全国に広がる健康食品ブランド~独自戦略のローカルスーパー「いちやまマート」/読んで分かる「カンブリア宮殿」

減塩に糖質カット……山梨発の健康スーパー

南アルプスなどの山々に囲まれた山梨県甲府市。ここに熱烈ファンを持つスーパー、いちやまマート徳行店がある。店内をのぞくと、各種のミニパン49円、鳥の胸肉は100グラム39円と、かなり大胆な値付けだ。でもこのスーパーの最大の特徴は安さではないという。

店内で目立つのが膨大な量のノボリやポップ。「減塩」と書かれたノボリの下を見てみると、そこには塩分を40%もカットしたあじの干物に、イカの塩辛も塩分50%オフ。血圧を気にしている人には嬉しい品揃えだ。体重が気になる人にもってこいの「糖質カットコーナー」も。ズラリと並んだお弁当はすべて炭水化物などの糖質を抑えて作っているという。カツ丼も糖質40%カットだ。

どうやってカツ丼の糖質をカットしているのか。まず違うのが豚肉を包む衣。普通は小麦のパン粉だが、いちやまは大豆のフレークを使う。これで大幅に糖質を抑えられる。さらにご飯にも秘密が。普通のお米に、ある物を加えているのだ。プルプルした丸い粒はこんにゃく米。割合はお米4に対しこんにゃく米6。これで糖質を抑えながら、美味しいご飯になる。こうして生まれた「カツ煮丼」だが、それでも値段は430円。

「他の商品より手間ひまはかかりますが、お客様の健康のために作っております」と、デリカ部の最上勇紀は言う。

いちやまマートの特徴をひと言で言うなら「健康的な食生活」を提案するスーパー。熱烈ファンを抱え、現在、山梨県を中心に13店舗を展開。売上高は232億円(2015年度)。地元では一目置かれたスーパーなのだ。

そんな健康スーパーを作った三科雅嗣には、時間と情熱をかけて作った特別な商品がある。無添加をコンセプトに作ったいちやまマートのプライベートブランド、「美味安心」だ。

「未来を担う子供達のために」と書いてあるのは、国産小麦にこだわった、かりんとうやクッキーなどのお菓子類。「美味安心」ブランドはお菓子だけでも60種類以上ある。

パンはグルテンフリーの「コシヒカリパン」。グルテンフリー食品は食材から小麦などを抜いた健康食。米粉だけで作った食パンだ。この米粉パンは1斤で538円。プライベートブランドといえば、メーカー品と同じような物が安く買えるイメージがあるが、「美味安心」は決して安くない。

例えば一番人気の「和豚もちぶたジャンボ焼売」は6個入り430円。無添加にこだわり、肉も良質な国産豚を使っているので、どうしてもこれくらいの値段になる。「グルテンフリー カレー・ルー」は1瓶625円。小麦を抜く代わりに果物や野菜をふんだんに使用。肉を入れれば簡単に美味しいグルテンフリーのカレーが味わえる。こうした美味しくて安心な商品が店内のいたるところに。その数400アイテムを揃えている。

山梨から全国に広がるプライベートブランド

いちやまマートの魚の粕漬けの製造を請け負うのは、甲府市内の食品メーカー「中部食品」。「美味安心」の商品は地域のメーカーに委託して作ってもらっている。このメーカーとはいちやまマートが創業した時以来、50年以上の付き合いだという。

この日は、今までにない大幅に減塩した魚の粕漬けを作るための打合せ。もともと塩分控え目にはしていたが、三科はさらに3割、塩分カットしたいとリクエストした。しかし、これがなかなか難しい。塩分を減らせば、味がぼやけてしまうのだ。

そこでまず、塩から変えてみることに。わざわざ取り寄せたのは長崎県の五島灘の塩。味はそのままに塩分を30%カットできるという。さらにうまみを増すため、魚をつける酒粕にカツオや昆布のエキスを加えた。やり直しを繰り返し、今回が4回目の試作だった。

試食をした三科の反応は、「ずいぶん美味しいですね。塩分が下がっているにもかかわらず、うま味が増している。すごくいい商品になりましたね」。中部食品の有野義人社長は、「食べ物は命に通じるもの。本来の、食べ物を作るという原点に返れる。作るのは大変ですが、楽しいです」と語る。

今まで世の中になかった発明品を作り手と一つになって作る。「美味安心」はそんなプライベートブランドなのだ。

そんな「美味安心」の最近の自信作が、青森産のリンゴを1本の中に6個も詰め込んだ「りんごジュース」だ。人工甘味料や香料は一切使わず素材の味を活かした贅沢な逸品だ。1本409円と、値段はメーカー品の2倍するが、「美味安心」の売り場で試飲をすると、ほとんどの客がこちらを選んでいく。

