オシャレなのに格安!大人気イケアの秘密/読んで分かる「カンブリア宮殿」

低価格&北欧デザイン~家具のテーマパーク

茨城県小美玉市の木戸場美貴さんは新婚ホヤホヤで、新居のアパートに移ったばかり。待っていたのはご主人の車。お楽しみの荷物を運んできた。ご主人の幸太さんが運んできたのは大きなダンボール。新居に置く家具だ。

二人で選んだのはイケアの家具だ。イケアと言えば組み立て式。二人がかり、1時間で組み上がったダイニングテーブルとチェア4脚のセット(1万4990円)。もう一つ、足をつけて組み立てたのは二人掛けのシンプルなソファ(2万4990円)。そしてタンポポの綿毛をイメージしたと言うペンダントランプ(5999円)。ガランとしていた新居の部屋は若い二人にお似合いのリビングダイニングに変身した。

スウェーデンの家具チェーン、イケアの店舗の特徴はなんと言っても大きさにある。千葉県船橋市にある「IKEA Tokyo-Bay」の面積は東京ドームとほぼ同じ。中に入ると意外な光景が広がる。家具屋さんなのに人気のイートスペースが。驚くのがその値段。ソフトクリームが50円、ホットドッグは100円だ。

さらに本格的なレストランもあり、いつも大盛況。巨大店舗でお客も多いので、厨房は常にフル回転だ。名物はスウェーデンの伝統料理。一番人気の「スウェーデン・ミートボール」(599円)は濃厚なクリームソース仕立て。甘酸っぱいコケモモのジャムを絡めて食べるのがスウェーデン流だ。

2階に上がって行くと、イケア独特のディスプレイ、ルームセットがあった。2DK、3DKなどの間取りの中にオススメ商品が置かれているので、お客は部屋に収まった様子までイメージできる。ルームセットにはトイレまである。家に来ている気分で回れるのだ。

小さな子供のいる4人家族を想定した4LDK。大きなテーブルは電動式で高さが自由に変えられる「昇降式デスク」(7万9990円)。小さな子供の成長に合わせて、はたまたパーティー用にと自由自在だ。

3人家族を想定した2LDKのリビングダイニング。「デイベッドフレーム」(3万9990円)は1台4役。普段は収納を兼ねたソファ。それがシングルベッドに、さらに広げればダブルベッドになる。

こうしたルームセットは一般家庭を訪問し、実際の間取りを参考にしている。アイデアを詰め込んだディスプレイがこの店だけで21タイプもある。

売っているのは家具だけではない。雑貨コーナーでお客が手に取っていたのは「多機能時計」(299円)。普通に日付や時刻を表示しているが、向きを変えると温度を表示。さらにアラームやタイマーにもなる。

イケアはオリジナルの家電も作っている。卓上ライトの「LEDワークランプ」(7999円)はスマートフォンの充電も可能。こうした商品が揃っているから見て回るのが楽しくなる。

低価格でありながら、高いデザイン性と優れた機能性。これがイケアの真髄だ。

世界最大の家具チェーン~世界遺産にも家具納入?

安さの秘密の一端は売り場にあると言う。平原美保さんは新店舗開業のために買い出しにきた。「施工会社さんに『作ると高くなる。イケアで買えば安くすみますよ』と言われて」と言う。

例えばタオル・ハンガー。施工会社にお任せで付けてもらうと3万円かかると言われた。しかしイケアで買って自分で付ければ2999円と10分の1で済む。

額縁のコーナーではスマートフォンで値札の下の「列が8、棚が43」という番号を撮影。番号を確認したところで次に向かうのはセルフサービスエリアだ。家具類はここでピックアップし、レジまで自分で運ぶ。平原さんは「8列の43棚」でお目当ての額縁をゲットした。セルフサービスは世界共通。人件費を抑え低価格の実現に一役買っている。

東京都中央区にある平原さんのペットサロン「ヒップスター☆ドッグ」。店内にはイケアの椅子やテーブルが。今回、家具や雑貨など90点をイケアで購入。総額は22万円で済んだという。

財布にも優しい家具のテーマパーク、イケア。 今や世界28カ国に進出し、年間売り上げは4兆円に達する世界最大の家具チェーンなのだ。国内に展開するのは8店舗だけだが、その年商は767億円。1店舗あたりの売上は驚異的な額になる。

