100万円が4年で2倍に~驚きの資産運用「ひふみ投信」とは?
2016年12月。都内で開かれたあるイベントに大行列ができていた。大手証券会社が開く資産運用フェア。今、どんな株を買えば儲かるのか、最新の情報を聞きに2日間で1万人が押し寄せた。強気の理由はトランプ大統領の就任だ。彼の掲げるアメリカ最優先の政策が実行されれば、アメリカの景気は良くなり、日本にもいい影響があるはず。大統領選の勝利以来、株価が高騰していたのだ。
一方、ひふみ投信の運用報告会を覗くと、なぜかテントをバックに、トランプではなくキャンプの話題。壇上で「トランプだろうがなかろうが、キャンプはする。『明日からキャンプをやめよう』とはならない。そういうものに投資をする」と語っているのは、レオス・キャピタルワークス社長、藤野英人だ。こういう波乱含みの相場では、あえて流れに乗らない投資の方が良いのだという。
実はこの日の来場者は、ほぼ全員が藤野に自分の資産運用を託しているという。藤野の会社が販売する、ひふみという投資信託だ。
投資信託はファンドとも呼ばれ、個人投資家がファンドマネージャーと呼ばれるプロに運用を託す金融商品のこと。藤野はひふみ投信のファンドマネージャーだ。数ある投資信託の中から選ばれるR&Iファンド大賞(国内株式部門)を、2012年から4年連続で受賞。資産運用のカリスマと呼ばれている。
投資家のひとり、福森さんは4年前に113万円をひふみに投資し、現在は246万円に。4年で倍以上に増えた。2008年9月を100としたときの日経平均株価169に対して、ひふみの運用実績は368になる。福森さんは娘の学費を、ひふみを一部売却した利益でまかない、無事、大学にも合格させることができた。
ひふみ投信は証券会社や銀行、ネットなどで買うことができる。千葉興業銀行船橋支店で取り扱っている投資信託はおよそ100種類。その中でひふみはダントツの人気で、客の3割が購入すると言う。その秘密は、「相場全体が下がっていても下がりにくい。そこからまた上がっていくので、パフォーマンスに差が出る」(マネープランナーの小野美幸さん)という特徴にある。実際、年末から日経平均は下落したが、ひふみは上がっている。もちろん投資信託に元本保証はないが、人気の理由はそんな実績にあるのだ。
東京・千代田区にあるレオスの本社。社員およそ50人、年商約9億円。こぢんまりとしたオフィスだが、ここで顧客から集めた2000億円にのぼる資金を運用している。
毎朝、開かれる会議では、藤野を支えるアナリストたちによる、目を付けた企業の情報交換が行われる。この日は、最近知名度を上げているあるベンチャーについて、「急に広告を打ったり、思いつきっぽいところがある」(運用部シニアアナリスト・栗岡大介)、「突然だったでしょう、去年のお金の使い方も」(同・八尾尚志)、「そういう会社の体質なんじゃないかという気がする」(藤野)……といった会話が。辛口の言葉と共に、矢継ぎ早に企業を品定めしていく。
投資信託は、個人投資家から集めた資金を値上がりしそうな企業の株へ、いくつも分散投資している。このポートフォリオと呼ばれる保有株の組み合わせ方こそ、ファンドマネージャーの腕の見せ所なのだ。
現在130社の株に投資しているひふみ投信。しかし、そのポートフォリオに並ぶのはかならずしも大企業ではない。実はそこに藤野が驚異的な実績を上げられる秘密がある。
資産運用のカリスマに密着~大儲け生む“お宝企業”探し
宮崎市郊外の国道脇を歩く藤野。大きなリュックを片手に、最も重要な仕事という会社訪問にやって来た。それにしても随分と遠い。でも、これも会社を知る要素だという。
「多少離れていても、本社は地代が安いほうがいいという考え方ではないかと思います」
ようやく見えてきた本社の建物だが、本社なのに看板もない。一方、この会社の名前は国道沿いなどで見ることができる。その名も「WASHハウス」。九州を中心に約350店を展開する、年商31億円のコインランドリーチェーンだ。店内の端末で様々な情報が得られるなど、ユニークな店づくりで成長している。
狙うのはこういった知られざる地方企業。藤野は2016年11月、東証マザーズに上場したばかりのWASHハウスの将来性を品定めにやってきたのだ。
まずは最初に現れた女性と名刺交換。すると、その名刺をしげしげと眺め始めた。
「名刺は会社の個性を表します。どういうロゴか、何が書いてあるのか。裏にたくさん思いを書いてある会社もあります」
