スノーピーク「都会でキャンプ」の新戦略/読んで分かる「カンブリア宮殿」

熱狂的ファンが続出~自宅でも使える人気のキャンプ用品~

東京・町田市にある商業施設「南町田グランベリーパーク」のレストラン「スノーピークイート」。牛肉の塊に焼き目をつけ、キャンプなどで使うダッチオーブンに移す。20分蒸し焼きにすれば野趣満点のローストビーフに。「北海道産経産牛サーロインのローストビーフと季節の焼き野菜」(400g4680円)、自分たちで切り分けるスタイルがさらに場を盛り上げる。

ダッチオーブンで煮込んだ「中札内地鶏と季節の焼き野菜のグリーンカレー」(1628円)や、ダッチオーブンで焼き上げてバニラアイスをのせたパンケーキ「ダッチベイビー」(920円)もある。ここはキャンプ料理を街中で楽しめるレストラン。女性客が座った椅子もカップもキャンプ用品だ。

580円で飲み放題のコーヒーコーナーも自分で淹れるスタイル。よく見るとドリッパーもキャンプ用品になっている。コーヒーが落ちた先はキャンプの定番、シェラカップだ。

この店を作ったのはアウトドアメーカー、スノーピーク。高品質なキャンプ用品を自社開発している会社で、キャンパーの熱狂的ファンが多いことでも知られている。スノーピークにハマった人たちはスノーピーカーと呼ばれ、中には「数百万円は使っている」という猛者もいるのだ。

代表的なヒット商品が「焚火台」(L/1万7160円)。火が地面に触れないから野原を焦がすことがない。今ではライバル社も作っているが、スノーピークが先駆けで開発した。

こうした商品は全国に33店舗ある直営店で販売。テントなどキャンプの定番アイテムはもちろん、カップや調理器具などスタイリッシュでしっかりした作りのアイテム、およそ600種類を揃えている。

普段使いしてみたくなるものには「チタン先割れスプーン」(880円)や焚火台のデザインで小さく畳める「フォールディングコーヒードリッパー」(3300円)、筒形に収納されて食器棚にもスッポリ入るカセットコンロ「ホーム&キャンプバーナー」(1万978円)などがある。

「たねほおずき」(4950円)は暖かな明かりが灯る手のひらサイズのランタン。フックの部分の先端にマグネットが仕込んであり、金属にくっつけたり、ポケットに挟んで足元を照らしたり、いろいろな使い方ができる。

スノーピークの本社は新潟・三条市の郊外にある。社屋の周りには広大な野原が。「東京ドーム」10個分の広さがありャンプ場などに使われている。

カンブリア宮殿には7年前にも登場。当時は社長で現在は会長となった山井太は「年間で40~60泊はキャンプをしていて、ここでキャンプするのは15泊ぐらい。月1回はここから通勤しています」と言う。

「地球の上にいるな、という気分になれるんです」(山井)



「都会でキャンプ」~焚き火からタワマンまで

前回出演した当時の売り上げは44億円だったが、その後、急成長を果たし、2020年はおよそ4倍の167億円まで伸ばした。7年の間に何をしたのか。

「7年前はキャンプ用品の会社でした。そこからキャンプの力を使って、衣・食・住・働く・遊ぶ、全てのアプローチする会社に変容したと思います」(山井)

そのコンセプトは「都会でもキャンプ」だ。

作戦1・「癒しの炎」。東京・昭島市にあるアウトドアのショッピングモール「モリパークアウトドアヴィレッジ」。国内外のアウトドアブランドが軒を連ねている。

スノーピークの店舗の奥には外へとつながるドアがあり、その先にはテントが張られている。そこで行われていたのが焚き火。大ヒットした焚火台を使って7月に「焚火ラウンジ」をオープンさせると、炎を見て癒されたいという人が続出。「焚火プラン」は2時間5500円と安くはないのに、2カ月先まで予約が埋まっている。

バーベキュー道具のレンタルもあり、「手ぶらBBQプラン」(3時間1万1000円)では、食材を持ち込めば、気軽にキャンプ気分も味わえる。

前出の「スノーピークイート」も都会にキャンプを持ち込む戦略の一環だった。

作戦2・「マイキャンプ場」。2年前にできた東京・中央区の48階建タワーマンション「パークタワー晴海」の敷地内では、夜になるとバーベキューを楽しむ家族連れの姿が。スノーピークがプロデュースした住民専用キャンプ場が併設されており、三井不動産と手を組み、キャンプのできるマンションとして売り出したのだ。