イケア・ジャパンの本社は、船橋の店舗の屋上にある。アメリカ、スペイン……外資系企業だけに外国人社員も多い。近くのデスクにいたのがスウェーデン出身のイケア・ジャパン社長、ヘレン・フォン・ライスだ。「普段から他のスタッフと一緒にいた方が、いざと言う時、重要なことも早く決められるし効率よく動けるんです。部屋が必要なら会議室を取ればいいでしょ?」と言う。

ヘレンがイケア・ジャパンの社長に就任したのは去年8月。それから新たなビジネスも展開しているという。

そのひとつが京都にある世界遺産の醍醐寺で行われていた。イケアのスタッフは家具を組み立て境内の建物に運び込んだ。そこは普段、長椅子が並べられただけの休憩室だが、今回、カフェに変身させるべく醍醐寺がイケアに依頼してきたのだ。イケアに頼んだ理由は、その理念に共感したからだと言う。

「デザインもシンプルで飽きがこないということもありますが、価値をしっかり継続して使っていくということは、まさしくお寺がずっとやってきたことと同じ。そういう価値観を理解していただける会社だと思いました」(醍醐寺の仲田順英さん)

イケアは今、家具を販売するだけでなく、こうした丸ごとコーディネートするビジネスにも力を入れている。設営は1日がかりで完了。カフェのオープン当日、長椅子しかなかった部屋は居心地の良さそうな空間に変わっていた。ゆったりした椅子でくつろぎ、しだれ桜を満喫する姿が見られた。

イケアの総本山に潜入!~低価格の秘密とは?

低価格を武器に日本で熱烈ファンを獲得したイケア。しかし、過去には挫折も経験していた。

1974年、イケアは日本の家具販売会社と業務提携。81年には千葉の南船橋に巨大店舗をオープンさせた。広い売り場でセルフサービス。すでに今のスタイルだったが、この時は売り上げ目標を達成することができずじまい。わずか5年で、日本からの撤退を余儀なくされていた。

再上陸を果たしたのは、20年後の2006年。人工スキー場「ザウス」の跡地に日本1号店をオープン。今度はイケアの直営店。独自の運営を徹底した。

「日本の人たちは、美しくて快適な家に住むことを求めています。私たちはそんなニーズを掴むところから始めたんです」(ヘレン)

お客のニーズを掴もうと始めたのは、足を使ったリサーチ。一般家庭での聞き取り調査だ。現在も年間200軒以上の家を回り、具体的な問題やニーズをリサーチし、結果を販売に生かしている。

スウェーデンの首都ストックホルムから電車でおよそ3時間。そこにイケアの故郷エルムフルトがある。人口1万6000人。町のいたるところにイケアの関連施設がある。 

その一つが「イケア・インダストリー」。イケア最大のこの工場に今回、初めてカメラが入ることを許された。

工場の内部は音がするばかりで人影もない。奥に進むと巨大なアームが現れた。板に溝を彫っているのだ。板は次のラインへ。すると白くペンキが塗られ、溝の部分にはガラスがはまっていた。これは食器棚の扉のパーツだった。ここでは1時間に600枚の扉を作っているという。

イケアは世界各国に向け、同じ商品を大量に製造している。このスケールメリットこそ低価格を実現する要だ。

最後に梱包。ここにも安さの秘密があった。フラットパックという薄い箱詰めにすることで、大量の商品を一度に運ぶことができる。これには商品管理でもメリットが。物流センターを覗いてみると、とんでもない長さの倉庫にフラットパックの商品がギッシリ。フラットパックが物流面でコストダウンの大きな武器となっているのだ。

伝説のデザイナーが語る「イケアの掟」

去年オープンした「イケア・ミュージアム」。創業から74年、イケアの歴史を彩ってきた家具の数々が展示されている。そこに掲げられていたのは、創業者、イングヴァル・カンプラード氏の写真。91歳の今も健在だ。

 カンプラード氏は1926年、エルムフルト近郊の貧しい農村に生まれ、小さな頃から働いていたという。商才に長け17歳でイケアを創業。一代で世界最大の家具チェーンを築き上げた。イケアを世界企業に押し上げた原動力はカンプラードが打ち出した理念だ。

「作業デスクを作るのに300マルクかけていいなら、どんなデザイナーでもできる」

「200マルクでデザインしろと言われたら相当な知恵と経験が必要だ」

洗練されたデザインと低価格の両立。この理念の徹底こそイケアが世界に躍進した秘密だ。

それを象徴する商品がある。発売から40年を超えて売れ続ける「ポエング」という名前のイスだ。特徴は、身体のラインに沿って曲げられた弾力性のあるフレーム。実際に座ってみると、ユラユラ揺れてリラックスできる。いろいろなタイプがあるが、最も手頃なものは6990円で買える。