藤野が企業を見る上で最も重要な要素だという経営者が登場した。今後のビジネスについて話し始めた児玉康孝社長。本社に看板がないのは、「看板を出すとお客が洗濯しに来ちゃうから」と言う。藤野の目が吸い付くようにその様子を観察する。ちょっとした気配りなど、経営者の一挙手一投足が将来性を判断する材料になるという。
ひとしきり話した児玉社長、自慢の場所へ藤野を案内した。店舗を管理するモニタールーム。WASHハウスは人手が必要ないのがウリだという。すっかり感心した様子の藤野。
「これはいいなと興奮しました。謙虚と自信がよく混ざった方ですね。社長の中で明確に『全国展開して成功する』という青写真が描かれている。もちろん一本調子ではいかないと思いますが、これから地方で大きく伸びる経営者の典型かなと思いました」
知られざる未来の成長企業を誰よりも速く見つけて、株を買い付け、大きな利益を上げる。そのためには足を運ぶことが最も重要だという。
「インターネットで得られる情報は個人もプロも変わらない。プロがどこで差別化できるかというと、インターネットにない情報をどれだけ取れるかだと思います」(藤野)
こうして探した成長が見込めそうな会社の株を、ひふみに集まった資金で買い付けていく。WASHハウスの株は、社長と親族の会社につぐ、第3位の大株主になるほど買い付けていた。実に全株式の9%以上、投資額は15億円に上った。
企業の成長に大きな役割~「夢のある投資信託」とは?
そんな藤野はもともと大手投資会社で凄腕ファンドマネージャーとして活躍していた。
「外資系は給料がよかったので、給料だけ考えたらそこにいたほうがよかった。でもお金だけではなく夢があって、日本には投資を伝える場がない、そういう商品がないな、と」
個人の投資資金で将来有望な企業を成長させる。藤野はそんな投資信託を作ることを決意。2008年にひふみ投信を立ち上げた。
実際、ひふみに集まった資金は企業の成長に大きな役割を果たしている。
藤野が投資を行ってきた、富山市の朝日印刷。案内された印刷機で刷っていたのは、おなじみの頭痛薬のパッケージ。高性能な印刷機を揃えているからいい仕事が舞い込む。投資してもらった自由に使える資金があって初めてこんなマシンも買えるという。
積極的な設備投資により医薬品のパッケージでトップシェアとなった朝日印刷。年商は349億円と、藤野が最初に投資した20年前に比べて倍に増えている。
取締役の広田敏幸さんは「藤野さんが最初に来たのが工場。なかなかそういう投資家はいらっしゃいません。とてもありがたいです」と語る。
大チャンスを狙って、藤野がびっくりするような企業の株を買っていた。それがあの大塚家具。藤野はお家騒動以来低迷している大塚家具の株を、ひふみで買い付けていた。大塚久美子社長への期待だという。「いろいろなイメージがあると思いますが、お父さんと同じくらい家具への愛情がある。長期的に見れば回復して前よりも良くなると期待しています」と言う。
その大塚家具のショールームに人だかりが。そこには久美子社長の姿もあった。集まっているのはひふみの投資家たち。企業を知ってもらうため、藤野が開いている見学会だ。
藤野は、投資家が不安を感じる企業なら、その社長に直接引き合わせることまでして納得してもらうのだ。
ブレイク企業を発掘せよ~全国6000社を見極める極意
デパ地下でひときわ美味しそうな総菜を並べる「RF1」。運営するのは年商500億円に迫るロック・フィールドだ。
実はこの会社がまだ小さかった20年前、藤野はその将来性に気づき株を買い付けた。その後の急成長で株価は4倍。巨額の利益をたたき出した。
当時、訪ねてきた藤野のことを、岩田弘三会長兼社長は今も覚えていた。
「しっかりと現地を見て、うちの社員にヒアリングして、言いたいことも言われる。指導してもらったことは、今日の我々の基盤になっている。藤野さんが投資してくれたのはありがたいと思っています」
一方、かわいい雑貨や実用品が全て100円で買える100円ショップの「セリア」。最近都内でも急増、今や全国に1400店舗を構える。このセリアの株も、藤野はまだ知名度の低かった6年前に購入している。岐阜県で創業したセリア。現在の株価は藤野が買った当時の24倍に達するという。
河合映治社長は「期待を超えるからこそ株を買ってもらえる。最終的には6000店舗までいきたいと思っています」と語る。
そんな独自の観察眼で、藤野は全国に隠れる未来の大ブレイク企業を見分けてきた。この25年、成長を見届けた企業は膨大だという。分厚い資料の束は全て藤野が出会った会社のもの。その数は6000社。その中には、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長のような現在の有名経営者も。訪問した当時のユニクロは広島で上場していた中小企業。若き柳井社長は強烈な印象だったという。
