花と野菜の100年企業~知られざるグローバル種子革命/サカタのタネ/読んで分かる「カンブリア宮殿」

おいしくて楽しい~ガーデニング最新事情

ブームの家庭菜園。いろいろな野菜が品種改良され、初心者でも育てやすくなっている。

そのブームはコンビニにも。「ファミリーマート」で若い女性が選んでいたのは、家庭菜園を手軽に楽しめる栽培キット「ファミマガーデン」だった。ファミリーマートが種苗メーカーのサカタのタネ、住友化学園芸と共同で開発。種と培養土、肥料が入って498円。容器がプランターになる。培養土に水をかけて、割り箸で耕せば、あとは種をまくだけ。ネットに成長記録を投稿する人も急増中だ。

そんなガーデニングブームを支える店が、横浜市の「ガーデンセンター横浜」。サカタのタネが運営する。緑にあふれる店内には、ピーク時には1日5000人が押し寄せる。いわばガーデニングの殿堂。野菜の苗で常時150種類以上、花の苗は1500種類以上と、圧巻の品揃えだ。

そんなサカタの店には、初心者にも優しい工夫がいっぱいある。売れ筋のミニトマト苗「イエローアイコ」は、収穫まで2ヵ月と短いうえに病気にも強い。だから初心者でもお手軽にできる。しかも値段は399円。1株で平均100個もとれるというから、できたのを買うよりお得というわけだ。

苗の近くには見本をディスプレイ。初心者でも、咲いた状態をイメージしやすくしてある。また分からないことがあれば、店に常駐している専門のアドバイザーに質問。苗の育て方から必要な用具まで、どんな相談にも答えてくれるのだ。

「ガーデンセンター横浜」の真骨頂は、隣接する別館にある。こちらで売っているのは種。

常時800種類以上の、花や野菜の種を取り揃えている。ひまわりだけで30種類もある。 

ガーデニングブームのけん引役となっているサカタのタネ。その巨大さが分かるのが、栃木県矢板市にある「矢板物流センター」だ。コンテナを乗せたトラックが次々とやってくる。積まれていたのは巨大なダンボール箱。中に入っていたのは大量の種だった。一箱で数千万円になるものもあるという。箱の一つにはアメリカで生産された4500万粒のホウレンソウの種が入っていた。

サカタのタネでは野菜でおよそ400種類、花は1200種類の種を生産している。生産拠点は日本を含めて20ヵ国。アメリカ、アジア、アフリカと各地に広がっている。「毎年、安定的に種を供給するために、北半球、南半球それぞれから1年中、種が供給されるようにしています」(サカタロジスティックス・山路聖哉社長)

こうして集めた種や、種から育てた苗を、農家や専門店に販売しているサカタのタネ。売上高620億円は日本でトップ。世界第6位の種苗メーカーなのだ。



絶品トマトも大人気メロンも~食卓を変えた種苗メーカー

栃木県の那須高原にサカタのタネがつくった大ヒット野菜がある。農家の平山茂二さんが収穫していたのは真っ赤に熟した「王様トマト」。これには革新的な品種改良がされているという。

「普通のトマトは真っ赤にしちゃうと傷みが早いので、真っ赤にすると出荷できないんですけど、『王様トマト』は完熟にしてとっても傷みが少ない」(平山さん)

これまでのトマトは熟すとすぐにひび割れし、傷みが早かったが、『王様トマト』は肉質がしっかりしているため、熟しても傷みが少ないのだ。

 道の駅「那須高原友愛の森」の呼び物は、おいしいと評判の野菜直売所。地元の農家が作った新鮮な野菜が50種類以上並ぶ。その中でも飛ぶように売れていたのが、平山さんがつくった『王様トマト』だ。

「人気商品ですね。この時期はナンバーワンで、地方から大型バスで買いに来る感じのトマトです」(中根高秀店長)というほど、道の駅の客足まで左右していたのだ。

メロンの代表格「アンデスメロン」も、実はサカタが開発した。40年以上売れ続ける大ヒット商品だ。

5月、静岡県掛川市のサカタのタネ掛川総合研究センターで、アンデスメロンの品評会が開かれた。「アンデスメロン」は味や病気への対策など改良を続けており、最新版は7代目。「温度が高くても果肉がしっかりしている。しかもえそ斑点病という病気の対策も付与した」(メロン開発担当・勝又憲一)と言う。

 それを試食していた社長の坂田宏(66)は、「べろメーター。機械で甘さだとかいろいろな成分は測れますが、最終的にこういう嗜好品の味は、人間が自分で測ることが絶対に必要なんです」と言う。