世界で累計3000万脚以上を売った大ヒット商品だが、実はこのポエングの生みの親は日本人デザイナーだった。伝説のイスをデザインしたのは、札幌の郊外で暮らしている中村曻さん(79)。今も現役のデザイナーで、イケアには1973年から5年間勤めた。

スウェーデンへは家具の勉強のため、31歳で渡った。そこでイケアからスカウトされる。入社した中村さんは、創業者のカンプラード氏にイケアの掟を叩き込まれたと言う。

「どの価格体系が上限かという設定がある。その価格を超えたらイケアの商品じゃないという上限設定があるんです」(中村さん)

実は大ヒットしたポエングも、価格設定で「ダメ出し」を受けていた。しかし中村さんは諦めなかった。材料を開発する部署に協力してもらいコストダウンを実現。「ポエング」の商品化にこぎつけたのだ。

創業者が掲げた「すぐれたデザインと低価格の両立」。その理念が今も世界中で客の心を掴み続けている。

99%が正社員~イケアの働き方改革

ベッド売り場を受け持つ岸谷美穂(31)は、マットレスの寝心地を体感してもらう接客をしていた。お客があちこちで気兼ねなく寝転べるのも、岸谷がうまく誘導しているからだ。

岸谷は4年前に働き始めた時はパートタイマーだったが、3年前、正社員に登用された。

「正社員だから責任のある仕事をどんどん与えてもらえ、すごくやりがいがあると思います」(岸谷)

イケアは2014年からパートタイマーやアルバイトが希望すれば正社員として採用する制度を導入。現在はなんと99%が正社員だ。正社員は2種類。フルタイムで働く正社員と労働時間を自分の都合で選べる短時間正社員。社会保険や福利厚生などは同じように受けられる。岸谷は短時間正社員を選んだ。

さらに羨ましいことが。午後3時、岸谷が向かった先はバックヤードにある社員食堂だ。基本はビュッフェ・スタイル。トマトとアボカドのサラダにホタテのクリーム煮、サンマの甘酢あんかけ……と、美味しそうな料理が目白押し。これらが370円で取り放題だ。だが岸谷はスペシャルメニューを注文。ボリューム満点のチキンステーキ。こちらはマッシュポテトもたっぷりで500円。

こうした正社員化や福利厚生の充実によって、イケアはキャリアを積んできた子育てママを職場に定着させた。

午後8時。仕事が終わった岸谷は屋上へ。待っていたのは一人息子の勇輝君。そこはイケアの従業員なら誰でも利用できる社員用の託児所だった。

「イケアで育児と仕事の両立ができるのは託児所があるから。勤務を終えてすぐに迎えに行けますから」と、岸谷。だから子育てママも思いきり働けるというわけだ。

そんな働き方を含めて、「今、北欧流の価値観が世界の主流になりつつあるのではないか」と問う村上龍に、スタジオでヘレンはこう答えている。

「そうかもしれません。世界中の若者たちが今、人生の価値観を探しています。『人生は何のためにあるのか?』『どういう人生を送ればいいのか?』。イケアもそんな問いから生まれました。イケアの真の目的は、普通の人たちの暮らしを豊かにすることです。そこに共感する人が増えているんだと思います」

~村上龍の編集後記~ 

イケアは、グローバルな巨大企業であり、全世界ほぼ共通の広大な店舗を持つ。

市場に合わせるのではなく、市場をイケアカラーに染めてしまう。

従業員は、個性と自立を要求されるが、理念と価値観を共有する。

ファクターが多く全貌が見えにくい。だが、原風景がある。

創業者は、スウェーデンの荒涼とした土地で、「より快適な毎日を、より多くの方々に」という理念とともに、ビジネスをはじめた。

その理念を守るために、イケアはあらゆる資源を投入し、結果として利益を確保し、真の経済合理性とは何かを、世界に向かって問い続ける。

<出演者略歴>

ヘレン・フォン・ライス 1969年、スウェーデン・マルメ生まれ。ルンド大学卒業後、IKEA Communications入社。中国・深圳店長、アメリカ法人副社長などを経て、2016年、イケア・ジャパン代表取締役社長に就任。