女王様のご生還 VOL.271 中村うさぎ

私は努力が嫌いだ。

小学生の頃から「やればできる!」みたいな激励の言葉が苦手だった。

いくら小学生でも、「やってもできない事はある」くらいの現実は理解している。

たとえば私は幼い頃から虚弱体質で体力も運動神経も並み以下であるから、かけっこで一等賞を取るなんて芸当はどんなに努力してもできっこない。

そういうのはスポーツに向いてる人が努力すればいいのであって、最初から劣っている私が努力する必要なんてどこにあるだろう?

勉強だってそうだ。

苦手な学科と得意な学科があるのは人として当然なのだから、得意な学科を努力して伸ばし、苦手な学科は早々に諦める。

それでいいではないか。

苦手な学科を頑張ったって人並みにすらなれないし、それなら得意な学科で群を抜いた方が効率いいだろう。

なのに親も教師も、苦手な科目ほど努力しろと叱咤激励するばかり。

そんな無駄な努力を何年もさせられて、得意な科目に割く時間もそちらに奪われた挙句、すべて一応平均点という面白くも何ともない人間になってしまうのだ。

じつに、くだらん!



しかしまぁ、これは55年も昔の話であるから、きっと今の小学校教育は違うのだろう。

もっと個々の生徒の向き不向きや得意不得意を見極め、得意なものを努力するよう指導しているのかもしれない。

だとしたら、それは正しい。

何故なら得意なものこそ努力するのが難しいからだ。

ヘタに得意だと、私のような努力嫌いの人間は慢心してすぐに手を抜いてしまうようになる。

小学校時代の作文が、まさにそれであった。

文章を書くのが人より得意だったので、適当に書いてもいい点を取れる。

だから文章も構成もどんどんワンパターンになっていくのだが、教師はそこに気づかない。

いや、気づいていたとしても、わざわざ注意はしない。

いつもどおりに上手に書けてるからそれで良し、とするのである。

これでは文章力が向上するはずもない。

特に読書感想文に関しては、我ながら酷いものであった。

たいてい学校側から指定された課題図書であるから、ざっと読んだ後、「自分がどこに感動したか」ではなく「教師はどこに感動して欲しいのか」を真っ先に考える。

そして教師の喜びそうな感想文を書く。

おかげでいつも高得点だ。

しかし、これでは「作品を批評する」という能力がまったく育たない。

そもそも子供に「読書感想文」なんてものを書かせる理由がよくわからないが、もし将来の文芸評論家を育てたいのであれば、教師が喜ぶような「想定内の感想文」などに高得点を与えてはならないのだ。

むしろ教師の予想外の視点や切り口こそが高得点を獲得するべきである。

が、私の通っていた小学校の教師はそんな採点の仕方をしなかったので、私は本当に唾棄すべき駄文で高評価を得ることとなり、すっかり世の中をナメてしまった。



転機が来たのは、中学の後半である。

中一、中二くらいまではそんな感じでやっていたが、そのうち「先生の気に入る文章」を書くことに飽きてきた。

教師にどう評価されようが点数なんてどうでもよくなり、それより教師の虚を突く視点とか表現や構成を実験することの方が面白いと感じ出したのだ。

たとえそれが気に入られなくたって一向にかまわない。

私は教師のために書いているのではない、自分のために書いているのだ。

私が面白ければそれで良し!

文章に対する考え方がこのように変化したのは、べつに教師の手柄ではなく、当時の私に強い影響を与えた小説や漫画のせいだ。

そこに書かれた表現の奥深さや視点の斬新さは、今まで自分が書いてきたものがいかにゴミであったかを痛烈に私に思い知らさせた。

自分もこんなものを書いてみたい!

読む人が衝撃を受け、夢中になって後を追うような文章を!



以来、私は一風変わったものばかり書くようになった。

教師の評価はその時によって良かったり悪かったりしたので、小学校の頃のように常時高得点というわけにはいかなくなったが、国語の成績なんてペーパーテストで高得点取れば盤石なのであるから、心配するには及ばない。

こうして学校の作文や読書感想文は、私にとって完全に趣味であり遊びの分野となる。

高校を卒業するまではそんな感じで、文章を書くことが楽しくて仕方なかった。

文章を書くのは好きだし、英語も得意科目だったので、将来は翻訳家になろうと心に決めて、大学受験は英文科に的を絞った。

が、なんということか、大学に入ったらたちまち英語が嫌いになったのである。

教科書も英語、レポートも英語、教師によっては授業も英語。

日本語で文章を書く機会など一切なく、毎日が英語漬け。

卒業する頃には、アルファベットを見るのも嫌になっていた。

今でも英語のメールや説明文を読む羽目になると、目を通す前から心がどよ~んと重く沈む。

脳が英語を拒絶するのだ。

こんなんで翻訳家になんかなれるわけないので、私の夢は早々に挫折した。

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