700回記念SP 絶体絶命のピンチに挑む「逆境のプロ」~最悪の危機は最大のチャンスだ!/エイチ・アイ・エス/読んで分かる「カンブリア宮殿」

新型コロナが直撃~「売り上げ99%減」の現場

週末の朝、新宿から出発したHISのバスツアー。万全の感染対策で向かったのは緑豊かな群馬・沼田市だ。

到着したのはさくらんぼ狩り農園。大粒のさくらんぼ目当てに、1日400人以上が詰め掛けていたというが、現在は「1日にバス2台とか。ソーシャルディスタンスで乗車が約半分なので、2台で50人ぐらいですか」(「原田農園」の鈴木清美さん)という。

被害はそれだけではない。

「フルーツは日持ちしないので、ダメなものは全部廃棄です。残念です」(鈴木さん)

コロナで大打撃を受ける中、6月20日、いち早く国内バスツアーを再開したHIS。担当のバスツアー企画チーム・奥村太はその現実に厳しい表情だ。

昼食に立ち寄ったのは毎年利用している和食店「果実の里 原田農園」。だが、「例年このシーズンは満席になるぐらいお客様が多い。こういうことが起こるということに驚いています」(奥村)。

同店の営業課長・原田俊祐さんは「復興のバスだと思っています。従業員の仕事がなくなってしまうので、雇用の部分でも少しでも来てもらえると助かります」と言う。  

しかし、そんな国内よりさらに悲惨なのがHISの屋台骨、海外旅行だ。8月、渋谷区の新宿本社営業所を訪ねると。シーズン真っただ中にもかかわらず、客はいなかった。

「出社人数を制限していますので、お客様の来店人数も制限しています。ここには100席ぐらいあり、例年夏の時期は全席埋まっていたのですが……」(副所長・黒坂杏未)

今後、3分の1の店舗を閉鎖するという。7月の海外旅行の取り扱いは99%減だった。

HISにはもう一つ、大打撃の現場がある。長崎・佐世保市のハウステンボスだ。

破綻していたところを10年前、HISが再生に乗り出し近年は大きな収益を生んでいた。しかしこの日、社長・坂口克彦のオープン時の出迎えに同行すると、並ぶ客はわずか2組。ハウステンボスを任されて以来の赤字だという。

「ここまでひどくなるとは思っていなかったです」(坂口)

園内では様々なアイデアの感染対策が行われている。日傘を差せば自然に距離が取れると、「日傘ソーシャルディスタンス」を推奨。人気のバーチャル体験アトラクションでは、ゴーグルとの接触部分にシートまでつけて感染対策を行っていた。

危機的状況にもかかわらず、スタッフは結集し、前向きにアイデアを出し合っていた。

「大変な時こそ、部門間の壁が崩れるし、協力してもらうことに感謝できる。澤田会長が『ピンチの時こそチャンスだ』と言うように、うちの品質を上げるチャンスです」(坂口)



売り上げ99%減でも笑顔~大ピンチのカリスマに密着

港区のHIS本社で、社内を休む間もなく動き回り、社員と意見を交換するエイチ・アイ・エス会長兼社長の澤田秀雄。窮地に立たされる様々な部門の悩みを聞き、よどみなく指示を出していく。

澤田は1980年、それまでなかった海外旅行の格安チケット販売でHISを創業。当時、孫正義、南部靖之とともに、「ベンチャー三銃士」ともてはやされた。その後も誰もが諦めたハウステンボスの再建を成功させるなど、一代で8000億円企業を築き上げた伝説的経営者だ。

そんな澤田を新型コロナが襲った。主力事業が次々と赤字へ転落。まさに絶体絶命のピンチ。この現状について澤田を直撃すると、驚くべき答えが返って来た。

「今までいろいろな危機がありました。アメリカ同時多発テロ、SARS、湾岸戦争。ただ、危機のたびに我々はパワーアップしてきました。今回は大きな危機なので、パワーアップ、反転も大きいんじゃないですか」

ピンチに見せる笑顔こそ澤田の真髄。実際、新型コロナの感染拡大にも負けず、HISで急激に売り上げを伸ばすビジネスがある。

2015年に開業した「変なホテル東京」。5年前から展開してきたホテル事業では、省力化にいち早くロボットを活用してきた。そのロボット事業が、企業の在宅勤務の一般化で引っ張りだことなっている。