「話の聞き方が、全身を耳のようにして聞かれているな、と。禅僧、お坊さんみたいだと思ったんです。ただ者ではないなと思いました」(藤野)
藤野曰く、ずば抜けた成長を見せる経営者は、会えば必ずわかる。だからこそ企業を回る努力でライバルに差をつける。ファンドマネージャーとしては珍しいそんなやり方を藤野が始めたのは、ある出来事がきっかけだった。
それはまだ大手投資会社にいた駆け出しの頃。当時、まだ中小の家具店だった大塚家具が東京の台場に巨大なショールームを作る計画を進めていた。藤野は、創業者である大塚勝久社長(当時)に魅せられ、投資を検討していたのだが、就任した青島幸男知事が、そのエリアで予定していた世界都市博を中止にしてしまう。
藤野の投資計画に誰もが異議を唱えた。開発がストップすれば、間違いなく台場はゴーストタウンになる。そんな場所のショールームに客なんて来るはずはない……。
藤野は迷い、開通したばかりのゆりかもめに乗って何度も足を運んだ。するとある帰り道、驚くような光景が対岸に広がっていた。それは東京の美しい夜景だった。
「湾岸の風景はロマンチックで、地域そのものが人気になると自分で感じた。結果的にオープンしたら大ブームになって、株価は3倍になりました」
そんな経験以来、藤野は自らの足で現場を回るようになった。
世界は投資でできている~カリスマが説く投資の薦め
ここ数年、増え続けている海外からの観光客。リタイア後のシニアの姿も少なくない。彼らに話を聞くと、海外への旅費は投資で儲けた金だという人も多い。一方、日本のシニアの老後の貯えは預貯金が中心。「家族が株や土地投資で失敗したのを見ているから、投資という考えにならない」と言う人も。家計金融資産に占める投資の割合は、日本の15%に対してアメリカは51%になる(日本銀行「資金循環の日米欧比較(2016)」より)。
リスクを取らず、堅実さを好む日本人。だが藤野はそんな日本人の価値観、いわゆる清貧の思想に疑問を抱いている。
ある日、東京証券取引所を訪ねた藤野は、講義を始めた。スクリーンに映し出したグラフは、投資に消極的な日本の家計資産がいかに増えていないかを示したもの。アメリカ、イギリスではこの20年間に家計金融資産が約3倍になっているのに対して、日本は1.5倍にすぎない。
実はこの講義を聞いているのは高校の教師たち。藤野は「学校の先生に伝えるということは、学校の先生を通じて子どもたちに伝えることができるということ。効率がよくパワフルだと思います」と語る。
藤野は「投資に消極的な日本人の価値観こそが社会に閉塞感を与えているのではないか」と考えている。このことについて、スタジオであらためてこう語っている。
「『投資は悪』『お金は汚い』と思う人が多いのはとても残念だと思います。なぜなら、僕らはすべて投資で成り立っているからです。株式投資も投資のひとつですが、このスタジオのテーブルも、誰かがどこかでリスクを取って工場を建て、従業員が作って、ここにあるわけです。僕らは誰かがリスクを取って投資をして作られたものによって成り立っているのです」
損するリスクを恐れず投資をしなければ未来は良くならない。藤野はそう信じて、自らも投資を続けている。
~村上龍の編集後記~
ファンドマネージャーには、最先端の情報器機を身につけ、世界を駆け巡り、莫大な資金を動かす「かっこいい職種」というイメージが、いまだにあるような気がする。
藤野さんは違う。事前にある程度の情報を得た上で、自分の足で全国をまわり、自分の目で投資適不適を確かめる。
「金があれば何でも買える」そんなことを言った人もいた。だが、信頼は金では買えない。
藤野さんが組むファンドは、信頼がベースになっている。
投資で重要なのは、未来の価値を見極めることだ。だから、投資は、ときとして「希望」と同義語となる。
<出演者略歴>
藤野英人(ふじの・ひでと)1966年、富山県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、野村投資顧問(現野村アセットマネジメント)入社。1996年、JPモルガン・アセット・マネジメント入社。2000年、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント入社。2003年、レオス・キャピタルワークス創業。