創業145年の老舗旅館が京都NO1の結婚式場に
京都の鴨川沿いに今、話題のスポットがある。伝統的な木造建築の5階建て。「鮒鶴京都鴨川リゾート」だ。
中はモダンな作り。奥に進むとフレンチレストランになっている。半年先まで予約で埋まっているそうだ。料理は京都の食材をふんだんに使った創作フレンチ。ランチコースは3000円から。
だが人気の理由は料理や鴨川をのぞむ景色だけではない。もうひとつの魅力は建物そのもの。建物は文化庁の有形文化財に指定されている。館内を案内してもらうと、戦前に作られたエレベーター。ドアは手動式だ。当時は振袖の女性がエレベーターガールだった。
二階の部屋には天井画が。7匹の鯉が描かれている。有名日本画家、小村大雲作『群鯉遊泳図』。実はちょっとした仕掛けがある。違うアングルに回ってみると、鴨川の水が反射して、鯉が泳いでいるように見えるのだ。
別の部屋は天井がせりあがっている。これは最も格式が高い「折り上げ格天井」と呼ばれるもの。この部屋で行われるのが結婚式。鮒鶴京都鴨川リゾートは、結婚情報サイト「みんなのウェディング」の結婚式場ランキングで3年連続、京都エリアの1位となっているのだ。
創業から145年、ここはかつては高級な料亭旅館「鮒鶴」として栄えた。宿泊施設としてだけでなく宴会場としても地元で人気を呼んだ。しかしバブル崩壊後、経営危機に陥った。
五代目主人の田中博さんは「京都の景観を含めて、こういう建物は残したほうがいいだろうと我々も思っておりました。そこへバリューマネジメントさんから、この建物を使っていこうという提案があったので」と語る。
「鮒鶴」をウェディング場として再生させたのがバリューマネジメント。オーナーから建物を借り、運営を任されている。代表の他力野淳は、「『鮒鶴』も文化財。こういう建物をまさに残していきたい。価値の高いものをマネジメント、いわゆる経営の力で残していきたい」と言う。
歴史的な建物が蘇る~劇的!再生ビジネス
大阪・梅田にあるオフィスタワーの高層階の一角に、そのバリューマネジメントの本社がある。2005年設立で従業員は540人。急成長を遂げるベンチャー企業だ。歴史的価値の高い建物をレストランやホテルに再生し、後世に残すことを目的としている。
「古い建物が非日常的な空間であることは間違いない。記憶に残る場所として残ったときに、人というのは記憶に残る場所に行きますから、利用者がどんどん増えていく」(他力野)
例えば1934年に建てられたルネサンス様式の銀行、兵庫縣農工銀行豊岡支店。外観はそのままに、吹き抜けのある銀行のロビーはお洒落なレストランスペースに改装。事務室は、壁や床は当時のまま、客室に生まれ変わった。
兵庫県朝来市にある築120年の酒屋、木村酒造場は、柱を活かし、落ち着いた雰囲気のホテルに。酒蔵も当時の柱と梁を残し、素敵なレストランに変貌した。
バリューマネジメントは現在、9つの歴史的建造物を再生し、運営している。売り上げは右肩上がりで、去年は55億円を突破した。
兵庫県の山あいに位置する篠山市。城下町の篠山には今も江戸時代の町家風情が色濃く残っている。町家風の一軒の建物に女性二人組がやってきた。ここは何年も放置されていた古民家を再利用した人気のホテルなのだ。バリューマネジメントが再生を手がけた「篠山城下町ホテルNIPPONIA」。元は築100年を越す古民家。地元の資産家が住んでいたという。それを半年かけて大幅に改修し、2015年10月、宿泊施設としてオープンした。
チェックインを済ませた二人は、部屋に行かず、再び車に乗るが、ものの2分で降りた。宿のスタッフに案内されたのは別の古民家。最初の建物はフロントで、ここが宿泊棟になる。小さな中庭を抜けて中に入ると、かまどが。五右衛門風呂もある。部屋の天井や壁も当時のまま。昔ながらの風情をできるだけ残しながら、静かでゆったりとくつろげる空間に作り上げている。
宿の楽しみといえば料理。この日のメニューは但馬牛のステーキに、イチゴと季節フルーツのポワレ…地元の食材をふんだんに使った創作フレンチだ。これで料金は一泊二食付き2万5000円から。