大手保険会社アフラックの社内を動き回るのは、HISの子会社が販売するロボット「temi」。モニターに映っているのは、在宅勤務中の課長だ。このリモートロボットを使えば、在宅勤務でも、まるで社内にいるかのように部下を管理することができる。操作もスマホで簡単。自宅から画面を見ながら、自由自在に動かすことができる。

売り上げ台数は前年比3.5倍。澤田にとって、まだビッグビジネスのタネはいたるところに転がっているのだという。

「日本は人口が減っていくので、ロボットの活躍が増えていくと予想しています」(澤田)



トマト作りにそば屋?~大逆転の秘策

澤田が視察に訪れたのは、今までにない自動システムでトマトの栽培を行うハイテク農業の現場。澤田は、次の屋台骨となる新規事業を見つけることに注力しているのだ。

「いろいろな農業を研究しているその一環です。コロナで海外旅行がほとんどなくなりましたから、その間に新しい世の中のためになる事業をやっていこうじゃないか、と」(澤田) 

澤田は今年5月、全社員から新規事業のアイデアを募集していた。応募に集まったのは実に6000件もの提案。その中から農業など10件に絞り込んだ。

「例えば旅館再生。ホテルや旅館がどんどん潰れており、地域の経済の大きな問題になっている。我々が買い取って再生したら喜んでもらえるし、うちの利益にもなります。こういう時期だからチャレンジできる。海外旅行がうまくいっていたら、いろいろなことを考えなかったと思うんです。すごく面白くなると思います」(澤田)

新規事業の中にはHISとは思えないものもある。埼玉・川越市にやってきた4人組がそのチーム。リーダーは入社21年、かつて店舗営業でならした河原大介だ。到着したのは1年前に閉店してしまった地元のそば屋だ。

「新しいお店を出す。ズバリそば屋さんです」(河原)

澤田が選んだ新規事業の一つはそば屋のチェーン展開。そば作りのプロに依頼し、1ヵ月以上かけて修業に励んできた。麺を打つのは、ここ数年趣味としてそば打ちにはまっていたという吉田信太郎。北海道産のそば粉にこだわった10割そばだ。腰の強さもようやく狙いのものに近づいてきたという。すでに10月のオープンが決まっている。新規事業として狙うのは海外だという。

「我々は海外展開をしてきた会社なので、食文化も同じことだと思います。日本の味を世界に広めていく。海外店舗もあるので、それを通じて世界に味を届けていきたいと思います」(河原)

ここまでのピンチに、少しもひるまずチャレンジをする社員たちがいた。

「澤田会長も旅行業界をいい意味で壊して新しいものをつくってきたので、私たちも食の常識、世界をいい意味で壊していきたと思います」(飲食事業プロジェクト・金澤広樹)

ベンチャー魂で、澤田は社員と共にこの危機に燃えていた。

「ベンチャーは常に新しいことにチャレンジする。新しいことにチャレンジするのは夢であり冒険。だから『コロナはチャンスだ』と言っているんです」(澤田)

一方、タイの首都バンコク。大打撃を受けているというHISトラベルワンダーランドアソーク支店を訪ねてみると、やってきた客が続々と店内の一角に集まっていた。そこでは、布団のダニをとるクリーナーの実演をしたり、最新の空気清浄機の説明をしたりと、HISのスタッフが必死でアイリスオーヤマの家電製品を売っていた。

「タイの中間層以上の方を顧客として持っているので、新しい家電製品に興味を持って買っていただける層ともマッチする。それが協業のきっかけです」(タイ法人社長・津田周和)

さらに、学研と提携して学習塾を運営することも決定。年内には12教室を開業する準備まで進めている。

「潰れるんじゃないかと思うくらい危機感はあります。旅行にとどまらず、私たちの資源をどうやって活用してビジネスに変えていくかというように、考えが変わりました」(津田)

全社一丸となり、生き残りをかけて様々なビジネスを仕掛けているのだ。



大興奮「自宅で海外旅行」~現地の味も届く新サービス

今、HISに大逆転の切り札とも言えるビジネスが生まれている。それが、ネットで海外とリアルタイムでつないだオンラインの海外体験ツアーだ。

「観る・食べる・買う!究極のヤンゴン街歩き」に参加したのは圓佛紀美子さんと父親の牛尾哲久さん。新型コロナでミャンマー旅行が中止になりこのツアーに参加した。

ヤンゴンを案内するのはヤンゴン支店の古井陽子とガイドのエイリンさん。オンラインツアーでは本物の旅行さながらに、ガイドの解説を聞きながら街を巡っていく。日本にいながら現地の空気を感じられる楽しい街歩き。そして、立ち寄った雑貨店では意外な光景が。このオンラインツアーでは欲しい物があれば買い物までできてしまうのだ。

