働く人の「困った」を解決して大躍進!知られざる「ミドリ安全」の秘密/読んで分かる「カンブリア宮殿」

2500万足の大ヒット~水と油にも滑らない靴

東京・大田区の「餃子の王将」蒲田東口店。大忙しの厨房にはある危険があった。餃子を焼くと水と油が跳ねて、オープンして1時間足らずで床がベチャベチャになってしまう。

「厨房で火を使っているので、転倒したらケガとやけどの恐れもあります」(鈴木尚良店長)

一番怖いのは転倒事故。外食の現場では転倒が多く、事故の3割を占めている。

そこで王将では、全店である靴を導入。以来、転倒事故はほとんど起きていないという。

「滑らないです。全力疾走しても下が油だとしても滑らない。グリップ力が違う。魔法の靴。これ無しでは王将の厨房は闘えません」(鈴木さん)

この靴の名は「ハイグリップ」。累計2500万足を売った大ヒットシューズで、作っているのがミドリ安全だ。

埼玉・白岡市の「ニトリ関東DC」。ニトリの巨大倉庫でもミドリ安全の靴が活躍する。ここではベッドやソファーなど、1日にトラック100台分の家具を配送している。家具だからどれも重く、足に落としたら危険だ。

ここで使われているのは、つま先にガードがついている安全靴。しかもこの靴は他の安全靴とは全く違う。一般的な安全靴だと台車の車輪が乗り上げてしまうが、ミドリ安全の「プロテクトウズ5」は、側面につけたガードの形で、小指を守るだけでなく、乗り上げを防いでくれる。日本初の工夫だ。

「小指が車輪に挟まれた事故の事例があるので、欠かせないアイテムだと思います」(ニトリ関東DC・鈴木泰平さん)

火災の現場で使われているのが、ミドリ安全の消防靴だ。火に強いだけでなく、釘などを踏み抜かない靴底になっている。プロが頼りにする品質がミドリ安全の真骨頂なのだ。

ミドリ安全はその社名の通り、働く人の安全を守るナンバーワンブランド。業界トップシェアがずらりと顔を揃える。安全靴のシェアは40%以上。作業用ヘルメットも24%と国内トップだ。製造現場や飲食店のユニフォームを始め、工場やオフィスの空調設備など、商品数は5万点。働く現場の安全に特化した知られざるガリバー企業なのだ。



働く人を守って60年~労災も減った驚きの新商品

他を圧倒するミドリ安全の商品力を支えているのが研究所。靴の開発を担う生産部の櫻井祥雅は、30近い特許を持つミドリ安全の発明王だ。

「40年くらい研究しています。終わりが無いからひと筋。事故が減るのが一番大事だから、それが実感できるとうれしいと思います」(櫻井)

この日、研究していたのは。靴底に電気を逃がす素材が使われている静電靴だ。これを履くと体に静電気がたまらないという。

「身近なところだと、ガソリンスタンドで使われている。タンクローリーで給油するときも静電気対策をしていないと、火花が起きて大変なことになる」(櫻井)

さらに櫻井は今、滑らない靴の進化に取り組んでいる。最新バージョンは「耐滑性が5割くらいアップしている」と言う。その秘密は、業界の常識を変えた独自の靴底にある。

「ミドリ安全を起点として、前と後では耐滑靴の形が全く変わった」(櫻井)

一昔前の靴には、滑らなくするため、靴底に細かい凹凸をつけるのが常識だった。それを櫻井は逆転の発想で平らにした。細かい凹凸だと接地面の下に油が残り、これが滑る原因となっていた。そこで櫻井は、接地面を平らにして油を押し出し、脇の溝に逃がす靴底を考案。しかも靴底の角が直角だから、逃がした油が戻ってこない。

最新バージョンの靴は地面にぴったりくっついている。歩いても、床をがっちりつかむから滑らないというわけだ。

社長の松村不二夫(72)は、「ミドリ安全の使命は働く人を安全にしたいということ。困り事があればミドリ安全に頼もうという企業になりたい」と言う。

松村は社長に就任してから売り上げを倍増させた。売り上げアップの原動力は他社を圧倒する開発力にあるという。

例えば食品工場などで使う、手荒れしないゴム手袋。以前の手袋は伸びが無く、いざという時に切れてしまったが、10年がかりで製品化した手袋は、伸び率を日本一にした。

その商品力にホームセンターも注目している。東京・瑞穂町の「ジョイフル本田」瑞穂店では、その伸びる手袋「ベルテ722」(100枚877円)や、特殊な繊維で作られた切れにくい手袋「カットガード130」(1014円)が販売されていた。

