絶品しっとり&ふわふわ~行列を作るオーブンの秘密
千葉県習志野市にある大繁盛の洋菓子店「ル・パティシエ ヨコヤマ」。おいしそうなスイーツの中に圧倒的な人気を誇るものがある。それが岩のようなシュークリーム「岩シュー」(180円)だ。
濃厚なクリームもたっぷりでおいしそう。だが、客を魅了するのはその生地。薄皮はパリパリで、中はしっとり甘みがある。あまりの人気に、生地だけでも「シューラスク」(600円)として販売。これが飛ぶように売れていくのだ。
そこまで生地がおいしいのには秘密があった。見せてくれたのは「南蛮窯バッケン」というオーブンだ。オーナーパティシエの横山知之さんは「価格は一般的なオーブンの2~3倍はするんじゃないですか。でも最高のオーブンだと思います」と絶賛する。
価格は通常の業務用オーブンの2.5倍でも、これならどんな生地でもそのうまみを引き出し、しっとりと焼き上げてくれる。
この「バッケン」は日本屈指の有名店でも欠かせないオーブンだという。
週末ともなるととんでもない行列の客を集める兵庫県三田市の人気店「パティシエ エス コヤマ」。看板商品「小山ロール」(1404円)が客を熱狂させるのは生地の絶妙なふんわりとした食感だ。
その小山ロールの生みの親で、海外の賞も受賞してきた小山進さん。見せてくれたのが「バッケン」。「限界までふわふわ感に挑戦したい。その最強のパートナーが『バッケン』です」と言う。以前は、職人技だった生地の焼き上げ。しかし「バッケン」なら、どんな生地でもしっとりふわふわに膨らませてくれる。
「バッケン」はパティシエだけのものではない。神奈川県平塚市の主婦、中澤はな代さんの菓子作りの秘密兵器が家庭用の「プティ・バッケン」(54万円~)。「普通の家庭では買えない、ケーキ屋さんでなければ触れないものなので、すごくうれしいです」と言う。
「バッケン」を作るのは福岡県宇美町の七洋製作所という中小メーカー。社長の内山素行がここで作られているオーブンを説明する。
「プリンもスポンジも魚も肉も焼ける。画期的な機械だと思います」と言うのは、高い圧力をかけた蒸気で焼き上げるスチームオーブン「ゼン」。
「ただ焼けるのではなく、『いいものが焼ける』にかけています」(内山)
巨大なマシンは大量生産ができるロングスルーオーブン「バッケンリムジン」だ。
「商品を入れるとキャタピラが回って、出てくる時には焼けている。『バッケン南蛮』と同じように焼けるトンネルオーブンを作りました」(内山)
創業45年、年商20億円を超える七洋製作所は、海外15ヵ国に輸出するなど拡大を続けている。
部品一つから手作り~日本の洋菓子を進化させるオーブン
「バッケン」は他の窯と何が違うのか。そのオーブン作りは、部品一つから自分たちで手がけるという。ボディーの鉄板もゼロから切り出す。ほとんどが店に合わせたオーダーメードだからだ。
そして七洋製作所の最大のノウハウが、熱を逃がさないための断熱材にある。
「オーブンの内側に断熱材を、人間の手でものすごく手間をかけて1台1台に詰めていく。これが私ども独特のこだわりです」(内山)
ここまで手をかけてオーブン全体を断熱材で包み込む理由は、内部の熱を極力逃がさず保温性を高めるため。実は洋菓子職人たちには長年の悩みがあった。開け閉めするたびにオーブン内の温度が大幅に下がり、自分の焼きたい温度に保つことが難しかったという。
特に古くから使われてきたガスオーブンは困難を極める。福岡県飯塚市にある「ジャーマン ベーカリー」の菓子担当・幸崎祐仁さんは、「ガス窯はお菓子を置いた位置によって焼きムラが激しいんです」と言う。
そのガス窯は、熱源が両サイドにあるため均等に火を入れることが難しく、しかも扉の密閉度が低いため、内部の熱が逃げ、温度を正確に管理できないという。
「今回9分で焼けても、次回9分で焼けるかどうか分からないので、とにかく付いて見るしかない。時間を短く設定して確認するしかないんです」(幸崎さん)
これを解決するため、七洋製作所のバッケンは本体から扉まで徹底的に密閉度を高め、熱を逃がさないことにこだわった。扉も分厚くし、ぴったりと蓋をすることで、オーブン内部を完全に密閉してしまう。
「今のヨーロッパのオーブンはあまりドア周りに手間をかけてないんです。『バッケン』は全部の面が扉でパッキングされているから、熱を逃さない」(内山)