さらにお昼時、ヤンゴン市内の飲食店に入ったところで、圓佛さんの玄関のチャイムが鳴った。配達されたのはミャンマーの国民食「モヒンガー」。東京の参加者の家にミャンマー料理が届くサービスまでついているのだ。1時間半のこのツアーは街歩きに現地料理の宅配までついて4400円~となっている。

このオンラインツアー、すでに各国のHISの支店から200以上のツアーが開催されている。新型コロナによる海外旅行への大打撃を挽回すべく、世界中の支店がアイデアを出し合って作り上げてきたのだ。

この日のオンラインの会議ではケニア人のスタッフから「まさにヌーの大移動の時期。オンライン体験ツアーで案内すると非常に喜ばれると思います。全世界から集客できる」という提案が。時差のため夜遅くまでの会議だが、新市場をつかむため必死で挑んでいた。

「成功例は共有して横展開していく。今までにない市場なので、そういう市場へ挑戦することは非常にやりがいがあると感じます」(オンライン エクスペリエンス本部・八幡正昭)

オンラインツアーは元々、アメリカのHISの支店が、旅行客が全く来なくなった4月中旬に試験的に始めたものだった。ラスベガス支店が行った「行った気になる観光セミナー」(1100円~)。大ピンチの中の苦肉の策だった。

「3月中旬にラスベガスもホテル、カジノが全てクローズしてしまいました。本当に手探りの状態から始めました。オンライン体験ルアーを通して、少しでも感動をお伝えできればと考えて日々頑張っています」(ラスベガス支店・島和宏)

家にいながら世界中の味わいや買い物まで楽しめるオンラインツアーで、果たして大逆転はできるのか。



ピンチはチャンス~不可能を可能にする経営術

澤田にかかると、どう見ても不可能なことが実現しそうに感じてくる。そう思わせる理由は、まさに不可能に挑み続けてきた澤田の歴史にある。

40年前、高嶺の花だった海外旅行のチケット。澤田はこれを半値の安さで売り出し、JTBが支配していた市場を一変させる。

秘密は直行便を使わず、他の都市を経由する安チケットを利用するというアイデア。圧倒的な安さなら、多少面倒でも客は買ってくれると踏んだのだ。

その後、澤田はJALと全日空が圧倒的に強かった航空業界にも殴り込みをかける。1996年、安さを武器にしたスカイマークエアラインズを立ち上げ、航空業界に風穴をあけた。

さらに2010年、18年連続で赤字を垂れ流し破綻したハウステンボスの再生を任されると、澤田はこれを半年で黒字化してしまう。

ハウステンボスの広大な敷地を有料ゾーンとフリーゾーンに分割。無料部分で客を呼び込み、園内全体の活気を増やすことに成功。さらに、楽しみがなかった日が暮れた後には、こだわりのライトアップやプロジェクションマッピングなど、魅力的な演出をいくつも投入。1日遊べる施設として飛躍的に客を増やして見せた。

常識にとらわれないアイデアで客の心をつかみ、澤田は不可能を可能にした。



~編集後記~

澤田さんが700回目のゲストに決まったのは、6月末だ。旅行業のトップがコロナ禍の中、出演してくれるなんて信じられなかった。だが、澤田さんはいつもの笑顔で、わたしと小池さんに700回記念の花束まで持って、スタジオに来てくれた。そして意地悪とも思える質問にも答えてくれた。

いつしかわたしはこれがHISの強さだと思うようになった。決して希望を失わない。最初にカンブリア宮殿に出たとき「成功するまでやれば成功するんですよ」と言った。その天性の明るさは、実は、強さなのだ。

<出演者略歴>

澤田秀雄(さわだ・ひでお)1951年、大阪府生まれ。1973年、大阪市立生野工高卒業後、独マインツ大に留学。1980年、エイチ・アイ・エス設立。1996年、スカイマークエアラインズ設立。2010年、ハウステンボス社長就任。

(2020年9月10日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)