24時間営業の都会の「海の家」~急成長外食チェーンの舞台裏・「磯丸水産」のSFPダイニング/読んで分かる「カンブリア宮殿」

都心で「海の家」気分~人気の海鮮居酒屋

東京・新宿。新しい店が現れては消えていく、都内でも屈指の居酒屋激戦区だ。そんな中で最近よく見かけるようになったのが「磯丸水産」。

表から中が丸見えの明るい店に入ると、午後8時で客席はすべて埋まっていた。

内装は雑然とした海の家のイメージ。壁には大漁旗が描かれている。店員も海の家さながらの甚平で接客。リラックスできる雰囲気作りでお酒も進む。

肝心の料理の方は生け簀が決め手。活きた貝を使うのが磯丸水産の売りだ。食べ方はやはり海の家風。卓上のカセットコンロで活きたまま焼いていく。客は自分で貝をひっくり返して、焼き立てを味わう浜焼きが楽しめるのだ。

北海道・根室産の「ホタテの殻焼」、一枚431円。蛤そっくりの大きな「ホンビノスガイの殻焼」は一枚388円。コンロに上がるのは貝だけじゃない。磯丸水産の一番人気のメニューが「カニ味噌の甲羅焼」、539円。ダシを加えたカニ味噌が濃厚な味わい。二番人気は一杯丸ごとの「イカの浜焼」。食べ応え充分のボリュームで431円とリーズナブル。

店内には活魚の水槽もある。魚の活き作りも磯丸水産の売り。活きたアジを取り出すとそのまま厨房へ。ピチピチしたアジを素早くさばいていく。この「アジの刺身」が647円で味わえる。

メニューには酒に合う一品料理、お寿司、シメのラーメンなど80種類が並ぶ。

この磯丸水産、新宿駅の周辺だけでもなんと9店舗。どの店も駅から歩いて5分以内の好立地だ。しかも家賃がかなりの割高になる1階の路面店ばかり。他のチェーン店は地下や2階以上への出店でコストを抑える中、磯丸水産は家賃を惜しまない。

それなのに、居酒屋チェーンの平均経常利益率が2%台という中で、磯丸水産は驚異の12%をたたき出す。

その秘密は24時間営業にあるという。その分、人件費や光熱費などもかかりそうだが、どうやって利益をひねり出すのか。

密着居酒屋24時~超効率経営で客を呼ぶ

深夜3時。表通りから人影は消えたが、新宿の磯丸水産はまだまだお客がギッシリ。腰を落ち着けて飲んでいる。24時間営業だから時間を気にせず居座れる。ここまで来たら始発まで、と言うお客さんも多い。

始発も動き出した朝6時。「さすがにこの時間は?」と思いつつ覗いてみると、やはり賑わっている。早朝は夜勤明けの人達が常連。警察官や消防士、看護士さんなどもやって来るという。

朝7時、トラックが着いた。発泡スチロールの箱で運ばれてきたのは、タチウオにイナダ。活きのいい近海モノの地魚ばかりだ。昨夜揚がった新鮮な魚が夜の間に運ばれ、朝には届き、昼の営業に使われる。

午前中はさすがにすいている。この時間帯を使って行われるのが、今日一日分の仕込み作業。人気のカニ味噌も後は焼くだけの状態に。さらに店内の掃除やメニューの整理なども、客が少ない時間帯に終わらしておく。

そしてお昼時。店内は夜にも増して賑わっていた。席を埋めていたのは、近くの会社で働くサラリーマンやOL。ランチタイムに磯丸水産は海鮮丼の人気店となる。1000円でお釣りがくる海鮮丼が勢揃い。一番人気はマグロの2色丼。ランチタイムは630円で食べられる。イクラやマグロなど5種類の魚介が入った特選バラチラシ丼は831円。

ランチも終わった午後3時。この時間もお客さんがいた。午後の時間帯はシルバー世代や主婦層が目立つ。というのも、午後の2時から5時まではアルコールが割安。生ビールが300円で飲めるとあって、主婦やシルバー層を引き寄せているのだ。

そして午後5時。今度はこの日の朝に揚がった魚が届いた。少しでも鮮度のいい魚を次々に出せるのも、24時間体制でやっているから。かくして売り上げは、夜だけ開けていた時の倍近くになった。