さらにオーブン内の焼きムラをなくすため、熱源はガスでなく電気ヒーターを使用。手作業で1本1本太さの違う電熱線を巻き、それを独自のノウハウで敷き詰めていく。これにより、オーブン内の温度がコンピューターで自由に制御できるようになった。
「今までは職人さんが状況を見ながら温度や時間を調整していた。ところがこれだけ炉内の気密性が高く温度管理ができ、炉内の温度と設定温度が同じになるオーブンができたことで、初めてコンピューター管理ができるようになったわけです」
先ほどの「エス コヤマ」では現在、7台もの「バッケン」を使っている。今まで職人がオーブンにつきっきりでなければ焼けなかった「小山ロール」の難しい生地も、バッケンなら大量に焼けるようになったという。
「昔の職人さんが教えてくれた細かい技術を『バッケン』は知っている。普通、オーブンというのはそれほど進化しないものだけど、内山社長は進化させてくれる。だからオーブンもお菓子も進化する。だから、日本の洋菓子は進化するんです」(小山さん)
今や全国で1万3000台が導入された「バッケン」。その威力は絶大だ。
長崎県大村市にできた「パティスリー ハジメ」はオープンして間もないのに大盛況。もちろん客のお目当ては絶品のスイーツだ。
初めて店を持ったというオーナーの田口陽一さんが絶対に譲れなかったのが、値段は高くても確実においしいお菓子が焼ける「バッケン」だった。「この窯は職人ならみんな憧れるんじゃないですか。いいものができるから」と言う。
田口さんはその焼き上がりはもちろん、おいしさに押し寄せた客の多さにも「すごい。ここまでとは想像していなかったです」と、驚かされたという。
「魔法のオーブン」誕生秘話~2度の倒産からの逆転劇
横浜市都筑区の「シャトレーゼ」に、知られざるヒット商品がある。もちろん、格安でおいしいケーキも売れているのだが、店内で人だかりができていたのは「無添加 契約農場たまごのプリン」(108円)の売り場。売れている理由は、驚くほどきめが細かい、なめらかな食感にある。
山梨県中央市にある「シャトレーゼ」の豊富工場では、プリンを作るオーブンを今までにない全く新しいものに変えたという。それが七洋製作所の開発したスチームオーブン「ゼン」だ。
これまでのプリンは湯煎で周りから温め、固めていた。しかし「ゼン」で焼けば、高圧の蒸気でプリンの中心部まで一気に熱を浸透させることができる。
「全体を蒸気で焼くので、非常にやわらかい焼き方になる。そのプリンは滑らかな食感が大きな特徴だと思います」(商品開発部長・齊藤勝久さん)
スチームオーブンの導入でプリンの売り上げは2割もアップ。すでに3台、「ゼン」を導入した。これは内山が長年シャトレーゼに通い詰め、そのニーズに応え続けてきた成果だ。
すでに半世紀以上、お菓子作りに関わってきた「シャトレーゼ」の齊藤寛会長も「一流のお菓子が作れる窯を作ってくれる。彼らは“お菓子のプロ”。彼らが作った窯だから安心して使えるんです」と、信頼を寄せる。
そんな内山だが、実は菓子作りはずぶの素人に過ぎなかった。
1956年、内山は、煎餅の製造を営んでいた家に産まれた。内山の父・善次は工業高校を出た無類の機械好き。そこで35歳の時、新たな商売に打って出る。
「これからは煎餅の時代じゃない、『機械の時代が来る』と。煎餅店の権利を譲って機械メーカーに転身したんです」(内山)
善次はベルトコンベアや商品を包装する機械などを開発するが、全く売れず、会社を2度も倒産させた末に思いつく。煎餅で培った焼きのノウハウを生かして、洋菓子を焼く窯を作れないか。
当時、内山はそんな父から離れて、東京の大学で体育教師になることを目指していた。しかしそこへ故郷から連絡が。善次が倒れたというのだ。実家へ戻った内山が目にしたのは、父が精魂込めて開発した「南蛮窯」というオーブンだった。
プロが喜ぶオーブンへ~お菓子作りに革命を起こす
試してみると、優れた密閉度でムラなく火が回り驚くほどうまく焼ける。しかし、「値段が他社のオーブンの3倍ぐらい高いから売れない。家業を継ぎ、この機械を売ることだけに集中しました」(内山)。
