「彼が童貞を大切にしています」 石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』Vol.031

石田衣良ブックトーク

『小説家と過ごす日曜日』

2016年10月14日 Vol.31

【ごあいさつ】

本を書くのが作家の本業だけど、もっとライブに新しい発信はできないか?

世界は日々動いているのに、一冊の本をつくるまで2年はかかってしまいます。

このメルマガは、ぼくが考えたこと、感じたことをありのままに伝える新しいメディアです。

この国の本の世界をすこしでも変える第一歩になれば、最高にうれしいです。

感想、反発、いい素材、どしどしメールしてください。

明日は誰にもわからない、それなら笑っていきましょう。 石田衣良



00 PICK UP「彼が童貞を大切にしています」

人間ってちょっと汚れてナンボじゃないですか。「俺はきれいな体だ」とか言っている男は良くないよね。これまでにAVを何千本も見ているだろうし、そんな童貞ってきれいなのかな?

▼Q▼

彼氏は26歳の中国人です。一緒に寝ていても何にもしてきません。理由を聞いてみると、「結婚するって決めた相手じゃないと、ぼくの初めてはささげないことに決めているんだ」と……。彼は前の彼女にも何にもしていないそうです。私はそれを聞いて、ちょっと嫌になってしまいました。いろんなことに対してすごく真面目で誠実なんですが、それが最近重く感じています。

【A】

ここはやっぱり、日本女性として、うぶな彼を汚してあげてださいよ(笑)。要するにエッチをしなかったらいいってことでしょ。アメリカも、特に50年代ぐらいまではプロテスタントの影響が強かったので、ああ見えて性に関してはすごく厳しかったんですよ。

なので、結婚するまでは最終的な性行為はしないんです。その代わり何が流行ったかというと、みんな分かるよね(笑)。アメリカの田舎の高校生は、手や口でするっていうのがデフォルトになったの。徹底的にあなたがその技を磨いて、彼を落とすのはどうでしょう?

でも実はそういう人って、将来セックスレスにならないんですよ。年齢が早い内にやるほど、引退が早いんです。黒人のスラム街とかで、11歳でエッチして、12歳で妊娠したみたいな子は、20代の前半で卒業したりしているので。その彼みたいに26歳で「俺は童貞」みたいな人は、76歳でもしているかも知れません。素晴らしい宝くじかもしれないよ(笑)

でも、そんな神聖な行為だと思って、初めてするときがあるじゃないですか。その相手に感動を与えられる自信はありますか?(笑) 26年間、大切にしてきた行為をやったあと、アンニュイな顔でタバコとか吸われたらショックだよね。

最近男性にそのパターンが多くないですか。女の子の方が進んでいて、男の子の方がやけに清潔感を出してくるの。テレビでもお笑い芸人が「ペットボトルの回しのみが許せない」とか「ポテトサラダの直箸は絶対にイヤだ」とか言っているのを見ると、「こいつ、ゆるせない!」と思うな(笑)。

でもその彼どうしたらいいかな~。とことん話しあって、「セックスで汚れるものではないよ。女性も生き物で、人間なのであなたのことが好きだから」と言ってもダメなんだよね。それなら、結婚してみる?

中国の場合は、結婚したら、住まいを旦那が買うっていうのがひとつのパターンなんですよ。実際には、親に借金をして、あとで住宅ローンの代わりに返していくんだけど。すぐに持ち家もできるし、いいんじゃない? 結婚しちゃおうよ。ダメだったらマンションもらって離婚すればいいんだから。そんな大人のアドバイスで終わります(笑)。



今週の目次

00 PICK UP「彼が童貞を大切にしています」

01 ショートショート「最終面接」

02 イラとマコトのダブルA面エッセイ〈31〉

03 “しくじり美女”たちのためになる夜話

04 IRA'S ワイドショーたっぷりコメンテーター

05 恋と仕事と社会のQ&A

06 IRA'S ブックレビュー

07 編集後記



01 ショートショート

このショートショートではSF的な設定がよくでてきます。

とくに最近話題のAIについては、すでに何度か登場済。

ロシアのチェスのチャンピオン・カスパロフはコンピュータに試合で負けたあと、新たな競技を創案したのだとか。

人間であるプレイヤーとコンピュータが組んでおたがいに対戦しあう「ケンタウルス」というチェスの新しいゲームです。

なにも対立しあうだけがAIではない。

人とAIが協調するとき、なにができるか。

それを今回は考えてみました。



最終面接      石田衣良

長峰昴流はとある出版社の7階にあるベンチに座っていた。

ここは役員室があるエグゼクティブフロアで、廊下には隅々まで毛足の長いカーペットが敷きこまれている。文芸の長い伝統があるこの会社は、スバルの就職先の第一志望だった。

ベンチはふたつならんでいて、そこにはこの時間に呼ばれたもうふたりの大学生の緊張した表情が見えた。最終の役員面接の予定時間はひとりあたり20分。ここまで4次の試験を潜り抜けてきたのだ。もう落ちるわけにはいかなかった。

これはマホガニーだろうか、焦げ茶色の木目のうつくしいベンチに座る学生は、みな耳にワイアレスのイヤフォンを装着していた。自分の端末とつながっているのだ。もう時代はスマートフォンではなかった。SSF。スーパースマートフォンはてのひらにのるおおきさで、従来のスーパーコンピュータを凌ぐ演算性能を有している。メモリは無限とはいかないが、そこはクラウドにいくらでも設定できる。

スバルはネクタイを直すと小声でいった。

「ラム、緊張するよ」

イヤフォンからは落ち着いた中性的な声が返ってくる。

「だいじょうぶですよ、スバル。この3年間ここの出版社の最終面接合格率は90パーセントを優に超え、95パーセントに迫る勢いです」

ラムはスバルが牡羊座生まれだからつけたAIの名前だった。最初にSSFを購入すると、みなそこに搭載されたAIに好きな名前をつける。それがAIと友情関係を結ぶ儀式だった。人とAIが協調しながら、働き、学び、遊ぶ。人が生きていくうえで、AIは欠かせない友人で補助頭脳だった。入試でも、就職試験でも、AIとともに受験するのが、この時代はあたりまえになっている。

「それはもうきいたよ。でも20人に1人は、それでも落ちるんだろ。この面接の最中になにかトラブルを起こすんだ。そのなにかをやらかすんじゃないか。それが心配でたまらないんだ。ぼくが本番に弱いのは、よくわかってるだろ」

ラムの声はあくまで落ち着いている。



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