そんな磯丸水産に、SFPダイニング社長、佐藤誠の姿が。次々に料理を注文していく。佐藤は毎日のように店舗を回り、メニューが正しく提供されているか、味が落ちていないかなどを抜き打ちでチェックしている。

そしてまた新たな磯丸水産、「荻窪南口店」がお目見えした。夕方4時という早い開店時間にもかかわらず、オープン前に長蛇の列ができていた。地元では出店前から評判になっていて、店内はあっという間に満席に。すると、優勝者はお会計が半額になるという名物イベント、じゃんけん大会で一気に盛り上げていく。

現在、磯丸水産は年間35店舗というペースで出店攻勢。首都圏を中心に勢力を伸ばし、わずか7年で149店舗(2016年10月現在)の一大チェーンとなった。



「改善」で道を開く~注目の外食チェーン

東京・吉祥寺の井の頭公園。その緑を取り込むようにして建つのが、磯丸水産を運営するSFPダイニングの最も古い店、1984年創業の「鳥良」だ。和の雰囲気が漂う落ち着いた店で振る舞うのは、名古屋名物、手羽先の唐揚げだ。

この鳥良がSFPダイニングの1本目の柱。ここを足がかりに成長し、いまや東京を中心に29店舗となった。そしてもう一本の柱が、149店舗の磯丸水産。そのほかにも、24時間営業の寿司屋やスペインバルなど、11種類の専門店を展開している。

そんなSFPダイニングの本社は、東京・二子玉川にある。社員は861人で、グループ売り上げは317億円。佐藤は入社28年。現場からトップまで登りつめた。

国士舘大学体育学部出身。体育教師の資格も取った。しかし、卒業後は自分で店を持ちたいと調理師専門学校へ。レストランの料理人にもなったが、「どうやったら自分の店を持てるようになるか考えていた時に、求人誌で幹部候補生を募集しているのを見て」(鈴木)、SFPダイニングに入社。その後は持ち前のバイタリティでスピード出世し、入社15年で、取締役に就任した。

ところが2008年、リーマンショックが起こり、順調な成長を遂げていたSFPダイニングの先行きに暗雲が立ち込める。当時の社長は創業者の寒川良作。このピンチに寒川は、今だからこそやるべき新業態の開発を、佐藤に命じた。

「最初は吉祥寺でスペインバルをやる予定だったんです。ところがリーマン・ブラザースが破綻し、これから不況になるから、もっと身近な業態で、お客様の層を広げたほうがいいということで、海の家を都心で始めたら当たるだろう、と」(寒川)

そして誕生したのが磯丸水産。佐藤は立ち上げから責任者として陣頭指揮を取り、見事繁盛店にしてみせた。すると翌年、創業社長の寒川は、社長を佐藤にまかせる決断を下す。

「創業当時、佐藤は私の右腕として側にいたので、私のやり方は全て見ておりましたし、私が育てた社員にバトンタッチしたいという思いがありました」(寒川)

2013年、佐藤は社長に就任。翌年には東証2部に株式上場。寒川は会社をやめ、若手経営者支援の道へ。そして寒川の理念も佐藤へと引き継がれた。

それが創業時から現在まで変わらない、「常に改善を繰り返す」やり方だ。店の生命線となるメニューも改善。80品がそろう磯丸水産の料理は、年に2回、20品以上、入れ替えているという。

極上の素材を求めて~全国の漁場を回れ

入れ替える新メニューはどうしているのか。その鍵をにぎるのが、仕入れを担当する購買部部長の宮越雄一。元料理人の経歴を持つ目利きのプロ。購買部は社長の佐藤が肝いりで立ち上げた。

新たな看板メニューとなる料理の食材探し。全国の「これは」という漁港を宮越は自分の足で回り、目で確かめている。

鹿児島県南大隅町。養殖が盛んな港町だ。夜明け前の午前4時、1台の車が。SFPダイニングの仕入れ担当、宮越が現れた。一緒の車には佐藤も。看板メニューになるかもしれない養殖の魚があると宮越は聞き、直接見てもらった方が話しが早いと連れてきたのだ。

ここにはえさ代だけで1日600万円をかけている魚がいるという。養殖場に到着すると、海の中には魚がギッシリ。その数、およそ24万匹。その魚の正体はカンパチだ。

「極みのかんぱち」と呼ばれる養殖のブランド魚で、形も申し分なし。さらに、味をよくする工夫があるという。3日間寝かせてから出荷する、熟成カンパチ。しめたばかりの物に比べ、身が白っぽくなっている。ひと口食べた佐藤は、即決で、秋のメニューの目玉に決めた。

