現実世界とファーストガンダム 第2回

第2回 今よりももっと宇宙が身近だった――ガンダム放映のころ

 『機動戦士ガンダム』の舞台といえば、宇宙植民地《スペースコロニー》。そして真空の宇宙空間は《そら》と呼ばれ、登場人物たちにとって自然な生活環境の一部になっている。そんな宇宙に対する自然さは、ガンダムシリーズ全般の魅力だ。

 TVシリーズ第5話から6話にかけて、ホワイトベースは地上への降下を試み、宇宙と地球の境界を突破する「大気圏突入」がドラマの題材になる。当時としてもその灼熱の現象を真っ正面から描いたSF作品は少なく、現実世界との接点を非常に新鮮に感じたものだった。それは2006年現在よりも、むしろ放送当時の1979年の方が宇宙に近かったから、ということを意味するのではないか。こんなところにもTV版『ガンダム』が今なおファンの心を惹きつける秘密がありそうだ。

 当時は米国NASAによるアポロ11号の月面着陸からちょうど10年。最近のようにその事実を疑う人間も、まだほとんど存在しなかった。突入カプセルが大気圏に入り空力加熱によって赤熱する映像は、広報用のアニメーションで当時の子どもたちにはおなじみのものだったし、パラシュートで海上へ降りるカプセルのニュース映像はまだまだ価値のあるものだった。ロマンと現実性の両方が宇宙にあった時代、「将来なりたいもの」の欄に「宇宙飛行士」と書く子どもも多かったのではないか。

 人類を月に送りこむアポロ計画終了にともない、1980年代では宇宙開発は大気圏再突入を複数可能なスペースシャトルの時代に入る。初の打ち上げは1981年4月、劇場版『機動戦士ガンダム』が公開されたころであった。

 実はその直後、『ガンダム』のサントラ盤を発売していたキングレコードとサンライズの共同で、シャトル打ち上げの実況音を米国で現地録音したアルバム(ビデオ時代前夜のため音だけ)という企画があり、海外旅行が珍しい時代だから、筆者も近くにいて非常にうらやましく思った記憶が残っている。それぐらい「ガンダムと現実の宇宙空間」は近かった時代があったのだ。いったいいつごろからそうでなくなったのだろうか。

 原因は多数考えられる。シャトルのミッションが実務的でロマンに乏しかったこと。「スペースインベーダー」などTVゲーム時代が到来して宇宙が矮小化されたこと。1983年に『スター・ウォーズ』最初の三部作が完結したこと。冷戦終焉に近づくにつれ、両陣営の威信を賭けていた宇宙開発がコストに見合わないという方向性になったこと……。

 トドメは1986年のスペースシャトル爆発事故である。空に拡がるあの衝撃の爆炎は、宇宙航行に対する非常にネガティブなイメージを大衆に植えつけたはずだ。そしてちょうど同じ年には、ファミリーコンピューターの世界を一変させたRPG『ドラゴンクエスト』のブームが始まっている。そこで一挙に宇宙からファンタジー系への傾倒が加速したということは、おおいに考えられるのだ。

 このようにして人心が宇宙から次第に離れて幻想世界へ向かっていったと考えると、実は『機動戦士ガンダム』TV版こそは、もっとも「現実世界の宇宙」に近いガンダムだったのではないかと思えてくるのである。

【2006年3月20日脱稿】初出:配信『機動戦士ガンダム』用原稿(サンライズ)