そこで多くは路上に車を止め、ゲリラ的に販売していたのだ。

数日後、石澤がその場所に行ってみると、いつものフードトラックは来ておらず、残念がる常連客の姿が。「なぜ僕らが大手を振って商売できる場所が無いんだ」と思った。

「突然次の日から行けなくなって、行くところもなくなるなら、恐くて続けられないですよ。やめてしまうと二度と食べられないので、悲しくて悔しかった」(石澤)

そんな状況を変えようと、石澤はフードトラックが安心して商売できる新たな仕組み作りを目指す。土地のオーナーに、まっとうなビジネス相手と認めてもらうためフードトラックを組織化。出店場所を確保していった。そして2016年、メロウを創業した。

ベテランの店主たちは「最初は色眼鏡で見られていましたが、今はおかげさまで世の中に認められた」「メロウさんが現場を広げてくれたことで認知度が上がり、業界自体、仕事がしやすくなった」と、感謝の言葉を口にする。

フードトラックのサポートビジネスは右肩上がりで成長。いまや取扱高は13億円に及ぶ。

石澤はフードトラックビジネスをさらに進化させようとしている。それが食材の移動販売だ。

東京・江東区。トラックの中にあったのは弁当ではなく。「本マグロ 切り落とし」(734円)などの刺身。新鮮な魚が並ぶトラックは、豊洲の仲卸業者「泉久食品」が運営している。たちまち近隣のマンションの住民が集って来た。住宅地では、弁当よりオカズがよく売れる。およそ2時間でほぼ完売となった。

「1日で12万円。やってびっくりです」(泉久食品・蝦名嘉弘さん)

石澤が目指すのはこの仕組みを使った移動型の商店街だ。

「いろいろな種類の魚屋さん、八百屋さんを集めて、移動型の商店街になってもいいかもしれません」(石澤)



苦境のアパレルを救った~売り上げアップの仕掛人

アパレル業界では新型コロナで通販が伸びる一方、店にはまだ客が戻っていない。そんな中で、人の3倍も売る凄腕販売員が、東京・立川市の「マウジー ルミネ」立川店の田中梨花さん。1人で月300万円も売る。

田中さんは一児の母でアルバイト勤務。勤務中、暇な時間を見計らって、自分が気に入った秋用の服を合わせると、自分で着て、お気に入りの場所で写真を撮り出した。写真を送った先は「スタッフスタート」。撮った写真をブランドの通販サイトに投稿できる販売員専用のアプリだ。

ブランドの公式通販サイトを見ると、アプリを利用する販売員の写真がずらりと並んでいる。その中から田中さんをクリックすると、田中さんの専用ページに飛んで、投稿した写真を見ることができる。お客がそこから気に入った写真を選ぶと、田中さんが着ている服を買うことができる。

通常のネット通販の場合、お客は直接本部から買う形になるので、店や販売員はいわば素通り。しかし、販売員の写真を見て買う「スタッフスタート」なら、どの店のどの販売員が売ったかが分かるようになるのだ。

「ネットで売れて店舗で売れないと、悲しい気持ちになっていたので、そこは変わりました。欠かせないです」(田中さん)

しかも、メーカーごとに売った販売員のランキングまで表示される。田中さんは見事2位。これが収入にも跳ね返るという。

「お給料にプラスしてインセンティブが入ります。給料にプラスして平均5万円は貰えるので、ありがたいです」(田中さん)

熱烈なファンもいる。東京・昭島市の小野沢さん母娘の2人が買っているのは田中さんがお薦めした服ばかり。「モデルだと別の世界の人。背伸びしなくてもそのままを写しているから親近感が湧きます」と言う。2人あわせて120万円も田中さんから買ったという。

販売員の魅力を武器にネットで売る新たな仕組みを導入した企業の中には、通販の売り上げが3倍になったところもあるという。大手アパレルもこぞって採用。そのブランド数はいまや1000を超える。

「スタッフスタート」を作った東京・六本木のバニッシュ・スタンダードは2011年創業のベンチャー企業。導入したアパレル企業からの基本料金と売れた分の成果報酬が収入源だ。スタッフスタートを進化させるためさまざまな新機能を開発中。例えば販売員のシフト表。お気に入りの販売員に会うために客が店に来て買ってくれれば、店も儲かる。そんなことも考えている。

社長の小野里寧晃(37)は「『スタッフスタート』はまだ5%しかできてない。あと95%の(販売員が)困っていることをやっていく。やること満載です」と言う。



金髪・ピアスから大変貌~業界を変えた新ビジネス

小野里は1982年、群馬県の生まれ。大学に入ったものの、アルバイトに明け暮れ、揚げ句に1年で中退。始めたのはクラブのDJだった。

当時はITバブル全盛。ライブドアやミクシィが世間の話題を集めていた。小野里も一旗揚げようとウェブ制作の専門学校に入学する。就職活動では、ありのままの自分を見てほしいと、金髪にピアス姿で300社を受けた。ところが「300社落ちました。自分の中では衝撃で、自分の価値って何なんだろう、と」(小野里)。