この「美味安心」、実は東京のスーパーでも買うことができる。四谷にある「ショッピングセンター丸正総本店」。中をのぞいてみると、人だかりができていた。開かれていたのは「美味安心」の試食会。お客が試食していたのはグルテンフリーのカレー。このスーパーが「美味安心」を扱うようになったのは6年前から。最近は特に手応えがあると言う。

「扱い始めた当初より売上が300%アップしています。やはり食べていただくと、納得していただける」(鳥居圭介店長)

現在、「美味安心」の販売契約をしているスーパーは全国80社。1000店舗以上で売られるようになった。



なぜ健康スーパーに? 転機は身内に起きた出来事

山梨県中央市にあるいちやまマート・イッツモア玉穂店の中に本社がある。その会議室でプレゼンが始まっていた。月に1度、メーカーの担当者を招いて行われる新商品の説明会だ。

メインとなる新商品はやはり食品。カルビーの「かっぱえびせん」は、塩分50%カットの減塩タイプ。次に手に取ったのは乳酸菌入りタブレット、森永製菓の「食べるマスク」。これを食べれば、マスクをするのと似たような働きがあるというふれこみだ。いちやまマートには、こうした大手メーカーの健康を意識した商品も集まりやすいという。

「通常のスーパーと比べると、私どもの店では健康的な商品を2倍、3倍は平気で売る。そういう商品を期待するお客様が来て下さっているんです」(三科)

三科はなぜここまで健康的な食品に取り組むようになったのか。

三科の父・十三が1964年に設立した、いちやまマート。山梨一の店を目指そうと命名した。1976年、24時までの深夜営業を山梨県で1番に開始。さらに100円均一セール、パンの店内調理、郊外型店舗の出店など、いち早く導入してきた。

そんな父親の背中を見ていた三科は、大学卒業後、東京の商社に勤めたが、3年後に帰郷。父親の会社に入った。当時はどうしたら売上が上がるかばかりを考え、健康への興味はほとんどなかったという。今のように変わったきっかけは、身内に起きた出来事だった。

「父が55歳、兄は46歳で亡くなりました。人生最大のショックでした」(三科) 

父親は大腸ガン、その後を継いだ兄は膵臓ガンで若くして命を落とした。以後、三科は、ただ物を売るのではなく、食品を通じて健康的な生活を生み出そうと考えるように。そして関係のありそうな本を片っ端から読みあさり、独学で勉強した。

しかし何から始めていいか分からず、専門家にアドバイスを求めると、「全部の食品添加物を外すのは難しいから、とりあえず合成着色料からなくしたらいかがですか、と言われました。合成着色料というのは、原料が当時はタール系色素とわれ、石油からとったんです。それをまずやめよう、と」(三科)。

合成着色料を一掃~立ちはだかる厚い壁

三科は合成着色料を使った商品の一掃を決断。しかし、食品スーパーにとってそれは簡単なことではなかった。当時、商品の仕入れ担当だった徳行店の保坂賢司店長は言う。

「合成着色料を使った商品には、人気商品や売上の大きい商品もあったので、正直言うと『大変なことをやるな』『売上、減るな』と」

「現実的ではない」と、なかなか本気になって取り組まない社員たち。すると三科は驚きの行動に出た。会議室に社員を集め、「半年後に新聞広告を出すことにしました」と宣言。その内容に社員たちは衝撃を受ける。

半年後の2001年9月、実際に地元紙に掲載された広告がある。全面広告の真ん中で「タール系色素、完全撤廃」と宣言し、さらにその下には「もし、タール系色素使用の商品を見つけられた方には、いちやま商品券(壱万円分)を贈呈いたします」という一文が。

「社長は本気だ」と気づいた社員たちの半年間の奔走が始まった。

売り場からは合成着色料を使った商品がはじかれ、それに代わる商品を探しては入れる作業が延々と続いた。しかし、大きな壁が立ちふさがる。

それが大手メーカー製の、合成着色料入りの魚肉ソーセージ。当時、加工食品の中で、売り上げナンバーワンを誇っていた。まだ「美味安心」は作り始めていない時代。メーカーに対し、合成着色料なしのソーセージを作ってほしいと頼み込んだが、「営業の人は『分かりました』と元気よく言ってくれましたが、実際には部長とか取締役会とか、どこかの段階で却下されていたんです」(三科)。