古民家のオーナー、西羅隆之さんは、「自分でこの家を管理して掃除というのは……。今住んでいる家もありますからね。歳をとったら困る」と言う。使っていなかった空き家をバリューマネジメントがホテルに再生してくれたおかげで、維持する費用や手間がかからないどころか、家賃まで手に入るようになったという。
その仕組みは、バリューマネジメントがオーナーから建物を借りてホテルやレストランに改修。そこにスタッフを送り込み、運営し、利益を上げる。さらに所有者には家賃が支払われる。バリューマネジメント、オーナー、お客も喜ぶ、三方良しのビジネスなのだ。
古民家が新たな観光資源に~町全体を活性化
バリューマネジメントは篠山市内で4軒の空き家を宿泊棟に改修。今後、30軒まで増やす予定だ。いい宿が増えれば観光客も増える。それで町全体を活性化しようというのだ。その効果は徐々に出ているという。
バリューマネジメントの手法に注目したのが千葉県香取市。市役所を他力野が訪れた。篠山の手法で香取市の観光を盛り上げてほしいと、他力野に声がかかったのだ。宇井成一市長は、「バリューマネジメントが篠山で培ったことをもとにしながら、ともに勉強しあっていきたいと思います」と言う。
香取市の佐原地区は古い町並みを残す観光地。街中にある4軒の古民家を宿泊施設に改修してほしいという依頼が香取市からあった。そのひとつが幕末の1855年に創業した「中村屋商店」。現在は土産物屋になっている。
ご主人の並木一茂さんは、あることに困っていたという。
「文化財でもあるので、建物を後世に残さないといけないと思っていまして、修理の見積もりを聞いたら、個人には難しい額が出まして」
ここは建物の保存が義務付けられた、重要伝統的建造物群保存地区。家の補修費用が持ち主の大きな負担となっている。そこで他力野の力を借りて、土産物屋から宿泊施設へとリニューアルすることになったのだ。
再生を託された他力野は、さっそく建物のなかの調査を始めた。2階へと上がっていくと、何かを発見。「ああいうのを見せるとお客さんが喜ぶ」と他力野が言うのは棟札。建物を建てた年代や大工の名前を記した札のことだ。
「ワクワクしますね。宝が詰まってます」(他力野)
神戸を取り戻したい~再生請負人の原点
ハイカラな洋館が立ち並ぶ神戸市の北野異人館街に他力野の姿があった。「旧レイン邸」は1900年に建てられたビクトリア様式の洋館。2010年にバリューマネジメントが改修し、いまはレストランや結婚式場として運営している。古い建物だけに状態のチェックは欠かせない。他力野はそれを必ず自ら行う。神戸は他力野にとって特別な場所なのだ。
1973年、他力野はサラリーマンの家庭に生まれ、神戸で育った。少年のころから歴史が好きで、神社やお城をよく見て回った。大学3年の時、人生を大きく変える出来事に遭遇する。1995年、阪神・淡路大震災。神戸の街は壊滅的な被害を受けた。
「どこからどこまでを見たのか、分からないですよ、ぐしゃぐしゃ過ぎて。ずーっと歩いたんですよね。とにかくあてもなく」(他力野)
目に飛び込んできたのは、幼いころから慣れ親しんだ神戸の街ががれきの山と化した姿。だが、その中でも壊れずに立ち続ける古い建物を見つけたとき、「歴史が詰まった古い建物を未来に残したい」と思った。
「神戸を取り戻したいという思いはありましたよね」(他力野)
いつか神戸の役に立つ。大学卒業後の1996年、ビジネススキルを学ぶためリクルートに入社。結婚情報誌『ゼクシィ』などを担当。そして2005年、バリューマネジメントを設立した。
独立して初めて手がけた歴史的建造物は、神戸市須磨区にある、大正時代に建てられた旧西尾邸。兵庫県の重要文化財に指定されている。いまは人気の結婚式場「神戸迎賓館 旧西尾邸」となっている。
人生の晴れ舞台が…オープン中止で大混乱
その「西尾邸」について、他力野は「開業2ヶ月前に工事ができなくてオープンが頓挫するっていうことがあったんですよ」と言う。
改修費用は8億円。しかし資金集めを任せていた会社が逃げ出し、工事はすべてストップに。すでに予約が入っていた50組の結婚式は、中止せざるを得なかった。
「結婚式が突然できなくなる。相当お叱りも受けるし、提供する側の僕らとしても最もやってはいけないことのひとつですよね」(他力野)