そんな小野里の人生を変えた人がいる。東京・渋谷区のウェブ制作会社「キノトロープ」社長・生田昌宏さんだ。大手企業のサイトを手掛けるこの会社が小野里を採用してくれた。

「見かけは悪いし、頭も悪い。普通の会社は雇わない。一緒にいたメンバーも『何で?』と」(生田さん)

何でもやることを条件に入社した小野里に生田さんが命じた仕事が、熱帯魚が入った巨大な水槽の管理。1年間毎日、餌やりや掃除だけを徹底してやらせたのだ。

「周りからは『水槽掃除屋』と言われていました。あと『バカ里くん』。悔しかった」と言う小野里。同僚に笑われ、後輩には先を越されていく。今のままではダメだと、火がついた。本気で仕事を覚えるため、会社に泊まり込み、人の3倍働いた。

「人生で認めてもらえたことがなく、でも自分はできると思っていて悶々とするなか、初めて試練が来た時に、これが突破できなかったら男としてダメだろうと」(小野里)

いつか小野里は大化けすると、生田さんは信じていたという。

「何でもやると言う人はいるが、何でもやる人は少ない。やる気があると言う人はいるが、本当にやる気ある人は少ない。何でも情熱を出してやるのは素晴らしい」(生田さん)

努力が実を結び、小野里は次第に仕事を任されるように。3年目には、ファッションの通販サイトを制作する部門の責任者に抜擢される。通販サイトの運営から商品の発送までを一手に引き受けるサービスを構築し、売り上げを伸ばした。

「一生懸命やっているうちに、『バカ里くん』が『小野里くん』に変わって、1年たつと『小野里さん』と言う人が出てきました」(小野里)

28歳の時、生田さんからファッション部門を譲り受ける形で独立、バニッシュ・スタンダードを創業。しかし、駆け出しのベンチャーに回ってくるのは、納期の短い格安の仕事ばかりだった。忙しいのに給料は上がらない。そんな会社に見切りをつけ、社員は次々と辞めていく。ついに1人もいなくなり、残ったのは数億円の借金だけだった。

「情熱を持って仕事をしたら、空回りして、みんなが辞める。本当にショックで、どうしようかな、死のうかなと思うくらいでした」(小野里)

どん底の中で、小野里は友人のアパレルの店長から投げつけられた言葉を思い出す。

「通販サイトは大嫌いだ。俺らは通販サイトに客を取られて、仕事がなくなるんだよ」

どうせ潰れるなら、最後にそんな状況を変えてやろう。小野里は社員ゼロの中、フリーのエンジニアを雇い、販売員が評価されるアプリの開発に取り組む。そうして2016年、ついに「スタッフスタート」を、完成させたのだ。

今では全国1万店、7万人の販売員が「スタッフスタート」を活用している。東京・千代田区の「ル ドーム イエナ」丸の内店・遠藤真彩さんの月の売り上げは1800万円。月に数千万円を売る人も続々と誕生している。「スタッフスタート」を経由した販売額は、わずか4年で800億円を突破した。

「令和はプロフェッショナルが生きる時代だと思います。プロフェッショナル対お客。販売のプロがどんどん出てくる」(小野里)

いま小野里は、「スタッフスタート」をアパレル以外にも、広げようとしている。例えば結婚式のプランナー。これまでに手掛けた結婚式の画像をアップし、その画像を経由して来店予約が入ると、プランナーが評価される。化粧品の販売員であれば、メイク術を投稿し、そのページから購入されると評価が上がる。

スタッフの個性をネット上で活用する動きは、さまざまな業界に広がりつつある。

「働いている皆さんの現場が楽しくなると嬉しいから、もっと頑張ってサービスを提供していこうと思います」(小野里)



~村上龍の編集後記~

バニッシュ・スタンダードという意味は「常識を消す」だ。小野里さんは、リアル店舗を存続させるECサイトを目指す。メロウは「芳醇な」という意味で、石澤さんは、フードトラック業界と空き地活用に精通している。

まったく違う業種だが、共通点がある。両社とも、ITを駆使しているが「動いているのは人」だということだ。そこには笑顔があり、涙や汗が流れ、呼吸音が聞こえ、血液が流れているのがわかる。人が好きなんです、と、石澤さんは言った。リアル、サイコーと小野里さんは言う。リアルとは、「生きている人間」のことだ。

<出演者略歴>

石澤正芳(いしざわ・まさよし)1972年、東京都生まれ。2001年、カフェカーを開業。2016年、メロウ設立。2018年、共同代表に就任

小野里寧晃(おのざと・やすあき)1982年、群馬県生まれ。2004年、ウェブデザイン専門学校入学。2005年、キノトロープ入社。2011年、バニッシュ・スタンダード設立

(2020年10月1日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)