しかし、事態は急展開する。メーカーのいちやま担当の営業マンが社長に直訴すると、「これからの世の中、必ず健康志向に向かうよ。いちやまさんの言う通りに作ってあげようじゃないか」という鶴の一声で、一地方スーパーのために、合成着色料を外した魚肉ソーセージが誕生したのだ。

以後、いちやまマートには健康や安心を意識した商品が集まるようになっていく。大手メーカーまでも巻き込んだイメージ戦略はこうして確立した。

生き残りをかけて~地方スーパーの戦略

人口が減る中、地方のスーパーはどうやって生き残っていけばいいのか。その答えを出すべく三科が開いている勉強会がある。「美味安心」情報交換会。全国から「美味安心」の取引先スーパーが集まり、それぞれの成功した取り組みを情報交換する。こうした会を年に3回開き、生き残り策を共有しているのだ。

例えばこの日、ある人は年末商戦で役立つアイデアを発表した。年越しそばで大量に用意しなければいけないかき揚げを、なんとボウルごと揚げてしまう。これで油の中で具が広がらず、効率アップ。実際、このスーパーでは販売個数が3割増しになったと言う。

参加者のひとり、「東武」(北海道)の太田雅之専務は「すぐモデリングするのが大前提。私たちもそういう形で実践させていただいています」と言う。太田さんのスーパーは、北海道・中標津にある。いちやま流をどんな風に実践しているのか。

「東武サウスヒルズ」の売り場には、地元で揚がったサケや有機栽培のジャガイモなどが並ぶ。そして「美味安心」も。このスーパーでは200アイテムを揃えている。

「私どもでも、体に悪いものは基本、販売しないということをひとつのコンセプトにしています」(太田専務)

この店ではタール系色素を含む食品をできる限り販売中止にしている。

さらに「いちやま流」はこんなところにも。事務所のデスクの横には大量のカラーペン。簡単レシピのポップを作っていた。

「お客様は細かい説明文は読まないんです。完結して短く分かりやすくお伝えする。お客様に寄り添った、『料理が苦手な人でも美味しく作れます』とか」(滝本寛子店長)

いい商品でも、その良さが伝わらなければ買ってもらえない。これもいちやまの影響だ。

スーパーの情報交換は、いちやまマートのためでもある。三科は、参考になりそうな取り組みを行う店があれば自ら出かけて行く。

視察に訪れた中標津の「東武サウスヒルズ」で三科が注目したのは「七分づき米」のお弁当。「七分づき米」とは、玄米を七分ついて精米したお米。白米より栄養価が高く、しかも食べやすい。しかし水につける時間が長く必要になるなど、作るのに手間がかかる。それでもこの店は「客に健康が提供できる」と、「七分づき米弁当」の導入を決めたのだ。こうした地方の新たな試みは、三科にとって生きた情報源となる。

次に見つけたのは、子供が作った学校新聞。そこには子供が書いた美味安心の記事が載っていた。このスーパーは、地域の小学生を招き、食品の見学会を定期的に開催。安心な食とは何かを、地道に伝え続けている。

「本気になって地域のお客様の健康を考えた活動をされている。ものを売るのではなく、考え方、心を売るのが一番大事だと思います」(三科)

スタジオで地方スーパーの現状について問われた三科は、次のように答えている。

「いいスーパーと悪いスーパーがはっきりしてきた時代です。どっちの方向に行こうか、自分で決められないところが多い。そういう中で『地域のお客様に健康で奉仕したい』『今はいいけど将来は不安がある』というスーパーには、我々はお手伝いできる」

地方のスーパーができることを考え、いい取り組みは共有する。それこそが生き残る術だと三科は考えている。

~村上龍の編集後記~ 

本来「ローカル」には「田舎」というニュアンスは含まれない。

「その地域特有の」というポジティブな意味合いを持つ言葉であり、まさに「いちやまマート」にふさわしい。

三科さんは、誇りと自信を持ってローカルを自称する戦略家だ。

「美味安心ブランド」は全国に浸透しつつあり、無添加の価値を啓蒙するが、目線は庶民に合わせてある。

不味いものはオーガニックでも売らない。ナショナルブランドも売っているし、ディスカウントストアの攻勢も受けて立つ。

柔軟で、しかもぶれがない。わたしは「風林火山」という軍旗の文字を思い出した。

<出演者略歴>

三科雅嗣(みしな・まさし)1952年、山梨県生まれ。1975年、慶應義塾大学商学部卒業後、加商(商社)入社。1978年、いちやまマート入社。1991年、社長就任。2008年、PBの「美味安心」販売開始。