サカタのタネの品種改良で使い道が大きく広がった花もある。「ビンセント」という背の低いひまわりだ。

従来のひまわりは、どうしても花が横を向いてしまうが、「ビンセント」は上向きに咲く。おかげで、これまで花束にしにくかったひまわりが、ブーケなどにも使われるようになったのだ。

サラダが楽しくなる~「未知なる野菜」を求めて

横浜市にある「濱の八百屋」には、スーパーではあまりお目にかかれない野菜が並んでいる。

「ぐるぐるビーツ」(3個350円)は断面が渦巻き模様。ほんのり甘みがあって、サラダや酢漬けが合うのだとか。「サクサク王子」(260円)はサクサクした食感が売りのインゲンだ。「例えば生で食べられる白菜というのは、なかなか量販店には並んでない。そういうインパクトの強い野菜を作っているのが、サカタのタネのイメージ」(三橋壮店長)この店に並ぶ野菜の多くは、サカタのタネがつくった珍しい品種なのだ。

横浜の郊外に、未知なる野菜を育てているサカタのタネグループの実験農場がある。赤いミニ大根は、サカタオリジナルの「紅化粧」。色鮮やかでサイズも小ぶり。「ちょっとしたサラダを作りたい時、小さいサイズの方が家庭でも使いやすいだろう」(たねとファーム・川合泉)と、開発された。ミニ白菜は夏場も獲れて、生で食べられる。「葉の裏に産毛がないのが特徴です。レタスみたいに滑らか」(同)と言う。

この日は農場、「濱の八百屋」の三橋さんがやって来た。新しい野菜があると聞いて、見に来たのだ。それはサカタが作った、「コリンキー」という品種のカボチャ。皮ごと生で食べられるのだという。「コリンキー」は加賀野菜の「打木赤皮栗かぼちゃ」とオーストラリアのカボチャを掛け合わせたもの。品種改良は、できた種から性質のいいものを選別。その種から育ててできたものを、また選別して掛け合わせていく。この作業を何度も繰り返し、ようやく定着した種が新たな品種となる。こうして生まれたのが「コリンキー」なのだ。

「“なま食”というのは衝撃的ですよね。サカタのタネの品種は、パフォーマンスもあって、手に取りやすい。」(三橋さん)



高級メロンをお手頃に~知られざる開発秘話

サカタのタネの創業は、大正時代初期の1913年。現社長の祖父・武雄が、横浜に坂田農園を設立したのが始まりだ。当初は日本在来種の「ヤマユリ」など、欧米にはない植物の種や球根を輸出していた。

昭和に入ると最初の大ヒットを生み出す。南米原産の「ペチュニア」という花で、世界で初めて、100%八重咲きになるという品種改良に成功。世界中から注文が殺到し、1ポンド(=450グラム)の種が1万ドル以上。金の20倍もの値がつく大ヒットとなった。

戦後の1950年代半ば、大きな転機が訪れる。武雄がフランスを視察した時のこと。パリのレストランでのディナーで、デザートのメロンが出てきた。一口食べると、衝撃的なおいしさに武雄は驚いた。

それは「シャランテ」というフランス産メロンだった。当時の日本は高度成長が始まり、

豊かになりつつあったが、メロンは庶民にとって高嶺の花。今の価値でひと玉、数万円もした。「メロンを手軽に食べられるようにするのが我々の仕事だ」と思った武雄は、新しいメロンの開発に乗り出した。

しかし前途は多難だった。高級メロンは病気がつかないように吊るして栽培する。しかも当時は一株に一つが限界で、大量生産できず、値段が高かったのだ。

「当時の育種の研究者は大変だったようです。音を上げてもう止めようと言うこともあったと聞いています。でも祖父・武雄は頑として、『絶対できるから続けよう』と」(坂田)

そんな中、目をつけたのが、日本在来のウリの仲間、「マクワウリ」だった。この品種をフランス産のメロンと掛け合わせたのだ。試行錯誤すること5年、ついに1株で何個も収穫できる新品種が、完成したのだ。

横浜の果物業者の集まりで試食してもらったところ評判は上々。この果物商の会の名前が「プリンス会」。そこから名づけられた「プリンスメロン」が誕生した。安くて甘いこのメロンは爆発的な大ヒットとなった。

だが、「プリンスメロン」は見た目も味も、目標のマスクメロンにはまだ遠い。さらなる改良が続く。そして16年後の1977年、「アンデスメロン」の開発に成功する。表面にはくっきりと網目が。そして果肉は緑。見た目も味もさらに高級メロンに近づいた。

