女王様のご生還 VOL.277 中村うさぎ

前回は、処女に取り憑かれたシリアルキラーのミシェル・フルニレについて書いた。

だが、彼の場合、その犯罪は必ずしも単独行動ではない。

彼には妻のモニク・オリヴィエという共犯者がいたのだ。

彼が目をつけた少女を拉致する際、標的を騙すためにモニク・オリヴィエの存在は不可欠であった。

見知らぬ男の車には警戒して乗らない少女たちも、そこに男の妻が同乗していたなら話は別である。

女性がいるから安心だろうと警戒心を解き、乞われるままに道案内を引き受けて車に乗り込む。

さらに少女たちを安心させるため、モニクはフルニエとの間に生まれた幼い息子も利用した。

赤ん坊を抱いた女から「子供が病気なので病院に行きたいんです。でも、このあたりの地理に詳しくなくて困ってます。病院まで案内してください」と必死に頼まれれば、たいていの人はまさか自分がレイプされて殺されるなどとは思わず、親切心から同乗する。

この夫婦は少女たちの同情を利用し、その優しさにレイプと殺しで応酬したのである。



それにしても、モニクは何故、このような形で夫の犯罪に協力したのだろうか?

レイプも殺人もフルニレだけの欲望であり、彼女には何の得もないはずだ。

モニク自身の主張では、夫のフルニレが普段から暴力的かつ支配的で、彼を恐れるあまり抵抗できなかったのだという。

まぁ、これがもっとも説得力のある言い訳であろう。

なにしろ夫は少女たちを平然と犯して殺すような冷血漢だ。

妻に対しても暴君のように振る舞っていたに違いない、と、世間は思う。

が、モニクとフルニレの出会いのきっかけを知ると、彼女が本当にフルニレの犠牲者なのかどうか怪しくなって来るのだ。

モニクとフルニレは新聞の文通欄で知り合った。

当時、フルニレは性犯罪で服役しており、文通欄に記載された彼の住所は刑務所だった。

モニクは彼が犯罪者であることを承知で、いや、おそらく犯罪者だからこそ、彼に惹かれ手紙を出したのである。



犯罪者に恋をする女たちを「ハイブリストフィリア(犯罪性愛者)」と呼ぶらしい。

知名度の高い凶悪犯罪者にファンレターを送る女たちだ。

別名「刑務所グルーピー」あるいは「ボニーとクライド症候群」。

ここで当然浮かんでくるのは「なんでレイプ魔や殺人犯みたいな極悪人を好きになれるんだ!?」という疑問であるが、少女漫画などにおいて「不良に恋するヒロイン」というのがさほど珍しくないことを考えれば、多くの女性に「ワル好き」の傾向があると見て間違いなかろう。

「ハイブリストフィリア」はこの「ワル好き」の延長線上にあると私は考える。

モニクもまた、おそらくハイブリストフィリアだったのだろう。

文通を始めた頃は単なる無名の性犯罪者だったフルニレをフランスを震撼させるシリアルキラーにまで育てたのは、このモニクだったのかもしれない。

ハイブリストフィリアは相手が大物の犯罪者であればあるほど恋の熱烈度が増すので、モニクもただのレイプ犯では物足りず、ぜひともフルニレにシリアルキラーという輝かしきスターになって欲しかったのではないか。

一介の売れないミュージシャンを大スターにするのが夢という女性たちと同じである。

要するに「男を育てる快感」だ。

私も売れないホストをナンバーワンにしようと頑張ったクチなので、その気持ちはよくわかる。

ただ、対象がミュージシャンやホストなら人畜無害だが、彼女の場合はそこに「ワル好き」という性的嗜好が加わった。

「ワル好きの嗜好」と「男を育てる快感」が合体して、モニクという女が出来上がったのである。

既にシリアルキラーとして完成しているテッド・バンディやジェフリー・ダーマーにファンレターを送るような、そんじょそこらの凡庸なハイブリストフィリアではない。

無名の性犯罪者をシリアルキラーに育て上げる、クィーン・オブ・ハイブリストフィリアだ。

その手柄感は、彼女にめくるめく快感を味わわせたに違いない。

フルニレの車に乗って少女たちに声をかけて油断させる役目も、幼い息子を小道具として利用する案も、たぶん彼女の発案だろう。

フルニレを大物シリアルキラーに育てるために、彼女はあらゆる知恵を絞り、積極的に手助けしたのだ。

獲物を目の前にして勃起しないフルニレにフェラをして、レイプも手伝った。

いやぁ、面白い女だなぁ!ゾクゾクしちゃうよ!

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