まず狙いを定めたのは、菓子作りで特に難しいとされるカステラ。タイマーで火加減の調整ができる機能をつけ「誰でもおいしいカステラを焼ける」と売り込んだ。しかし、やはり高すぎて誰も取り合ってくれなかった。
そこで考えたのが「自動車を売る時に車の試乗会をやっている。乗ってみると欲しくなる。オーブンも使ったら欲しくなるんじゃないか、と」(内山)。
内山は、トラックに南蛮窯を載せ、菓子店を一軒一軒、実演しながら回りはじめる。
京都府亀岡市で親しまれている洋菓子店「手づくり菓子工房シオン」にも、30年前、内山がトラックで乗り付けた。ご主人の鐵尾明吉さんによると、「店の前でトラックに窯を積んできて1枚焼いてもらった」という。
そして職人とは思えない風貌の内山が簡単にカステラを焼き上げてみせた。
「びっくりしました。これはいいなと思った。職人をあまり使わなくていいし、自分の思い通りに焼ける。焼き上がりもいい。一度買ってみよう、と」(鐵尾さん)
こうして「南蛮窯」は、徐々に売れ始める。そのかたわら、内山はある場所に通い詰めた。圧倒的な技術を持つ、福岡市中央区の名店「フランス菓子16区」の三嶋隆夫さん。今や日本中に広がった「ダックワーズ」を生み出した洋菓子界の巨匠だ。内山は最高の職人たちの意見を聞き、少しでもプロが喜ぶオーブンへと改良を続けたのだ。
「中の電熱コイルを竹串で掃除しないとすごく汚くなるんです。『カバーを付けてそれを隠してくれ』と言った。普通の機械メーカーはやりたがらない。彼は『じゃあやってみます』と言ったんです」(三嶋さん)
そんな10年の格闘の末、内山は、父の「南蛮窯」を「バッケン」へと進化させ、菓子作りに革命を起こしたのだ。
有名ベーカリーも絶賛~難問解決で繁盛店を作れ
京都府宇治市にある人気ベーカリー「たま木亭」。次々に焼き上がるのは、パンの食感に徹底的にこだわり抜いた個性的な商品だ。オーナーの玉木潤さんが「思い通りに焼き上がる窯は少ないんです。国産の窯だったら100点満点」と絶賛するのが七洋製作所の焼き窯だ。
パン焼き窯の開発を依頼された内山。だがそれにはパン屋のある悩みを解決する必要があった。それは、あるパンを焼いた後、次のパンを焼くために、温度が下がるまで待ち時間が必要になること。そこで内山が開発したのが、「クールダウン」のボタンを押すと、1分間に約10℃、温度が下がるようにしたパン焼き窯だ。
玉木さんは「ここまで対応してくれる会社はない。内山さんぐらいしかいないです」と言って、欲しかった窯の開発に感謝する。
様々な客の悩みに答えるのが内山の信条。「バッケン」で焼いたチーズケーキが大人気の栃木県那須町の「チーズガーデン」も、あることで助かっていた。
大忙しの工場で活躍するのは、七洋製作所に開発してもらった棒状の焼き菓子の生地。スライスして七洋のオーブンで焼くだけでおいしいクッキーができる。
「効率が劇的に変わりました。時間も半分以下でできるようになりました」(芥川啓志さん)
これで人手不足に悩む現場の課題を解消した。
さらに七洋の本社で開かれていたのは、菓子作りを基礎から学べる「南蛮塾」だ。ここでは窯を買ってくれた客に、菓子作りのノウハウをおしげもなく提供している。参加者の1人は「親切に教えてもらえるし、おいしく再現できれば、いける気がします」と語っている。
どの店にも繁盛してもらいたい。それが日本中の洋菓子店を回った内山の願いだ。
~村上龍の編集後記~
「七洋」はバッケン、スルーオーブンなど、新しく開発を続けているが、それらの原型は、内山さんの父、創業者の「南蛮窯」にある。
密閉性を確保するために扉を重くし、採算をほぼ度外視して作られた。しかも創業者はオーブン製造のプロではなく、多くの試行錯誤を繰り返した。
後を継いだ内山さんも、営業・販売については素人同然だった。未経験者による製造、営業・販売、だが画期的な製品はそうやって生まれるのかも知れない。
父も息子も、学びながら、ごく自然に未知の領域を開拓し、誰も真似できない仕事を成し遂げた。
<出演者略歴>
内山素行(うちやま・もとゆき)1956年、福岡県生まれ。1973年、父・善次が七洋製作所を設立。1981年、善次が倒れ、入社。2000年、代表就任。
(2018年11月29日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)