「アンデスメロン」は農家の暮らしも大きく変えたという。茨城県で父の代から40年以上続くメロン農家の箕輪哲也さんは「昔は葉タバコやサツマイモを作っていたが、あのままではやっていけなかった。メロンのおかげで今がある」と言う。いまや茨城県は日本一のメロンの産地となっている。

さらに「食べ応えがあってヘルシー」しかも「糖質も低くダイエットにいい」と、最近にわかに注目を集めている野菜も、実はサカタのタネの品種が世界シェアの65%以上を占めている。それはブロッコリーだ。

世界を股にかけて拡大するサカタの種ビジネス。オーストラリアに坂田の姿があった。サカタのタネのブロッコリーを生産している農場に、育ち具合の確認にやってきたのだ。オーストラリアではサカタのブロッコリーのシェアは実に8割。圧倒的な強さを誇る。ブロッコリーは1980年代まで、世界的に見てもマイナーな野菜だった。当時のブロッコリーは育つスピードがバラバラなため、収穫が面倒で農家に敬遠されていたのだ。そこでサカタのタネは、育ち具合が一定で収穫の手間がかからない品種を開発。それが一気に、世界へ広まったのだ。

さらに畑を進むと、ピンクのテープで囲まれた一画があった。ここではさらなる新品種を試験栽培している。「この品種は、葉っぱが取りやすく、茎が長いから、収穫も楽なのがいいね」と、現地の農家は言う。この新しい品種にはさらに特徴があるという。従来のものよりつぼみが小さく、ギュッと詰まっており、歯ごたえが良く、重さが増した分、売り値も上がって農家も喜ぶというわけだ。

現場の声を聞き、研究を重ねる。新しい品種を生み出す息の長い戦いは今日も続いている。



日本のイチゴがピンチ~韓国無断栽培への対処法

2月の平昌オリンピックで銅メダルを獲得、一躍大人気となったカーリング女子。休憩中の「もぐもぐタイム」で彼女たちがイチゴを食べている姿が話題となった。

しかし、その場面をやる方ない思いで見ている人たちがいた。「とちおとめ」を生産する栃木市のイチゴ農家だ。和田宗一さんは「びっくりした映像でした。一生懸命、私たちが

県が開発した品種が流出していることがあからさまに見えた。こんな風に私たちのイチゴが海外で展開しているかと思うと、がっかりしました」と言う。

実は「とちおとめ」や「レッドパール」など、日本品種のイチゴが2000年頃から韓国へと流出。農水省によると、いまや韓国産のイチゴの9割が、日本から持ち出された品種を元に無断で栽培されたものだという。韓国から海外へ輸出もされていて、流出による損失は5年間で220億円に及ぶと、試算されている。

ほかにも、種なしぶどうで有名な「シャインマスカット」や、高級サクランボの「紅秀峰」といった日本が開発した品種が中国などに持ち出され、無断で栽培されているのだ。

そんな海外での無断栽培に対抗しようとする動きも出てきている。

三重、香川、千葉の3県と国が今年、共同開発したばかりのイチゴ「よつぼし」。このイチゴの海外での品種登録をサカタのタネが担うことに。官民一体となって農業の知的財産を守ろうという新しい取り組みだ。

三重県農業研究所の北村八祥さんは「私たち県が、権利侵害に対応するのは難しい。権利を取るのに、サカタのタネにお世話になっています。実際、品種登録を行う国のことは、

企業がよく分かっているので、大変ありがたいと思っています」と言う。

~村上龍の編集後記~

種子は生命の源泉であり、自然の象徴でもある。「生きものですから」。坂田さんは何度も繰り返した。

小さな粒は貴重な遺伝子を宿す。世界の種子ビジネスは、巨大化学メーカーや製薬会社が参入し、すさまじい競争が続いている。

その中で、「サカタのタネ」は創業以来、常に「世界初」を目指すことで、生き残ろうとしてきた。

ITは活用するが、データに依存せず、直接対面するコミュニケーションを基本とする。

一見相反する戦略が絶妙に組み合わされている。種子が単なる「商品」ではなく、「生きもの」だからだ。

<出演者略歴>

坂田宏(さかた・ひろし)1952年、神奈川県生まれ。1974年、慶應義塾大学経済学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。1981年、坂田種苗(現サカタのタネ)入社。2007年、代表取締役社長就任。

(2018年7月5日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)