2週間後、秋のメニューの商品テストが行われた。専用キッチンで調理にあたるのは、有名料理店で腕を磨いたプロの料理人たち。宮越ら購買部が集めて来た食材を、それぞれの得意分野でどんなメニューにするか、知恵を絞る。

商品テストは月に2回。調理師の資格を持つ佐藤も必ず参加している。1回のテストで何十品も作られるが、商品化されるのは1割以下だ。

あの熟成カンパチは、すでに定番の刺身で出すことは決定。強い旨味をたっぷり味わえるよう、通常より厚めに切ることになった。もう一品、京料理出身の本郷哲也もカンパチに取りかかった。切った身をゴマ醤油に和える。極上の素材に一手間かけた一品だ。

10月、そのカンパチが看板メニューになって登場した。「極みのかんぱちお造り」と「極みのかんぱち胡麻醤油和え」(ともに636円)。出足好調で多くの客が注文している。

絶えず改善し、新しい味を投入し続ける。これが磯丸のやり方だ。

スタジオで、村上龍から「外食産業でサバイバルしてくために何が必要か」と問われた佐藤は、次のように答えている。

「何せ変えていくことが必要です。私たちはブラッシュアップという言葉を使うのですが、磨き上げていくことをやめれば止まってしまう。やめなければ新しくなっていく。磨き続けることが僕らの仕事、それをやめたら経営が成り立たなくなります」

客を飽きさせない術~答えは現場にある

東京・吉祥寺に、SFPダイニングが作った最も新しい店がある。その名は「わたしのサラダ製作所。My SALAD FACTORY!」。

店内はしゃれたカフェのような雰囲気で、若い女性客が目立つ。客のお目当ては、スプーンで味わう細かく刻まれたサラダ。ニューヨーク発祥で、サラダをメインディッシュにした健康志向のファストフードだ。

注文の仕方は、まず、ほうれん草やロメインレタス、雑穀米、そしてパスタからベースとなる食材を1つ選ぶ。さらにトッピング。女性に人気の高いパクチーやアボカド、トマトやリンゴ、豆類など、24種類の中から好きな物を選べる。自分好みのサラダを作れるから「わたしのサラダ製作所」というわけだ。

食材が決まったら、イタリアでは一般的な三日月形の包丁で切り刻んでいく。このチョップドサラダというスタイルが、ひそかな人気を呼んでいるのだ。11種類のドレッシングは全て手作り。あとは混ぜ合わせれば完成だ。この自分好みのオリジナルサラダが950円から味わえる。

健康やスタイルを気にする若い女性をメインターゲットに据えたSFPダイニングの新たな専門店。女性客の多いこの店は、従業員も女性が中心。働く人も「お客と同じ目線で」という狙いだ。

ここにも佐藤がやって来た。オープンして9ヵ月あまり、改善点を聞き取りに来たのだ。女性従業員に意見を聞くと、さっそく「エビを入れたらいいかな。エビとアボガドはすごく合う組み合わせなので」という提案が。

「現場で話を聞くと発想力が豊かになる。こういう業態は女性の意見を聞かなければいけないのが、つくづく分かりますね」(佐藤)

作ってもすぐさま改善。こうして磯丸水産に続く、新たな柱作りが進められている。

~村上龍の編集後記~ 

「衣」と「食」は消費傾向を映す鏡だ。アパレルは苦しんでいて、外食も栄枯盛衰が激しい。

消費者は我がままになり飽きっぽくなっている、のではなく、「賢く」なっているのだ。流行を追わず、自ら情報を得て判断し、欲しいものを厳選する。

佐藤さんは成功後も、危機感を忘れず、徹底して他店をリサーチし、改善を続ける。消費傾向の最大公約数を探るのではなく、飽きられないファクターをピンポイントで見つけ出す。

賢くなった消費者へのリスペクトを維持し、想像力をフルに働かせる、「食」における成功に、それ以外の方法はない。

<出演者略歴>

佐藤誠(さとう・まこと)1963年生まれ。国士舘大学体育学部卒業後、横浜調理師専門学校に入学。卒業後、レストラン高松(現サンミ高松)に入社。1988年、サムカワフードプランニング(現SFPプランニング)入社。2003年、取締役営業本部長に就任。2013年、代表取締役社長に就任。