住民は食材を用意するだけ。椅子やテーブル、焚火台などは無料でレンタルできる。さらに1000円でテントも貸し出しており、泊まる住民もいる。まさに都会のど真ん中でキャンプ気分が味わえるのだ。

作戦3・「オフィスでもキャンプ」。東京・港区虎ノ門のオフィスビルに入っているIT企業「フォンアプリ」の社内にはテントが。中で仕事をしている人もいた。適度な密閉感があって落ち着く。テントに囲まれていると集中ができるので好きです」と言う。

これはキャンプ用品を職場でも使ってもらおうと始めた「キャンピングオフィス」というサービス。この会社では3年前に導入。テントだけでなくデスクや椅子などもスノーピークで揃えた。これが「自然を感じられてリラックスして仕事ができる」と、社員には好評だという。

このサービスはスタートして5年で600社以上が導入している。

「事業は少し広くなっていますが、キャンプもアーバンアウトドアも同じコンセプトで展開しているので、つながってはいるんです」(山井)



欲しいものは自分で作る~親子三代の「革新」

現在、スノーピークは全国で6つのキャンプ場を運営しているが、さらに初心者でも気軽にキャンプが楽しめる施設を作った。2020年7月、長野県白馬村にオープンさせた「スノーピークランドステーション白馬」だ。

キャンプがメインのリゾート施設で、広大な敷地の中にはキャンプエリアがあり、テントを持っていなくてもその場でレンタルできる「手ぶらプラン」を開設。スタートのハードルを下げた。

食事を3食作るのは面倒という人のために「レストラン雪峰」も併設。東京・神楽坂の三つ星レストラン「石かわ」の監修で、地元・長野の食材を使った日本料理を用意。「信州サーモンと福味鶏の幽庵ほう葉包み焼き」(2035円)や「信濃雪鱒と安曇野生わさびのスパゲティ」(2530円)など、凝った料理が味わえる。

「テントに泊まるのはどうも」という人には木製のトレーラーハウス「住箱」がある。隈研吾さんの設計だ。

スノーピークは山井家親子3代の一族会社だが、この3人には強烈な共通点があった。

「父も僕も娘も、『好き』のレベルが変態レベルということですね」(山井)

スノーピークは1958年、山井の父・幸雄が創業した大工道具などを扱う金物問屋「山井幸雄商店」が始まりだ。幸雄はロッククライミングが大好きで、趣味の枠を超えてのめり込む。ついには市販の登山道具に満足できず、自ら設計して地元の金物職人に作らせた。

そこへ登山ブームが到来。幸雄のこだわった道具は「ものがいい」と飛ぶように売れた。しかし、やがてブームは去り、会社は危機に陥る。その窮地を救ったのが2代目の山井だ。

1980年代後半、オートキャンプのブームが起こり、1988年、スノーピークはキャンプ用品の製造に参入。その頃のテントは2万円もあれば買えたが、作りはお粗末で、雨風にも耐えられないものばかりだった。子どもの頃からキャンプが大好きだった山井はそんなテントでは我慢できず、自分で作ることを決意する。できたのは16万8000円のテント。定番の10倍近い値段になってしまった。

「コストがいくらになるか全く考えずに、とにかくいいものを作ろうと思った。『1張りも売れない』とみんな思っていたと思います。でも実際は100張りぐらい売れた。チャレンジしてユーザーとしてものを作れば、欲しい人は必ずいると思いました」(山井)

その後もユーザーに響くものづくりを続け、熱狂的ファンを獲得していった。

成功する一方で、不安もあった。それは日本のキャンプ人口だ。国内でキャンプをする人はわずか6%。市場が小さく、事業の限界が見えていたのだ。そんな時、会社を変えるきっかけを作ったのが山井の娘・梨沙だった。

「3歳くらいから女の子がドレスを着ている絵を描いて、小学生の頃には自分でミシンを踏んで洋服を作っていたので、自然とファッション業界を志していました」(梨沙)