他力野は一組一組、謝罪して回った。さらに雇ったスタッフ20名にも、「すまない、仕事がなくなった」と、とにかく頭を下げ続けた。
「一緒にやってくれとは、とてもじゃないけど言えず、ただ、『これを西尾邸を残すってことを俺は諦めていないんだ』と、それだけはスタッフに伝えました」(他力野)
その後、資金集めに奔走した他力野。1年遅れたが、ついに結婚式場としてオープンにこぎつけた。いまそこは関西の若いカップルの憧れの結婚式場に。バリューマネジメントが運営する施設のなかでも稼ぎ頭になっている。
当時からのメンバーで、取締役店舗統括の皆木靖志はこう振り返る。
「前の会社を辞めてここに入ったので、奈落の底に落とされて、えらいところに来てしまったなという衝撃がありましたね」
では、なぜ皆木は辞めなったのか。
「『メンバーに何が残せるか、それを大事にしたい』と言われたときに初めて、この会社で良かった、他力野についていこうとスイッチが入りました」
危機から10年あまり。当時20人ほどだったスタッフも500人を超える大所帯に。実はバリューマネジメントはある調査で、「働きがいのある会社ランキング」2年連続2位を獲得している。「仕事に誇りが持てる」「トップが信頼できる」などが評価された。
25歳で「ホテル八鵬」支配人を務める佐藤智介は、「まだ入社して一年も経っていませんが、人の成長や可能性の幅が見える瞬間を何度も感じられているので、そこがやはり一番の働きがいの要因ではないかと思います」と言う。
さらに「鮒鶴京都鴨川リゾート」の支配人、松尾諒介(27歳)は、「与えられる立場じゃなくて、作っていくという立場。自分で切り開いていくじゃないですが、大人の青春をしている感じがします」と言うのだ。
銀座の“新しい顔”で挑む~東京から地方文化を発信
3月下旬の東京・銀座で、他力野はある場所に向かっていた。銀座の新しい顔、松坂屋跡地に4月20日にオープンする「ギンザシックス」だ。
地上13階、地下6階、銀座最大の商業施設となる。241の名だたるブランドが入るほか、能楽堂などもあり、日本文化発信の拠点をめざす。
しかしこの新しい建物に、なぜ古い建物を再生する他力野が来ているのか。実は最上階のフロアの企画から運営まで、バリューマネジメントが任されたのだ。新しい建物にゼロから手を入れるのは、バリューマネジメントにとって初めての試みだ。内装工事もほぼ終わったこの日、仕上がりをチェックしに来たのだ。
和の雰囲気たっぷりのレストランでは、全国津々浦々の絶品料理をテーマに沿って出すという。
「ここでまず、日本の各地域の食文化を発信したいんです。食文化できっかけ作りをやり、現地に足を運んでもらい、地方を活性化するという流れを作りたい」(他力野)
発信するのは地方の食文化だけではない。店の奥の畳の部屋は茶室。日本人はもちろん、外国人観光客も気軽に茶の湯を体験できるような空間にした。銀座を一望できる結婚式場も。さらに見晴らしのよい天空レストランでは、和の食材を使ったフレンチが味わえる。
「ギンザシックス」はなぜバリューマネジメントを選んだのか。GINZA SIXリテールマネジメント営業部の山﨑真稔さんは次のように語っている。
「『ギンザシックス』のコンセプトとして、伝統と革新というキーワードがある。重要文化財であるとか歴史的建造物を活用して、新たな試みをしているところにすごく共感しました。我々としてもチャレンジだし、バリューマネジメントさんにとってもチャレンジだと思います」
~村上龍の編集後記~
「資源の再発見」が、重要なテーマになりつつある。
新しい商品開発が頭打ちだから、というより、近代化以来、日本固有の資源に目を向ける余裕・能力・意図が不足し、欧米先進国に「追いつき、追い越せ」という大きなテーマが、あったからではないだろうか。
「再発見」には、外部の視点が不可欠だ。
さらに、文化財の再生・再利用に関しては、複雑なスキームが必要で、他力野さんは、自らが歴史好きという個性を活かしながら、過去の遺産を現代に甦らせつつある。
歴史的建造物が持つ物語に、新しい章を、書き加えている。
<出演者略歴>
他力野淳(たりきの・じゅん)1973年、長崎県生まれ。1996年、リクルート入社。結婚情報誌『ゼクシィ』関西版を立ち上げる。2005年、バリューマネジメント設立。