「機能性がよくて信頼されています。安心、安全に使用できるものづくりだと思います」(ジョイフル本田・寺坂学さん)

安全を追求するだけではない。ベトナム・ハノイでは、働く人を快適にする商品が作られている。松村が自らこだわって生み出した作業用のズボン「楽腰パンツ」だ。

普通のズボンだと、しゃがんだ時にお尻の部分が引っ張られて動きにくい。だが「楽腰パンツ」は引っ張られない。秘密は蛇腹になったお尻の部分。伸縮性のある生地の上に蛇腹になったズボン生地を縫い合わせていく。伸び縮みするから動きやすい。さらに付属の保護ベルトを装着すると、荷物を持ち上げるとき、腰にかかる負担を2割も軽減できる。

「必ず困っていることはあるはずです。それを解決できれば、いいじゃないかとなる。常に機能のある新しい商品を作っていく」(松村)



現場の声から商品を生む~独自すぎる営業マンの秘密

ミドリ安全の製品は企業の困りごとから生まれている。その鍵を握るのが全国に650人いる営業マンだ。販売に代理店を使うメーカーが多いなか、ミドリ安全は企業との直接取引にこだわっている。

この日、大阪中央支店の市村憲一が訪ねたのは、高速道路のメンテナンス会社「西日本高速道路メンテナンス関西」。売り込んだのは、夜でも作業員の姿がはっきりと分かる、LEDライトをつけたネックウォーマーだ。

すると先方の保全事業本部・中森康裕さんから、「夜間の視認性のために、前だけではなく後ろとか横も見えるように、ライトを増やしてほしい」という要望があった。

「持ち帰って、いい提案ができるように努力します」(市村)

ミドリ安全はこうした現場の声を聞いて、商品を開発、進化させてきたのだ。

たとえば、騒音で音が聞こえにくい高速道路。作業中に事故に巻き込まれることもある。それを聞きつけたミドリ安全の営業マンが発案したのが「ケイホーメット」だ。センサーがついていて、信号が送られてくるとヘルメットが震える。このセンサーを車線変更の案内板に付ける。それを車が倒すと、同時に前の人に振動がいく。これなら後方から暴走車が来た時、騒音で聞こえなくても、危険を察知して退避できるというわけだ。

ミドリ安全はこれを3年かけて開発。営業マンが先方のニーズを直接聞くからこそできた商品だ。

「我々の細かい要望でも、安全を追求してくれる。ありがたいですね」(中森さん)

営業マンが独自に現場の危険に気付いて生まれた商品もある。橋や船舶など水の上の高所作業用として、落下防止のハーネスに救命胴衣をつけた「ハイブリッド型救命胴衣」だ。

「高いところから落ちると気絶するんです。仰向けだと息ができて死なないですむが、うつ伏せだと危ない。水を感知して膨らみます。いろいろ工夫しているんです」(松村)

職場の危険を少しでも減らす。それが創業以来変わらぬ姿だ。



製造業からサービス業へ~イノベーションで市場開拓

ミドリ安全の創業は1952年。当時作っていた日本初の安全靴は、草履のつま先を鉄板で覆い、米軍払い下げの古タイヤを靴底に張り付けただけのものだった。

会社の礎を築いたのが松村の母、元子。戦後の復興期、元子が目をつけたのは、当時事故が頻発していた全国の炭鉱だった。作業員の足を守るのは粗末な地下足袋。だから足のけがが絶えなかった。そこで元子は、足を守るにはどんな靴が必要かを調査してまわった。

「炭鉱の地下に入ったと聞いています。大変だったと」(松村)

そうして開発したのが、つま先に鉄板を入れた炭坑用の安全靴。しかも、爆発の原因となる静電気を防ぐ日本初の静電靴だ。

「現場を見なければ新しい商品はできないと言っていました」(松村)

元子は思い切って、高価な最新鋭の機械を導入。さらに企業と直接取引する直販体制を押し進める。そんな母から松村が社長を継いだのは1991年。しかし当時は、バブル崩壊で不景気に。取引先の工場は人件費の安い海外へと流れていき、やがてミドリ安全の売り上げは減少に転じる。

「他社と同じ製品なら買ってくれない。持って行っても値段が下がるだけでした」(松村)

そんなある日、転機が訪れる。取引先の床材業者から「ミスタードーナツの床が油で滑って困っている」という話を耳にしたのだ。当時の厨房靴は防水性が主で、滑り対策はほとんどされていなかった。

「それは必要だなと、可能性を感じました」(松村)