梨沙が大好きだったのはファッション。服飾デザインを学び、一時はアパレルブランドにも勤めた。その経験を生かし、2012年、スノーピークにデザイナーとして入社する。彼女もまた、それまでのアウトドアウエアに不満を持っていたのだ。

「自分が入社した当時はアパレル業界とアウトドア業界は分断されていて、私は両方の背景があるので、そのふたつが融合するのは当たり前の価値観だと思っていたのが、そうではなかったんです」(梨沙)

そこで作ったのが「街でもキャンプ場でも着たくなる服」。2014年には本格的にアパレル事業を立ち上げた。東京・表参道の直営店はアパレルがメインの店舗で、並んでいるのはスニーカーやTシャツ、ジーンズなど。常連のキャンパーは「素材がいい」「しっかりしている」と、品質や機能性を絶賛する。

機能性をとことん追求して大ヒットしたのが「焚火ベスト」(3万7400円)。燃えにくい生地を大手繊維メーカーの帝人と共同開発した。

「従来の難燃生地は消防士の防火服に使用されることがほとんどだったのですが、『キャンプや焚き火の時に使用したい』とスノーピークさんからお声をいただき、共同で開発しました」(帝人・山下瞬さん)

スノーピークの服は機能性だけでなく、ファッション性も認められている。

若者に人気のセレクトショップ、ジャーナルスタンダードレリューム自由が丘店にスノーピークの服が並ぶ。買い付けにあたったディレクターの鷹野徹さんは、タウンウエアとしてのセンスの良さを指摘した。

「キャンパーに向けてというよりは、我々はファミリー層に訴求しているつもりなので、スノーピークさんのデザインや『らしさ』が入っているほうが、僕らのお客さんに対して響くという感じがします」(鷹野さん)

機能性とファッション性を両立させたアパレル事業は大成功。これをきっかけに事業の多角化も進んだ。2020年3月、梨沙は社長に就任。親子3代にわたる好きな物への執着が会社をサバイバルさせた。



カップヌードルに日本酒…~まさかのコラボを連発

「カップヌードル」の容器を思わせるカップはスノーピークと日清食品のコラボ商品。これに「カップヌードル」を入れて持ち運んだ後はお湯を沸かすこともできる。4年前に発売すると、あっという間に完売したヒット商品だ。

スノーピークは今年7月、メガネのJINSともコラボし、サングラスを共同開発した。一見、普通のサングラスだが、畳めばコンパクトになり胸ポケットに収めることができる。

こうした異業種の会社とのコラボでスノーピークは引っ張りだこ。これまでに40社以上とタッグを組んできた。

日本酒の朝日酒造とコラボしたのが真っ黒なボトルの「久保田 雪峰」(3410円)。「キャンプ場で楽しむ」というコンセプトで4年前に共同開発した純米大吟醸だ。お酒を冷やしにくいキャンプ場。ならば常温でおいしくしようと、発酵の温度や時間を一から見直して作った。

実はこのコラボはスノーピーク側からの持ちかけたもので。朝日酒造の細田康社長は、この提案に驚きつつも飛びついたと言う。

「アウトドア料理というと濃い目の味付けが多いので、日本酒とはなじまないと思っていたのですが、『アウトドアで日本酒を』というカテゴリーで一緒に作らないかという提案で、即答に近い返事をしました」(細田さん)

「久保田 雪峰」は7月と9月の限定出荷で、毎年、楽しみにしているファンも多いという。

※価格は放送時の金額です。



~村上龍の編集後記~ 

「好き」には幅がある。アウトドア派でも「川辺のBBQが好き」から「キャンプを奪われたら死んでしまう」までいろいろだ。山井さんは、親子3代「奪われたら死ぬ」派だ。父親はロッククライミングで、山井さんはキャンプ、娘さんで現社長の梨沙さんはファッション。「奪われたら死ぬ」派の特徴は、奪われても死なない人々のことがよくわかるということだ。2時間で5500円で焚き火を味わう人々の気持ちがわかる。そして、そういう人々に対し優しい。

<出演者略歴>

山井太(やまい・とおる)1959年、新潟県生まれ。1982年、明治大学商学部卒業後、外資系商社に就職。1986年、家業のヤマコウ(現スノーピーク)に入社。1996年、代表取締役社長に就任。2020年、社長を娘の梨沙に譲り、代表取締役会長に就任。

(2021年10月14日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)