ここで松村は、製造業向け一辺倒ではなく、サービス業向けの商品開発に打って出る。開発を託されたのが櫻井だった。

参考にする靴がないため、櫻井はゴム作りから始める。ゴムの材質や靴底の形状を変えて何度も試作。どれが滑らないのか、寝食を忘れて検証していった。3年後、接地面を平らにした滑らない厨房靴を完成させた。今までなかった滑らない靴は、大手外食チェーンが軒並み採用。ミドリ安全はイノベーションで、新たな市場を開拓した。

新市場への挑戦は今も続いている。例えば、雪にも水にも滑らない寒冷地用の作業靴。

「警備保障さんから、銀行から出たときにお金持ったまま転ぶと言われた。コンビニの前が北海道は水っぽくなっているんです」

12月上旬。試作品を持って櫻井が北海道・旭川市にやってきた。気温や地面の状態、動きによって靴の滑り方は変わるため、必ず現場で試す。

「いつも雪を噛んでいる状態になっているから問題ない。滑り感ゼロ」(櫻井)

次に向かったのはコンビニ。入口には滑らないようにマットが敷いてあるが、そこから先が危険地帯。マットで取り切れなかった雪が溶けて、滑りやすくなっている。でもこの靴なら滑らない。

現地での検証は上々のはずだったが、それでも路上で滑ることがあった。滑った原因は、車によって路面が磨かれたアイスバーンだ。

「失敗じゃないです。新しい発見。そう思ってやっています」(櫻井)



もしものときに大活躍~命を守るブレーク新商品

ミドリ安全の商品が活躍するのは働く現場だけではない。100人近くの園児がいる埼玉・戸田市の保育園「北戸田Jキッズ ステーション」。園長の飯川ひとみさんはある悩みを抱えていた。

「豪雨があっていざというときに、子どもたちを連れて避難場所まで行くのは厳しい」

悩みの種は最近多発する豪雨による水害だった。以前は土嚢を積んでも浸水することがあった。そこで園長が購入したのが、ミドリ安全の浸水を防ぐ止水板「ボックスウォール」(1枚4万4000円)。女性にも簡単に連結でき、2年前に購入してから浸水は一切ない。去年の台風19号もこれで乗り切ったという。

今、ミドリ安全は防災用品に力を入れている。例えば鉄板が入った中敷き「踏み抜き防止カップインソール」(1507円)。これを普通の靴に入れるだけで、踏み抜き防止の安全靴に早変わりする。3日分の水と食料が入っているのは「そのまま食べられる保存食セット」(6264円)。どれも水も調理もなしでそのまま食べられるのが特徴だ。日本初となる、アルミのパッケージで5年保存できる「サバイバルパン」も。避難所で問題となっているゴミがコンパクトにできる。

ミドリ安全が防災グッズに力を入れるようになったきっかけは、2011年の東日本大震災。帰宅難民が続出し、企業は備蓄体制の見直しを迫られたが、問題となったのが保管場所の確保だった。

そこでミドリ安全が開発したのは、日本で最も薄い「折りたたみヘルメット」。デスクの引き出しにも入り、スペースの少ないオフィスにも置ける。頼りなさそうに見えるが、国の強度基準をパスしている。

海の上での万が一の時に頼りになる商品もある。大型のフェリーや客船では、急病人に備えて酸素ボンベを積んでいる。しかし、「重くて運びにくいことと、医療関係者がいないと使用できない」(佐渡汽船シップマネジメント・菊池優祐さん)という弱点があった。

ミドリ安全が開発したのは、家庭でも使える小型の酸素吸入器。医師がいなくても使用できるのは日本初だ。使い方も簡単。蓋の裏にあるマスクを取り出して、ストッパーを引き抜くだけ。高純度の酸素が10分以上出て応急処置に使える。なにより軽くて持ち運びが簡単だ。

「すぐお客の元に持って行けるのが一番のメリットだと思います」(菊池さん)

安全や命を陰で支える。それがミドリ安全のものづくりだ。



~村上龍の編集後記~

三井三池炭鉱の労働争議のニュース映像で、鉱夫たちは地下足袋だった。だが子ども心に不自然ではなかった。当時、地下足袋以外、見なかったからだ。

松村元子・現会長は、営業で全国の炭鉱を巡り、ときに坑道まで降りて行った。「人を労働災害から守る仕事は人間として最良の道」という信念。「直販」「先端技術の導入」など

ビジネスの才能を駆使し続け、現在では年商1000億円を超える超優良企業となった。

進化し、多様化したミドリ安全の安全靴、労働者を事故・災害から守るという思想的象徴にもなっている。

<出演者略歴>

松村不二夫(まつむら・ふじお)1947年、東京都生まれ。1972年、京都大学法学部卒業後、丸紅入社。1978年、ミドリ安全入社。1979年、取締役就任。1991年、代表取締役社長就任。

(2020年1月23日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)